第80話 キャンプ実習⑤
リリアナの話は本当に怖かった。
話し方もそうだが、現実にあった本当の話だというので余計に怖さが増した。
カルルク砂漠をさまよい死肉をあさり、魂を喰らう化け物となった人間の話。
結局恐ろしいのは生きてる人間という事なのだろうか。
化け物と化した生きてる人間、幽霊だとかのぼんやりした概念とはまた別物の存在なのだろう。
(マスターぼんやりとは失礼ですな。私はしっかりとここにおります)
ハインド君の文句の言葉が聞こえてきた気がした。
魔法結界当番は終わり、ルーシー達はテントに入ると直ぐに眠気が襲う。
持続的に魔法を使うというのは実際かなり疲れるのだ。
昔の魔法使いはやはり凄かったという事だろう。
マーガレット先生が昔マウントを取りたがる理由も少しだが理解できた。
四人用のテントは正直狭かった。
手狭な空間で各々が寝間着に着替えるとソフィアは溜息をつく。
「ふう、お母様がおっしゃってましたわ。たしか、四人用のテントだと三人が限界だって。
お父様とお母様が若いころは二人旅をしていたんですけど、途中から一人増えたらしくて。三人でも窮屈だとおっしゃってました。
まあ、その方はたまにお父様を誘惑していたそうですから、お母様としては気が気で無かったのでしょうけど……」
「ねえ、ソフィアさんのご両親って、あの英雄王カイル様と、大魔導士シャルロット様でしょ? もっとお話がききたいです」
「うーんリリアナさんのリクエストにはお答えしたいんですけど。ごめんなさい、私も皆が知ってる話以外はそんなに知らないのよ。
普段の二人はとってもバカップルで、私でさえ、あの英雄譚が疑わしいくらいですし……」
「うーん、眠い。私の両親もバカップルだし、いいんじゃない? あ、ソフィアさんのお父様って剣士なんでしょ?
私のお父様は元騎士です。きっとソフィアさんのお父様もとってもカッコいいと思う、……だから今日は寝ましょう……すぅ……」
「リリアナさん、とういう訳ですわ。ごめんなさいね、じゃあ明かりを消します、あれ? セシリアさんは?
あらあら、もう眠ってしまわれましたね、やはりお疲れだったのでしょう。今日はいろいろと私達に教えてくれましたから」
こうしてキャンプ実習初日は無事に終わった。
◆◆◆
どこの世界にも犯罪者はいる。
特に最近は旧エフタル王国の貴族が集まり『闇の貴族連合』という秘密結社をつくり、かつての栄光を取り戻そうと牙を磨いているとの噂もある。
もちろん、彼らも一枚岩でない。
貴族と言ってもかつて起こったエフタルの惨劇を逃れることが出来たのは権限のない下位の貴族達ばかりであったのだ。
指導者を欠いた彼らは組織としては烏合の衆である。
彼らは密かに世界中の各都市に潜む。仕事をするもの、盗みを働くもの様々である。
大都市には小規模だが組織らしきものは出来つつあるが、特に大規模な活動をするわけでもない。
盗みがばれて警備隊に捕まる物も後を絶たなかった。
彼らの結束力は緩く、減刑の為なら平気で組織や仲間を売った。
そうした悪人の中でも最底辺の人間は都市にいられなくなり、カルルク砂漠で商人を狙う盗賊団に落ちるのは当然の帰結であった。
ある日、盗賊団は一人でカルルク砂漠を歩くボロボロのローブを纏った不気味な男を見つけた。
男かどうかははっきりしないがかなり大きな体格をしているため、そして女が一人で砂漠を縦断などありえないとの憶測ではある。
だが重要なのはそれではない。
いくら元貴族で魔法の心得がある者達で構成された盗賊団とはいえ、昨今の商人たちは無防備ではないのだ。
護衛の為に冒険者を雇うのは常識である。
故に大規模な商隊を狙った強盗はリスクが高い。
ならば、小物とはいえ確実に得られる獲物は逃すどおりはないのだ。
盗賊団の一人はニヤニヤと薄笑いを浮かべながら男に近づく。
元貴族であった過去など忘れてすっかり盗賊が板についているようだった。
もっともエフタルの民にとっては旧貴族など合法的な盗賊だという評価である為、ある意味で落ちるべくして落ちたともいえる。
「おい、おっさん。金持ってるか? 持ってないわけないよな。手ぶらでカルルク砂漠を縦断なんてありえないんだからな。
抵抗しなければ命だけは助けてやるぜ? もっとも丸腰で歩くことになるからどの道死ぬんだけどな! ぎゃははは」
「言葉をしゃべる生き物……人間か。俺は運がいい。天に、いや、深淵に感謝か……ありがたくお前らの魂を頂くとしよう……」
そう言い終わる瞬間。
男は盗賊達の魂を奪う。そして逃げようとした者は捕らえてそのまま肉を喰らう。
一方的な虐殺が終わると、断末魔が響く砂漠に再び静寂が訪れた。
一通り血肉をすすり終えると、男は立ち上がる。
「ははは、理性が戻ってきた。思い出したぞ。俺は闇の執行官ヘイズ……俺の目的はドラゴンロードであったのだ」
ヘイズはそのまま南へ、ドラゴンロードがいるというグプタを目指して歩みを進めた。
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