第11話 オリンの好きなもの
「じゃあ、ハープのお母様の様子は、かなりいいのね?」
「ええ! 咳が止まったおかげか、声の調子もいいようで。この前会った時は、昔よく歌ってくれた子守唄を聴かせてくれましたよ」
喉の薬を送ってから数日後。
ハープのお母様に会いに行ったハープから感謝の言葉を受けた。
ずっと続いていた咳のせいで眠りは浅く、体力も落ちてしまって大変だったみたいだけれど、無事に薬が効いてくれたみたい。
良かったわ。
「歌の他にも、元気が出てきたのか、また外の散歩を始めたみたいです。すっかり寝たきりになると思っていたので、本当に感謝の言葉しかありません。私の手荒れもそうですが、ビオラ様には、一生ご奉仕させていただきます!」
「うふふ。そんな張り切らなくても、ハープはいつも良くやってくれているわ。土いじりだって、侍女の仕事じゃないでしょう?」
最近ハープは私のことを奥方様ではなく、名前で呼んでくれるようになった。
親交を深めてこれている証拠だと思うと、素直に嬉しい。
今まで私の名前を呼んでくれるのは、家族くらいだったから。
でも、正直フルートに呼ばれるたびに心はざわつくし、お父様が私の名前を呼ぶことなんて滅多になかったもの。
それに比べて、この屋敷の使用人たちに名前で呼ばれるのは、心が弾むの。
亡くなったお母様が付けて下さったという私の名前を、悪意を持たずに呼んでくれるんですもの。
そんなハープは今、オルガン様の許可を得てドラムに頼んでいた薬草の苗や種を、私と一緒に庭に植えているところ。
シンバルに任せようかと思ったのだけれど、ついついうずうずしてしまって、結局私も一緒にやらせてもらっている。
「ビオラ様。この種はこの間隔で撒けばよろしいんですよね?」
「ハープ。そんなへっぴり腰じゃ、撒いてる間に日が暮れちまうぞ。あと、腰を痛めちまう。姿勢はこうだ。こう」
「シンバル? 私はビオラ様に聞いたのよ? まぁ……腰が辛かったのは確かなのよね。あら? いやだ。シンバルの言う通りにしたらずっと楽だわ」
「がっはっは! 年長者の言うことは素直に聞いておくもんだ! 特にその道の玄人の言葉はな」
「うふふ。二人とも本当に仲がいいのねぇ」
楽しくて仕方がない。
今までずっと一人でやっていた薬草作り。
楽しくなかったわけじゃないけれど、今ほど楽しいと感じたことはなかったわ。
あぁ! 本当にオルガン様には感謝しないと。
それに、最近はドラムの私を見る目も少し変わった気がするのよね……
やっぱり、あの噂を信じて、警戒していたのかしら。
そんなことを考えてたら、ドラムが庭園にやってきた。
隣に屋敷で見たことのない男性を帯同している。
格好からしてかなりの高位の貴族の方っぽいけれど。
一体どなたかしら。
「ビオラ様。ご紹介いたします。オルガン様の弟様のオリン様でございます。オリン様こちらがオルガン様のお――」
「素晴らしき
オルガン様の弟様のオリン様?
お話には聞いていたけれど、何かしら。
兄、とか、弟、とかをやけに強調しているし、オルガン様の呼称の前に、素晴らしき、とか、偉大なとかつけてらっしゃるし。
もしかしてオリン様……オルガン様が大好きなのね!
分かるわぁ。
こんな心の広い方、見たことないもの。
自由にしていいと、本当に自由にさせていただいているし。
屋敷の使用人の誰もがオルガン様のことを一度も悪く言わないのもその証拠よね。
ここに来てから、オルガン様が誰からも愛されて尊敬されていると感じるわ。
そのおかげで私みたいなのが妻でも、皆優しく接してくれているし。
オルガン様がお戻りになるまで、オリン様からオルガン様の普段の様子なんて聞けるかしら?
オルガン様の弟様なら、私にとっては義弟ということでしょう?
あら? 素敵だわ!
よく考えたら、オルガン様が旦那様になってくれたおかげで、私に弟が出来たのね!
そんな考えが頭を駆け巡っていたら、ドラムがひとつ咳払いをした。
「オリン様。お言葉ですが、ビオラ様はオルガン様の婚約者ではなく、すでに奥方様です」
「俺はまだ聞いていない。おかしいだろう。唯一の家族の俺が、優しい兄上の弟の俺が、一度も会ったことがない女性と結婚するなど」
「本当に! オルガン様はお優しい方ですわ!」
オリン様があまりにオルガン様を褒めてくださるので、思わず合いの手を入れてしまった。
だって、そうでしょう?
オルガン様は本当に優しいのだから。
「な……なに? 兄上が優しい……? 貴女に兄上の何が分かるというんだ」
「ええ。オルガン様はとてもお優しい方ですわ。オリン様は最初に言いましたわよね? 私の噂を知っていると。そんな噂をオルガン様もお知りになっていたはず。そんな娘と結婚してくださるなんて、お優しくなければ出来ませんわ」
「はっ! 兄上が優しいのは
「いいえ。ありませんわ。婚姻してからお会いしたのが初めてですの。でもそんなこと関係ありませんわ。もし、私の噂が本当だったとして、誰が私に自由にしていいなどと言ってくれるでしょうか?」
オリン様は私の言葉を聞き、何故か嬉しそうな顔をし始めた。
それを見ていたドラムは直立不動でいるはずなのに全身が小刻みに震えている。
ハープは右の手のひらを顔に当て、シンバルは声を殺して笑っていた。
「よし。それじゃあ、貴女が兄上の優しさを少しでも理解していることは分かった。他にも兄上の素晴らしさを言うことができるかね? 伴侶となるのだったらそのくらいいくらでも出てくるはずだ」
「ええ! オルガン様には本当に感謝の言葉しかありませんわ。でもこれは私の感想。オルガン様の素晴らしさを言うとしたら、そうね。この屋敷かしら」
「屋敷? 豪華だから? 金があることが兄上の素晴らしさだとでも?」
今度はオリン様は明らかに不服そうな表情をした。
まるで子供のようにコロコロと表情を変える様子はとても愛らしい。
あら、いけない。
オリン様の顔を見て楽しんでる場合じゃないわ。
誤解をきちんと解かないと。
「お金があること自体がオルガン様の素晴らしさを説明する要素にもなりえますわ。この広大な領地を収めている、ということだけでも並大抵の方ができることではありませんから。でも、私が言いたかったのは、屋敷の素晴らしさ、それを作り上げている使用人一人ひとりの素晴らしさですわ」
「なにを言ってるんだ? 貴女は」
「この庭園、並大抵の庭師では到底維持できないほどの庭園だと思いますわ。それを担っているシンバルは本当にオルガン様が好きなの。だから頑張れる。ハープもオルガン様を慕っているから、その他の使用人たちも全員オルガン様を敬愛し、そしてオルガン様もそんな彼らに信頼を置いているから、こんな素敵な屋敷があるの。人柄。これがオルガン様の素晴らしさよ」
「貴女という人は……」
オリン様が私の方へツカツカと早歩きで近づいて来る。
どうしたのかしら?
私、何か変なこと言ったの?
オリン様はいきなり私の手を握りしめ、上下に大きく振り始めた。
思わぬことにびっくりして、私は口を開けてオリン様の顔を見つめてしまった。
高揚した様子のオリン様は、凄く嬉しそうだ。
「分かってるじゃないですかぁ! 貴女、いや。ビオラ姉様と呼んでも?」
「ええ……喜んで……」
「じゃあ! ビオラ姉様は兄上のことをきちんとご存知のようだ! いやぁ! 兄上の素晴らしさは語り尽くせませんが! それでも、婚姻からたったこんな短い時間で兄上の素晴らしさをここまで理解しているとは!」
上機嫌のオリン様の様子に戸惑い、救いの目を周りにいる三人に向ける。
私の手の握ったまま、オルガン様の尊敬できる点や弟から見た素晴らしさなどを延々と話すオリン様。
笑いを堪えきれない様子のドラムがゆっくりと近寄ってきて耳打ちをしてくれた。
曰く、「オリン様はオルガン様を兄として極度に慕っているのです」とのことだった。
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