第184話 ラグナロク


人体に影響はない、とローラムの竜王は断言したらしい。人間には関係ない、我々の問題だ、とも言ったそうだ。


「人間が考えている以上に我々はか弱い。お前たちの時代はもうそこまでやって来ている。我々のことはもうそっとしておいてくれ」


そう言ってローラムの竜王は消えたという。カールは戦う気を失くしたそうだ。哀れに思ったらしい。


やつにそんな感情があったとはな。よっぽどローラムの竜王に思い入れがあったとみえる。


まぁ、それはそれで問題なんだがな。ローラムの竜王は普通なら近寄りがたく、恐れおののく存在なのだ。やつにとっては憧れか、あるいは、乗り越えなければならない壁だと思っている。


あるいは、一緒にくつわを並べたかったか。


俺がローラムの竜王と会った後、帰りのケルンでカールに出くわし、一晩を共にした。その時、カールは興奮した口調でこう言った。


「で、竜王はおまえに何と言った。大方一緒に戦おうっていうのだろ。が、今の我々では戦力にもならない。古代兵器の在りかか? 動かし方か? 竜王は何と言った。教えろ、キース」


そんな思い入れのあるローラムの竜王が、さよならと言わんばかりにカールの目の前から消えた。想像するに、カールはローラムの竜王が消えた虚空をずっと眺めていた。


だが、やつは気持ちを切り替えた。


「私は世界を手に入れる」


やつの言葉だ。やつは俺にはっきりとそう言った。決意表明である。


カールが敢えてそれを口にしたことを俺は考えた。カールは拍子抜けしたのではなかろうか。あるいは、ローラムの竜王ロスになったのかもしれない。


罪なき兵団が動いた時、カールとエリノアは運命を感じたことであろう。偶然は重なるもので二人が密会するための移転魔法がそれに役に立った。さらにはそこに来て、ローラムの竜王がいなくなるという。


カールとエリノアは運命を通り越して使命とまで思った。自分たちは神の使いとでも考えている。


そもそもローラムの竜王は自分たちの相手ですらなかった。そのローラムの竜王が戦わずしてこの世界から退場するという。それで二人はある考えに至る。ローラムの竜王がいなくなるから自分たちが存在したと。


乱れようとする世界に秩序をもたらす者。少なくともカールは、そう思うことで心に空いた穴を埋めようとしている。


まぁ、この期に及んで四の五の言うまい。ローラムの竜王を意識していたにしろどうせカールは五王国の皇帝どころか、世界の王になるつもりで古代兵器の発掘調査を始めたんだからな。


カールが俺に国一つくれると言ったのもそういうわけだ。やつにとってメレフィスはエンドガーデンの、いや、世界の一地方でしかないのだ。ただし、それは口先だけでいつ取り上げられるか分かったもんじゃないがな。


いずれにせよ、カールから興味深い話を聞けたのは僥倖だと言っていいだろう。


この世界には魔素というものが大気の中に一定量あるらしい。そして、それを世界樹が除去しているという。


除去しているというからには環境に何らかの支障があるということだ。ところが人体には影響ないという。


うーむ。さっぱり分からない。


魔素はどうやら魔法に欠かせないもののようだ。ドラゴン語は意思を上手く魔素に伝える装置。魔法の顕現自体はというとその魔素によって行われる。魔法の要素に何か足りないと思っていたのはこの魔素だった。


俺の世界で魔法が使えない理由も分かった。これがなかったのだ。


そして、ルーアーだ。


ルーアーが無いと魔法は四つまでしか使えない。ルーアーは魔素の反応を促進させる触媒か、あるいは意思の力を増幅させるための装置なのではないか。いずれにしてもルーアーは世界樹によって生み出される。その世界樹は魔素によって成長している。


魔素がなくなれば、世界樹は育たない。世界樹が育たなければ賢いドラゴンは生まれない。もちろん、魔法も世界から消えてなくなる。


魔素が環境にどういう影響を与えているのか。本当に人体に影響を与えていないのか。


そして、ラキラ・ハウル。


彼女は世界樹の大樹に例えられる。もし世界樹がこの世界から滅ぶというなら、ラキラたちドラゴンライダーはどうなるのだろうか。彼らは人である。


で、あるならばラキラには影響が無いはずだ。いや、そうあってほしい。


俺にはもう、彼らのために祈ることしかできない。俺は彼らの物語から退場すると決めたのだ。この世界の未来はこの世界の者が考えなければならない。俺はただ、去るのみ。





ロックスプリング沿いに南下すると本川のヘブンアンドアースに至る。それをさらに南下すると南の狭い海で、そこにガレム湾がある。


俺は巻雲の森をロックスプリングへ向けて進んでいた。森の中だからはぐれドラゴンは襲って来ない。賢いドラゴンとの接触は今のところなかった。食料はというと、バックパックに半月分入っている。


スパウトパウチにフリーズドライされた栄養食が入っている。通常は湯煎するが、乾燥した状態で食べても食感以外何ら問題はない。


時折、野生動物に出くわす。逃げて行く獲物は面倒であったが、向こうから向かって来る熊やトラには助かった。


塩がないので干し肉に出来ないのは残念だ。その日の得物は明日へは持ち越せない。


草や木の実の採取もやった。強化外骨格の便利技能のおかげだ。検索すれば食えるか食えないか、どう食べれば上手いかも教えてくれる。


前から薄々感付いてはいたが、ドラゴンと世界樹以外全てといっていい。生態系が俺の世界と一緒なのだ。強化外骨格の便利機能で確信した。


おそらくラグナロクは、例えるならノアの箱舟。イザイヤ教の教えでもラグナロクを時には箱舟と言い換えられている。


どうも俺の中で、ラグナロクという不吉な名前とノアの箱舟が持つイメージが合致しない。異世界だから意味合いのズレがあっても変ではなかろうが。


だったらVR RPGなら。それならなお更変だ。森を跋扈する生物は全てモンスターであっていい。中途半端だな。まるで現実世界と仮想現実が混ざり合っている。


取り敢えず、今は食うのに困っていない。最悪はセミやバッタを食べることになるだろう。ただ、欲を言えば、世界樹を見つけたいところだ。あの実は本当に上手かった。日持ちも良さそうだしな。賢いドラゴンに話をつけて少し分けて貰いたいところだ。


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