前線都市のクオリア
@namai0711
第1話
目が覚めて最初に映ったものは、紺色の軍服を痛めつけている大きな胸だった。
どうやら俺は膝枕をされているようだ。柔らかい太ももが心地よい。また寝入ってしまいそうだ。
寝よう。やはり少しだけ眠い。これから俺たちは岩の怪物と戦うのだが、それまでに俺を寝かしつけている人がきっと起こしてくれる。
それに、もう少しの間だけ膝枕をされていたい。
俺は再び瞳を閉じ、頭の位置を調整して、眠る態勢に入った。
すると、トントンと軽く肩をたたかれた。
「タカマくん起きて。だめだよ、二度寝は」
「……ごめんなさい」
俺が上を向くと、フェルリアと目が合った。
黄金色の瞳、闇色の長い髪。顔立ちは幼いが、大人びた雰囲気を感じられる。きっとどんな場面でもその涼やかな表情を崩すことはないのだろう。
「おはよう、タカマくん。よく眠れた?」
「おかげさまでな。やっぱりフェルリアの太ももは落ち着く」
「ありがと」
フェルリアは当然だと言わんばかりの顔をしている。そこには誇らしさなんてない。
「今、どの辺を走っているんだ?」
「もうすぐ着くよ」
「そうか、じゃあ起きるよ」
俺はゆったりと立ち、両手を組んで真上に上げた。
俺たちがいる場所は寝台列車の個室。今も軽快に線路の上を走っている。
室内は二人分のシングルベッドが向かい合い、その間には小さな机が置かれている。壁には俺の上着をかけたハンガーが吊されている。フェルリアと同じ色をした紺色の軍服だ。
大きな窓からは朝の陽ざしが差し込んできて、ほんのり体が温まった。
窓の外を見ると、そこには一面の荒野が広がっていて、列車が向かう先には巨大な水晶の塊が地面から生えていた。百メートルはある巨大で細長い黒水晶は、かつて地球にあったという高層ビル群を彷彿とさせる。
あれが水晶都市か。本当に教本に載っていた写真と同じなんだな。
俺はハンガーに掛けてある自分の軍服に袖を通す。
第一ボタンまできちんと留める。なぜならそれが正しいと教わったから。
目の前の鏡には俺の顔が映った。
黄金色の瞳、闇色の髪。十六歳の男としてはやや幼い顔がそこにはあった。
すると、列車が一度揺れて減速する。ブレーキをかけたようだ。
いつの間にかフェルリアは自分の支度を終えていて、俺の横に立っていた。
先ほどまでベッドの下にあったロングレンジライフルを背負っている。
「タカマくん、もうすぐ卒業試験が始まるから、これ」
フェルリアの手には鞘に入った直剣と拳銃が取り付けられたベルトがあった。
「ありがとう、フェルリア」
俺はフェルリアからそのベルトを受け取って腰に巻いた。
その時、隣の部屋から怒鳴り声が聞こえた。
《お前ら、戦う準備をしろ……が来る……》
《命令……るな! オレが先に……してやるから……ろ……》
《殺す……してやる……》
聞き取れなかったが、他にもざわざわと声が聞こえた。
「隣の部屋の人たちは随分とやる気があるな」
「急になに言ってるの?」
「声が聞こえただろ? 血気盛んな男たちの声が」
「……ううん」
「あれ? 俺の空耳なのか? 俺は確かに聞いたんだが」
「ねぇ、タカマくん……」
フェルリアが眉根を寄せて俺を見つめる。
どうしてそんなに深刻そうなんだ。
ただの空耳なのに。
「声なんて、聞こえるわけないよ。だって両隣の部屋は空室のはずだから」
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