第83話 キャンプ実習⑧
「ふはは! 我は水のドラゴンロード・ルーシーである!」
ザブンと勢いよく水風呂に飛び込むルーシー。
「ちょっと、ルーシーさん! いきなり飛び込むのは危ないですわ!」
「ごめん、久しぶりに泳げるから調子に乗っちゃった。でもこの広さなら泳いでも平気じゃない? 向こう側まで競争よ!」
簡易的ではあるがそこにある水風呂はプールのような広さであった。
ちなみに水風呂は二つ作られており男女別々である。それぞれがキャンプ場を中心に対角線上に配置されている。
「どうですか、なかなかに名案でしたでしょ? パパが言うには男子は女子のキャッキャした声を聞くと覗きたくなる生き物だって言ってたから、それなら距離を離せば解決です」
「うむ、イレーナ先生のアイデアは素晴らしいが、おかげで私達はキャンプ場の中央で見張りをせねばならぬではないか」
「えへへ、それはそうですけど。わざわざ一か所にお風呂をつくったら、たとえ壁で遮っても覗きを誘発させるだけだし、手間は省けるかなって。まあ私たちは後でゆっくり頂くとしましょう」
「まあいいさね。でも昔はこれで男女の仲が発展したのも事実さ。あまり堅苦しいのも面倒なものだよ」
「あら、マーガレット先生は風紀の乱れを気にしていると思ってました」
「それはそれ、恋心はこうしたイベントを介してはぐくまれるものさ。まあ所詮、私は昔の人間だよ。覗いたくらいで退学にはしないさ、反省文でも書かせて終わりさね」
「でも、それでは先帝陛下の名を冠したオリビア学園の品格が損なわれるんじゃなかったのですか?」
「あはは、あのオリビアに品格? 冗談じゃないよ。彼女が学生だったころは相当なムッツリスケベだったのだよ。
あのルカ・レスレクシオンにいかがわしい魔法道具なんぞ発注してな。それが今では清廉潔白なオリビア陛下ときた。笑えるだろう?」
「……マーガレット先生。さすがにそれは笑えません。今のは聞かなかったことにします」
突然のスキャンダル発言にイレーナは困惑した。
だが、マーガレットは涼しい顔で紅茶を飲んでいた。
「そういえば、アラン先生はどうしたんだい?」
「はい、男子の監視をしています。曰く桃源郷を求めるのは若い男子としては正常、そしてその情熱は歴戦の猛者に匹敵するらしいので、パパはレンジャーとしてのスキルを最大限に発揮して監視をしているようです……」
「はは、あのアランをして歴戦の猛者か、それは結構なことだ。最近の若者も捨てたものではないじゃないか! はっはっは」
「もう、マーガレット先生。笑い事ではないですって。私たちは大切な子供達を預かる立場なんですから」
◇◇◇
案の定、一部の男子は手早く身体だけ洗うとさっさと着替えて水風呂を後にした。
彼らの目的はただ一つの桃源郷であった。
問題はアラン先生だ。
歴戦のレンジャーの目を欺くのは至難の業だ。
だが、彼らとて無策ではない。部隊を二つに分けたのだ。
片方は必ずアランに捕まるだろう、二分の一の確率。
男子たちはお互いの検討を祈る、生き残った者達がたどり着ける桃源郷を目指して。
だが、アランはどちらの部隊にも現れなかった。
「おや、アラン先生、見張りはいいのかい?」
「いやー俺っちとしても青春時代を思い出しちまってね。彼らを捕縛して退学処分はあんまりかなって思ったんすよ。それにあの壁を突破するのは無理ってもんす、せめてそれまでは夢を見てもいいっすから……」
そう、女子の水風呂の周囲にはマーガレットとイレーナが築いた石の壁が高くそびえ立っていたのだ。それはストーンウォールの魔法を組み合わせた要塞と呼べるほどの代物であった。
「くっ、ここまで来て難攻不落の壁か……この壁の向こうには楽園があるというのに、くそっ、俺達はここまでなのか……」
「ならば、せめて中から声が聞こえないか、そっと耳を済ませば……だめか……。この石壁は音一つ洩れない……くそっ! 俺に攻城魔法の才能があれば」
圧倒的な断崖絶壁を前に。男子たちは絶望して、とぼとぼと自分たちの水風呂へと戻っていった。
◆◆◆
「ふん、この程度の石壁、我が魔法で粉々にしてくれる」
ヘイズは西グプタの外壁に向かい魔法を唱える。
「攻城魔法『ストーンゴーレム』!」
大地から出現した石の巨人は西グプタの外壁にその巨体をぶつける。
だが西グプタの外壁は想像以上に頑丈で逆にストーンゴーレムの拳が砕ける。
「ふん、さすがは西グプタの外壁か、難攻不落の名に相応しいだろう。だが、防戦一方ではせっかくの自慢の壁も時間の問題だな」
もっともヘイズの目的は外壁を破壊することではない。
海のドラゴンロード・ベアトリクスをおびき寄せ、砂漠の戦場に引きずり出すこと。
このまま西グプタへ潜入することはたやすいが、グプタ内でベアトリクスと遭遇した場合十中八九、海の中に引きずり込まれるだろう。
そうなれば万が一にも勝ち目はなくなる。
海のドラゴンロード相手にわざわざ海中で戦うなど愚か者のすることだ。
ヘイズは繰り返しストーゴーレムに命令し、外壁への攻撃を続けた。
城壁の上にいる兵士達はストーンゴーレムに矢を浴びせるが、効果が無いと悟ったのか見張りだけを残し、城壁の内側へと退散していった。
そしてすぐに狼煙が上がるのが見えた。
「対応が早いな。さて、ベアトリクスはここまで来るだろうか」
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