第111話 事件捜査

 オリビア学園の地下にある古代魔法研究室。


 ここは魔法学科教授のマーガレット・シャドウウィンドの研究室である。


 そこに、深くフードを被った熟年の女性と、道中の護衛依頼を受けたアランがノックと共に部屋に入ってくる。


「遅くなってすまないね、マーガレットに皆。それにしても、マーガレット、貴女すっかりおばあちゃんになっちゃって」


「ふふ、オリビアよ、それは何か? 挨拶のつもりかい? 一度、自分で鏡を見てから言う言葉だよ。それにこの間あったばかりだ、同じ言葉を繰り返すのは年寄りの証さね。

 ……だがしかし、一人、時を無視した罰当たりがこの中におるようだが、まったく。ルカよ、お前は人間を止めたのかい?」


「はっはっは。マーガレットちゃんにオリビアちゃんよ。吾輩は若さを保つために日々研究を欠かさんのさ。ちなみに寿命は変わらん、あくまで外見を保つことしかできんかったから安心せい」


 この場に同席したルカ・レスレクシオンは見た目だけで言えば三十代にしか見えない。

 マーガレットとしてはあのルカ・レスレクシオンが美貌の為だけに研究を繰り返すとも思えない、おそらくは何かの主たる研究の副産物ではあるのだろう、だが詮索しない。


 それは同じ魔法の研究者としてマナー違反だからだ。


 だからせいぜい茶化すにとどめる。


「ふ、ルカよ。だが、その日々の研究に没頭したせいでお前さんだけ独身ではないか。まあ、ルカが独身なのは学生時代から予想済みだったがな」


 マーガレットもオリビアも既婚者である。オリビアの子は皇帝に。マーガレットの子も今は独立し所帯を持っている。


「ち、何気に心をえぐるな、吾輩はそんな親友を持てて幸せ者じゃわい」


 そんな会話の中でメイドが手際よくティーセットを持ってくる。


「皆さま揃いましたね、そろそろお昼ですし何か食べ物でもお出ししましょうか?」


「ああ、セバスちゃん。そうじゃな、年寄りにやさしい柔らかな物をいくつか見繕ってもらうかのう、わっはっは」


 マーガレットの研究室にはかつてエフタル王国魔法学院の同期が揃い踏みだった。


 テーブルには紅茶とサンドウィッチやケーキ等のお菓子が並ぶ。


 先帝オリビア・カルルクは一口、紅茶を嗜むと。姿勢をただし皆の前で一礼する。


「この度は、私の孫が招いた事件の調査に協力していただき感謝の念に堪えません。

 大した御礼は出来ませんが、無事解決した暁には皇室は永劫にあなた達に報いる事をちかいます」


「ふ、オリビアちゃんよ。かつての妹分の頼みとあっては協力するのは吾輩としては当然のことよ。なあ、マーガレットちゃんよ」


「うむ、お主らの姉妹ごっこは正直どうでもよいが、私としては今回の事件、気になることが多いでな。

 まあオリビアの大切な孫のためじゃ。……所でオリビアよ、お主の息子。いや、皇帝陛下は今回の件どこまで知っている?」


「ルカ、マーガレット……ありがとう。そうね、息子は今回の事件が旧エフタル王国の亡霊、闇の貴族連合という組織によって引き起こされたということ以外は何も知らないでしょう。

 それに旧エフタル貴族の暗躍については私の代でも、そのような事件は起こっておらず、今回の事件以外は平和そのものだった。


 故に、帝国が総力を挙げて大々的に調査しても、犯人は捕まらないだろうってね。ならばと、今は権力のない私が陰で動いて尻尾を掴もうって作戦なのよ」


 オリビアの言葉に、アランは付け足すように発言する。


「ええ、その件で俺っちやノイマンの旦那も調べてみたんっすが、そんな悪者なんて影も形もないんですわ。

 ニコラス殿下に呪いの魔法道具を売った道具屋の店主も、過去の犯罪歴ゼロで真っ当な商人だって話っす。

 まあ、今となっては逃走中でどこにいるやら不明なんすがね。

 それに、二年前に闇の貴族連合所属と名乗った男、グプタの豪華客船コソ泥事件の主犯は単独犯でした。やつがべらべらと喋るものですから、ここまで分かったのが本音ってところっす。

 ちなみに奴が嘘をついていた場合は振り出しにもどるんっすが、どちらにしても今回の事件の黒幕は狡猾、そして他人を信用していない。そしてまとまった組織として活動はしていないってことっすね」


「ふむ、やっかいじゃのう。セバスちゃんとしては何か思うことはあるかの?」


「はい、これまでの調査とアラン殿の報告からして、敵の尻尾を掴むことは不可能でしょう。実に上手くやっています。

 であるなら我々のすることはその闇の貴族連合の最終目標を知ることが最優先では無いでしょうか。

 奴らは組織ではなく単独でアメーバのように緩く連帯する組織とも言えない集団。

 おそらく相互の連絡もないのでしょう。そして各々が最終目的に向けて勝手に動く、そういうやっかいな集団といっていいでしょう」


「そうですか……では、やはり息子、いや帝国では捜査に限界がありますね。我々が秘密裏に捜査し、敵の思惑を掴むのが先決といえます」


 現状の情報を確認し終えるとマーガレットはニコラスが呪われた例の宝石箱を取り出す。


「私の方でいくつか調べたのだが、これは旧エフタル王国の闇の執行官が密かに研究しておった、魂の分離と転移の魔法の産物のようだ」


「おいおい、それは穏やかじゃないね。マーガレットちゃん。それは呪いのドラゴンロードの権能の一つじゃないか。吾輩としてはちょっと関わりたくないぞ?」


「何を言う、ルカ達がそのドラゴンロードを倒したんだろうが。それにこれはハヴォックというエフタルの闇の執行官が創り出したまがい物で、完全に失敗作だ。

 まあ、私から見ても良く作られた魔法道具ではあるが……さすがにドラゴンロードの足元にも及ばぬか……」


「ふむ、であるなら、ハヴォックはニコラス殿下に魂の転移をしようとして失敗、そして自滅したと?」


「うむ、……だが、ニコラス殿下の話だと。地獄の女監獄長という深淵の住人の怒りを買いハヴォックは滅ぼされたという話だがな……ルカ、何か知っておるか?」


「深淵の住人など知らん。忘れたか? 吾輩は極大魔法は使えぬ。むしろお主らこそ、極大魔法を習得した者にだけ見える深淵の糸とやらから何か分からんのか?」


「……それが分かれば苦労はせんよ。あれは自分に適した魔法の知識のみを知らせるだけだからな」


「ふむ、そうか、……じゃが、吾輩は地獄の女監獄長とやらには心当たりがあるのう」


 ルカの言葉に場の空気が引き締まる。


「……ふっ、それはな。エロ本じゃ! それもかなりマニアックなやつでな。何といったか、若い男を鞭でいたぶる女がヒロインの。……なんじゃ? お主等、年寄りのくせにそんな一般教養も知らんかったか」


 一瞬にして凍り付く室内。そしてアランがつぶやく。


「お嬢が……その本、読んでました。俺っちはショックが隠せないっす」


「おや、いいじゃないか、ルーシーちゃんとて年頃なんだ、人様の癖に口出しするもんではない。それにニコラス君も受けとしてちょうど良い感じだしな。はっはっは」


 

 こうして、闇の貴族連合の目的を探るという意味で、各々の裁量で操作を続ける方針で会議は終わった。

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