第15話 オリン様の婚約者

「あっ!」


 リズムに乗れずつまずきそうになったところを、オルガン様が支えてくれた。


「ありがとうございます。もう一度お願いします!」

「大丈夫。今のは難しいステップで、もっと簡単なステップをする人々も多い」

「オルガン様が出来るのに私が出来ないために稚拙な踊りを陛下の前で披露なんてできませんもの。がんばります」

「ははは。ビオラは本当にやる気に満ち溢れてるな。まるで巣立ったばかりのひな鳥のように吸収が早い」

「オルガン様のリードが上手だからですわ」

「相手をやる気にさせるのも上手いな」


 オルガン様が帰宅されてから二ヶ月が経った。

 その間に、お忙しい中時間を作って、約束通り私と舞踏会に向けた踊りのレッスンに付き合ってくれている。

 初めはほとんど踊れなかったけれど、オルガン様が優しく、言葉通り手取り足取り教えてくださるから、自分でも分かるくらいに上達している。

 ああ! なんて楽しいのかしら。

 きっとオルガン様とだから楽しいのね。

 他の方と踊るなんて想像がつかないもの。


 それにしても少し気になるわ。

 オルガン様は以前ご自身の噂のせいで近寄ってくる女性なんていないとおっしゃってたのに。

 私がどんなヘマをしても、上手に補ってくださるの。

 まるでそういうことに慣れているかのように。

 一人でレッスンしたってそういうのは身に付かないわよね。

 相手がいることだし。

 一体誰とレッスンしたのかしら。

 あら……?

 やだ。私、知らない相手に嫉妬しているのかしら。


「あ!」

「おっと。今のところはなんともないところだったんだが。疲れたか?」

「いえ……ちょっと別のことを考えてしまっていて」

「ははは。薬のことか? ドラムの手紙を読んでいる時は半信半疑だったが、ビオラの薬の知識とそれにかける情熱は凄いからな」


 勘違いしてもらって良かったわ。

 でもやっぱり誰なのかしら……気になる。


「兄上! ビオラ姉様! ここでしたか!」


 悶々とした気持ちで踊っていると、オリン様が大声を出しながらやってきた。

 初めて見る女性を連れて。

 もしかして?

 オルガン様も私も特に声をかけることなく、自然と踊りを止め、オリン様たち二人を迎えた。


「お久しぶりでございます。オルガン様」

「ああ。よく来たね。クラリー嬢。元気にしているか?」

「おかげさまで。と言いたいところですが、なかなか。こちらに来るとずいぶん良いのですが、実家では体調が優れないことが多いんです」


 物腰柔らかな若い女性は、そう言いながら憂いを帯びた表情を作った。

 クラリーと呼ばれたから勘違いでなければオリン様の。


「クラリー。この方が兄上の」

「まぁ! 初めまして。クラリー・ネットと申します。お会いできて嬉しいですわ。ビオラ様」

「オリン様の婚約者様ですね。こちらこそ会えて嬉しいわ。ビオラ・グラーベです」


 ネット伯爵令嬢であるクラリー様とオリン様の仲は、オルガン様から何度かうかがっていた。

 オルガン様が大好きなオリン様が唯一、オルガン様と同等に扱うお方。

 誰から見ても仲睦まじいお二人は、今度の舞踏会に合わせて結婚の許しを陛下に申し出るつもりだ。


 クラリー様は小さい頃からお身体が弱く、体調が優れないことが多いと聞いていたけれど、お話の通り今日は元気そうだ。

 でも、少し気になることを言っていたわね。

 実家いると体調が悪く、こちらに来ると調子が良いと。


「あの……クラリー様。初めてお会いしてこんなことを聞くのは失礼かもしれませんが、ご体調が優れない時の症状はどういうものが多いですか?」

「まぁ。体調が優れない時の症状ですか……?」


 クラリー様は私の不躾な質問にも、嫌な顔ひとつせず、真剣な顔で考えていた。

 少し間が空いた後、ゆっくりと指を使い数えながら症状を口にしていく。


「一番多いのは、くしゃみですわね。恥ずかしいったらなくて。他にも日によって違う場合も多いけれど、目が痒くなったり、微熱が出たり。頭痛や倦怠感が出る時も多いの」

「今はその症状がないのですね?」

「ええ。本当に不思議なの。この屋敷に来るととても調子が良くなるのよ。でも、どこかへ出かけるとまた出たりするから。困ったものだわ……」


 右手で頬杖を作り、ふぅ……っと息を吐くクラリー様。

 私はオルガン様に確認するように視線を向けると、オルガン様は小さく頷いた。


「クラリー様。もしかしたらその症状、私の薬で和らげることが出来るかもしれません」

「まぁ。ビオラ様のお薬を私もいただけるの? 嬉しいわぁ。オリン様からお話は色々と聞いているのよ。実はすでにオリン様からビオラ様がお作りになったクリームを頂いて愛用していますのよ」

「ああ。そうでしたわね。気に入っていただけて何よりですわ。オリン様。クラリー様に合った薬をお渡ししてもよろしいかしら?」


 念のためオリン様にも確認を取らないと。

 そんなことは必要ないとばかりに、オリン様は目を輝かせて肯定の言葉を放つ。


「良いに決まってるじゃないですか! ビオラ姉様の薬の腕は信頼できるし。なにより、クラリーが少しでも楽になれるなら願ってもないことですよ!」

「クラリー様。必要な薬草は屋敷の庭園にありますが、薬にするのに少し時間がかかります。この屋敷にはいつまで滞在を?」

「舞踏会に向けてご一緒させていただくつもりなの。ですから、一ヶ月くらいかしら。移動の時間を考えるともう少し少ないわね」


 調合する薬草は乾燥させて粉にする必要があるけれど、一ヶ月もあれば問題ないわね。

 それにクラリー様とオリン様とこれから一ヶ月一緒に過ごせるなら、きっと楽しい毎日が過ごせそうだわ。


「それなら十分です」

「良かった! ねぇ、ビオラ様。もし良かったらお薬を作るところを拝見させていただいても?」

「ええ、もちろん! それではこれから必要な薬草を取りに行きますからご案内しますわ。良いかしら? オルガン様」

「ああ。俺も行こう」

「俺も皆について行きます!」


 踊りのレッスンをいつもより早めに切り上げて、私たちは庭園へ向かった。

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