第4話 転生初日の夜

 こうしてディートリヒの家にやってきたアマリリス。目覚めた場所から歩いて20分程の場所にある、ひっそりと佇む一軒家であった。


 どうやら距離が遠かったのか、先程のドラゴン達の攻撃による影響は受けてないらしく、辺りには森林らしく草木が生い茂っていた。




「……私より小さい家だ」

「となると必然的に貴様は外だな! 毛布はいるか?」

「いや……別にいいや……」



 物体と比較してみて初めて、自分のサイズ感を自覚するアマリリス。多分7メートルぐらいはあるのではと適当な予測を立てる。



「しかしこれまた聞いた話だと、力のあるドラゴンは、肉体を人間の姿へと変貌させることができるそうだ。それはどうだ?」

「ん、やってみる……」



 またしても抽象的な内容だが、とにかく人間の姿になることをイメージし、力を込めると――




「……あれっ?」

「うおーッ!! こいつはなんということだーッ!!」



 莉々子の腕は細く小さくなり、人間らしいものに変貌していたが、様子がおかしい。


 まず右腕しか変わっていない。右腕以外はドラゴンの肉体なので、全体的なバランスが歪になってしまっている。


 そしてよく見ると、人間の腕というよりかは、羽毛がいっぱいで鳥のような腕だった。ディートリヒは目の色を変えてメモを取り出し、奇妙な風体の腕をスケッチし始めている。



「ドラゴンは生態的な特徴がトカゲに近いと言われている!! トカゲ及び爬虫類はやがて鳥へと進化し、そこから人間へと転じた!! その進化過程が魔力による人体再現にも影響しているのか興味深いーッ!!」


「……あの、恥ずかしいから戻したいんだけど……」

「却下だ。あと30分はこれを維持しろ。拒否するようなら裁きを下す」

「いやああああああ……!!」



 結局恥ずかしい腕をしっかりと記録に残されてから、アマリリスは元に戻るのだった。





「これがディートリヒの家かあ。変なものがいっぱい……」

「全て魔術研究に用いる器具だ。欠けていい道具なぞ一つもない」



 ディートリヒは家に入ったが、アマリリスは入れないので窓から顔を覗かせている。かなり腰を屈めた体勢で家の中を観察する。


 リビングと思われる場所には全て道具が置かれていて、リラックスできる雰囲気では到底ない。唯一空けてあったソファーにディートリヒは座り、飲み物を飲む。



「今飲んでるの、どんな飲み物?」

「これはコーヒーだ。眠気がすっきりするぞ。貴様も飲みたいのか?」

「あ、いやそういうわけじゃないけど……」



 ここでアマリリスはある問題に直面する。自分が転生してきたこと、前世の記憶も残っているということを、ディートリヒに伝えるかということだった。


 アマリリスは前世にもあったコーヒーが、この世界にもあることを知ってほっとした。だがそれを伝えるかどうかは全くの別問題。


 眉唾物の話を聞いて果たして彼はどこまで信用してくれるか、まだアマリリスは掴みかねていた。



「さあこれが貴様の分のコーヒーだ。飲め。そして味を伝えろ」

「そういうわけじゃないって言ったんだけど!?」

「ドラゴンは食事すらも研究対象なんだぞ。何せ大気中に含まれる魔力を喰らうから、普通の食事は不要と言われている」

「え、そうなの?」



 そう言われるとアマリリスは、確かにここに来るまでの間、空腹感を感じていないことに気付く。腹は空いているがまだ行動できそうなのだ。



「そうだ! 故にエネルギー摂取の手段として食事がいらないドラゴンの味覚はどうなっているのか? 俺はそれを知りたいのだ! 理解したならとっとと飲め!」

「うえ……わかったよぉ……」



 圧に押されて、アマリリスはゆっくりと窓から舌を出す。そこにディートリヒがティーカップ内のコーヒーを注いだ。



 程よく苦くコクのある、美味しいコーヒーだとアマリリスは思った。



「……普通に美味しい」

「普通とは? 苦いか? 甘いか? 渋いか? もしかして辛いのか?」

「え、えと、苦いけど……」


「苦さの程度はどのぐらいだ? 1から10の数字で表現しろ。あと砂糖は必要か? ミルクは? クリームは?」

「そ、それドラゴンの味覚じゃなくって、私の好みになってない……!?」





 こうしてアマリリスはこの後も色々な食品を食べさせられ、逐一その感想をディートリヒに尋ねられた。前世では人との関わりが苦手だった彼女は、たった数時間で頭がパンクする量の会話をした。



 そうこうしていたらあっという間に夜が来て、寝る時間になった。ディートリヒは森の奥へとアマリリスを連れていき――




「わぁ……」

「この花畑を貴様の寝床として提供しよう! 俺が育てているんだ!」



 月に照らされ白い花達が風に踊る。満開の花が夜に咲き誇っていた。


 こんな場所で寝られるなら、屋根がないことなんて些細なことだろう。アマリリスはそう考え、とても嬉しくなった。



「え、でも花潰しちゃうよ……いいの?」

「その翼で宙に浮かぶことはできないのか?」

「が、頑張る。んしょー……っ!」



 翼に力を込めて、アマリリスははばたく。ちょっとだけ宙に浮いた後、花畑の中央にある平地に降り立った。



「ぷはあ。これじゃ飛翔っていうよりホバリングだなあ……っていうかここには花を植えていないんだね」

「いざという時に空けておいてるんだ。たとえばここにシートを敷いてピクニックという機会に恵まれるかもしれないだろう?」


「ディートリヒはピクニックが趣味なの?」

「そのような時間の無駄、全くもって論外だが」

「ええ……」

「ピクニックをするか否かは関係ない、大事なのは『もしかすると』という想定なんだよ」




 アマリリスは寝そべった後に肉体を丸め、猫のような態勢を思い出しながら準備を終える。対して偉そうに語るディートリヒは、自分の毛布を準備している所だ。




「……え、もしかしてここで寝るの? 家は?」

「ドラゴンと一緒に就寝することで、肉体に変化が及ぶかもしれない。その調査に協力してもらうぞ」

「寝る時まで研究のこと考えるのか……」



 あまりにもワーカーホリックだなと、心の片隅で心配するアマリリス。同時に少し照れ臭くもなった。



「そ、そんな貴重な存在なのかな……私って」

「貴重も貴重、世界に唯一無二の存在だ。『輝く美しさ』とはそういうことだ」



「今はまだそれが眠っているだけだ……正しい道を歩んでいれば、いつか必ず花開く」


「それは俺に協力することで、開けるものだ……わかったか、アマ、リリス……」





 疲労が溜まっていたのか、ディートリヒは数分足らずして眠ってしまった。


 毛布をかけた後は、アマリリスの肉体に寄りかかって寝息を立てている。


 口を閉じて静かにしていると、その美貌がよく映える。逆に起きている最中は、美貌を気にしていられない程やかましい。





(……私の美しさは、まだ眠っているだけ)



 アマリリスにそんな言葉をかけてくれたのは、後にも先にもディートリヒだけであった。


 誰もが言ってきた。自分には他人の持つような長所がないのだと。明るい、元気、社交的、積極的、会話上手、挙げればキリがない。


 その長所に、美しさに近づけるように努力してきた。だが結果は振るわなかった。もはやこれまでとなった所で第二の人生が始まって、出会った彼は美しさが眠っていると言う。



(どんな美しさなんだろう……少なくとも陽キャに近いものだといいな)


(だって、陽キャじゃないと人生上手くいかないじゃない。コミュ障じゃ誰ともつながれずに、人生詰むんだ……)




 転生して初日、アマリリスはそんなことを思いながら瞳を閉じるのだった。

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