第60話 初めてのお宅訪問
バレンタイン当日。
紗奈は、今日は悠とよく会っている公園ではなく、悠の家にやって来た。
「ここ…だよね?」
チャットで送られてきた地図を読みながら、紗奈は『小澤』と書かれた家の前で唖然とその家を見上げ、立っている。
悠の家は、ひと目でわかるくらい広くて、おしゃれだった。
現役の作家に元俳優の両親。そして父親は、今もなお、シンガーソングライターとして不定期に活動している。更に、紗奈は知らないことだが、悠も昔は子役として稼いでいたのだ。
そのため、彼の家は一般層よりもかなりお金持ちなのである。そんな彼の家を目の当たりにして、紗奈は粗相をしないかと心配になった。
紗奈は緊張に震える手で、恐る恐るインターホンを鳴らす。すると、聞き覚えのある声が返ってきた。
「紗奈ちゃんね。今開けまーす!」
木村真昼…もとい、小澤真陽の声だ。玄関に出てくれたのも当然真陽だった。
「あ、あの。お邪魔します…っ!」
「そんなに緊張しないで。あっ、悠。紗奈ちゃん来たよ」
悠も声につられて出迎えに来たので、真陽が早く早く。と悠を急かすように手招く。
「見ればわかる。早く入れてあげてよ。外寒いんだから」
「はーい。悠のお部屋でいいのよね?」
「うん。案内するよ」
「は、はい…。あ、そうだ。あの、これ良かったら…。羊羹なんですけど」
母に持たされた手土産を差し出すと、真陽が「まあっ」と感嘆の声を上げて受け取ってくれた。
「嬉しい。ありがとう。そしたら、早速この羊羹をお出しするわね」
「あ、ありがとうございます…。あの、今日は…将司おじさんは?」
いるなら挨拶を。と思ったが、今日は不在だった。
「今日は収録日なのよ」
「そ、そうなんですね」
「ふふ。本当に緊張しなくてもいいんだよ? こっちおいで。紗奈」
「うん」
紗奈は手招く悠の後ろを着いていく。廊下が長く感じるのは、この家が一階建ての平屋だからだろう。
「ここが俺の部屋。どうぞ」
「あ、うん。お邪魔します…?」
悠の部屋はかなりシンプルだ。所々に羊のシィのぬいぐるみが置いてあって、本やCDが棚にぎっしり入っている。他に置いてあるのは勉強机とローテーブルくらいだった。
「あっちの部屋は?」
悠の部屋の中にもう一つドアがあるので、つい気になってしまった。
「向こうも俺の部屋。というか、寝室かな」
言われてみると、ここにはベッドが無い。紗奈はきょろきょと部屋を見回すと、納得した。
普段は寝室へ続くドアも解放して行き来しているのだが、今日は紗奈が来るので閉じているらしい。
悠の家は相当広い。紗奈の家も、父が大学教授なおかげでそこそこお金はあるが、こんな立派な家に住めるかと言われると微妙。
妙にドキドキしてしまうし、なんだかわくわくした。扉の向こうが秘密基地みたいに思えるのだ。
「向こうの部屋はまたいつかね?」
紗奈がじっと寝室へ続く扉を見ているから、悠はくすくすと笑ってそう言った。少しだけからかい口調でだ。
「うん」
含みのある悠の言葉には気が付かず、紗奈は無垢な笑顔で頷いた。それを見て悠は更に笑みを深くした。純真な彼女が可愛くて仕方無いのだ。
「どうしたの?」
「ううん。何でもないよ。」
聞いても教えてくれる気は無さそうなので、紗奈はちょこっとだけ拗ねてみた。唇を尖らせていると、悠はまたくすくす笑って紗奈を優しく撫でる。
「今度教えてあげるね」
「絶対だよ?」
「わかった」
撫でられて心地よくなったところで、ドアがノックされた。紗奈はビクッとして、頬をほんのりと赤く染める。
「今開ける」
悠が扉を開けると、用意されたローテーブルに羊羹と烏龍茶が置かれた。
真陽は部屋を出る前に、紗奈の顔をちらっと見て、にまにまと悠を小突いた。
「何してたのよう」
「別に何も。ちょっと頭を撫でただけ」
「あら。素直ー」
「とか言いつつメモするのやめてくれる?」
「め、メモ…」
「ごめん。多分ネタにされる」
前にも言っていた。恐らく恋愛ものの小説のネタになるのだろう。
「ったく!」
真陽が出ていった後、悠は軽くため息をついてから改めて紗奈に謝った。
「ごめんね。嫌だったら絶対に辞めさせるから」
「あっううん…。前も言ったけど、読んでみたいよ。自分がモデルになった本」
「少し恥ずかしいけど」と付け加えて、紗奈は言った。紗奈がいいのなら、悠にも異論はない。と言うよりも、悠からネタを貰って書いた本は結構あるので、今更だった。
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