第72話 ヤバい奴
職員室に向かう途中で、いく人かの男子生徒を連れた、かなり容姿の整っている男子生徒が歩いてくるのが見えた。
イケメンとされる顔立ちをしているその男子生徒と、その周りにくっついて歩いている男子生徒。そのうちの一人と目が合った気がして、悠の背筋がゾクッとした。
(嫌な予感が……)
そう思った瞬間、目が合った生徒に耳打ちをされていたイケメンが、悠を見据えて声をかけてくる。
「なあ。君」
「……」
視線が完全にこちらを向いているのだから、無視などできそうもない。
悠は足を止めると、ゆっくり彼を見上げた。
悠も身長はそこそこあるはずなのだが、イケメンな彼は百八十を超える長身だった。
「俺、でいいんですよね?」
自分を指さして、何かの間違いだったらいいな。と淡い期待をのせて質問をしてみた。しかし、やはり間違いなどではなかったと思い知る。
イケメンが重く頷いたからだ。
「そうだ。君、北川さんの
やはり紗奈の事だった。恐らく彼が、菖蒲が教えてくれた『ヤバいライバル』であるということだろう。悠はそう思って、ため息をつきたい気分になる。
「そうだね。中学が同じだから」
ため息は我慢して、悠は苦笑しながらそう言った。
「白鳥くんとも仲がいいの?」
「友達……だよ。白鳥くんとは、去年同じクラスだったんだ」
紗奈がいなければ話すことは無かったかもしれないクラスメイトだが、今は友達だと言える。この前否定されなかったのから、そう言ってもいいのだろう。
「あの……。二人がどうかしたの?」
紗奈を狙っているとは聞いているが、こんなにも敵意を向けられるとは思わなかった。イケメンからの視線が痛い。
「いや、別に? さっきの新歓中、君が北川さんと話してたって聞いたからね」
「話したけど……」
まるで、紗奈と話すことを悪いことだとでも言いたげなイケメンの態度に、悠は思わず顔を顰めてしまう。
「ねえ、彼女は優しいから君にも話しかけてくれるけど……彼女のように美しい人には、君は不釣り合いだと思わないかい?」
彼は自信たっぷりそう言ってくる。
「まあ、そうだろうね。」
ムカつくが、今の悠の姿を見れば、そう考えるのも仕方がない。そう思ってしまった。
デートと称して遊びに行く際は、悠も顔を隠さずに歩いている。周りからの好奇の視線も、美醜で歩いているよりも幾分か緩和されるというものだ。しかし、今みたいな地味な格好では堂々と紗奈の隣に立つことが出来ないだろう。
紗奈はそんな事を言う人間を嫌うのだろうが、世間一般的な感性では、彼の言葉は間違いではない。それは認める。
悠が肯定したことに気分を良くしたのか、イケメンもとい桐斗はうんうんと頷いた。
「だろう? 彼女には俺のような美形が似合う」
「……美形が似合うと言うのは、同意見だなあ。まあ、そもそも、俺には彼女の好みに口出しできる立場でもないんだけど」
『彼女の好きにするのが一番だ』と言う意味で言った悠の言葉も、桐斗の中では『悠のような地味な男が紗奈に意見するなんて烏滸がましい』という意味に曲解される。
「まあ、君はそうだろうねえ。どうだい? 彼女が俺の隣に立てるよう、君が協力するというのは。そしたら、君を俺の友達にしてあげてもいいよ」
「なんで上からなんだよ」とか、「紗奈は誰にもやらねえよ」という、内心で思っている言葉と苛立ちを飲み込んで、悠は困ったように眉を下げてみせる。
怒りなど感じさせない、完璧な表情作りだった。子役時代の経験が活きた。とそう思った。ラキの演技力は健在だったのだ。
「ごめんね。誰かの力を借りて……とか、北川さんはきっと嫌うと思うんだ。彼女の周りの大人はみんな、芯の強い人だから。だから、俺が協力出来ることがあるとしたら、干渉せずに見守ることくらいかな」
それっぽい言い訳を並べると、悠はもう一度謝る。眉を下げていても、どうせ相手からは見えないのだから、体と言葉で表現するしかなかった。
ぺこっと頭を下げると、悠は逃げるように早足で職員室の方へと廊下を進んで行った。
『ヤバいライバル』だと菖蒲は言っていた。
(確かに、こちらを蔑むような視線はヤバいな……)
あのイケメンは、どこか冷たい空気を纏っている。しかも、物凄い上から目線だった。
(あんな奴に、紗奈は渡したくない。と言うか、手放す気もないし……)
悠は誰ともすれ違わないことをいい事に、我慢していた苛立ちを表に出して、盛大に顔をしかめる。その後、急に虚しくなって、唇をギュッと噛み締めた。
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