第65話 闇の魔法の授業③
「さて、では改めて闇の魔法に対する防衛術の授業を始めようかね。まず皆には初級の闇魔法を知らなければね。
先程の話であったが極大呪術『千年牢獄』は極めて危険であり、諸君らが学ぶにはまだ早い。
難易度で言えば戯曲魔法に匹敵するレベルの魔法であるからな。
そこで今日は初歩の魔法、『パストペイン』という魔法を知ることからはじめよう。
最初に言っておくが闇の魔法の教科書は無い、そんなものを販売した時点で法律違反だからな。
関連書物はこの研究室か、図書館の禁書コーナーくらいだろう。
ということで久しぶりに板書でもしようかね」
そう言うとマーガレット先生は黒板に術式を書き出す。
「ちなみにだが、ノートに書き写すことも禁止だ。書いて覚えてもいいが、そのノートはこの研究室においていってもらう。自習したければいつでも研究室においで、私は大概ここにいるからな。
さてと、ではこの魔法の効果だが、過去の痛みを思い出させる魔法といったところかな。
外傷はなく精神的な苦痛を与えるのみで、昔の貴族が拷問するのに好まれた魔法。
怪我をさせないので当時は合法だった。むしろ人道的とまで言われていたのさ。
ちなみにこの魔法をその身体で試したいものはいるかい?
君らの年齢ならそんなに効果は発揮しないはずだが、念のため過去に大けがをした者は遠慮しとくように。
その痛みが帰ってくるかもしれんからな。殿下の場合は……その青あざの痛みが再び蘇るだろうな。
「あ、ああ、それは遠慮したいな。あれは本当に痛かった。頭に星が飛んだ気分だった」
「では先生! 私にお願いします」
躊躇なく手を上げたのはソフィアだった。
「ほう、さすがはソフィア・レーヴァテインか。では、覚悟はいいかな?」
マーガレット先生は机から年季の入ったマジックワンドを取り出す。
「これは、できるだけ威力を抑えるために作られた教育用のマジックワンドだ。ではいくぞ! 呪術『パストペイン』!」
マジックワンドの先から黒い魔力の塊がソフィアに向かって放たれる。
「痛っ! 手が焼けるよう」
ソフィアは右腕を抑えてその場にうずくまる。
直ぐに魔法を止めるマーガレット先生。ソフィアを襲った強烈な痛みは一瞬で消えた。
「ふむ、その歳で腕に大やけどをしたことがあるね。さては火炎魔法のコントロールを間違えて手を焼いてしまったか? そういうことは先に言っておくれよ。かける側としてもいい気分ではないからね」
「はい、すいません。おっしゃる通りです。以前、中級魔法を練習してた時に失敗して大やけどをしたことがありました。
母が直ぐに直してくれたので、すっかり忘れていましたが……。でもその魔法の恐ろしさは理解できました。誰しも人生で怪我を一度もしなかった者などいないからです」
ソフィアが先陣を切って受けた呪術『パストペイン』。
ニコラス皇子としては、自分が受けないのはプライドが許さない。
皇子としての立場がある、それに痛みから逃げては闇の深淵にいる、あの人に近づくことは出来ないだろうと勢いよく挙手をする。
「マーガレット先生、俺にもお願いします」
アベルとゴードンも恐る恐るだが挙手した。
…………。
……。
ニコラスは案の定、兄の拳骨を再び味わい。
アベルとゴードンはよく思い出せないが、手や足に殴られたような痛みを感じた。
二人は痛みを感じると思い出したくなかった記憶が蘇る。
それは幼少の頃。ニコラス殿下のお供をするのだからと、剣の訓練を受けさせられたときの事、そして家庭教師から何度か木剣で手や足に厳しい指導を受けていたことを。
「まあ、普通の12歳ならその程度だろうて……」
「先生。私もお願いします」
次はセシリアが挙手する。
だがセシリアはパストペインをくらっても、平気な顔だった。
「おや? 珍しい。お前さんは転んだこともないのかい?」
「ううん、痛みは感じるけど我慢できるだけ。なるほど……(刺し傷、切り傷に打撲、そして火傷の痛み。魔法とはいえその感覚はとてもリアル。これが闇の魔法か……)」
ルーシーは困った。皆、受けて自分が受けないわけにはいかない。
そういえば昔、木登りをして落ちたことがあった。幸いにも手足を擦りむいただけだったが、それでも本当に痛かった。
……だが、ここで自分だけ受けないのは格好が悪い。
「あのう……、マーガレット先生、私もお願いします」
「不安そうだね。嫌なら受けなくていいんだよ? 過去に大怪我でもしたなら尚更ね。ちなみに私の場合は絶対にごめんだよ。この歳になるとね積み重ねた経験から気絶してしまうほどの痛みになるのさ」
ルーシーの場合は大怪我かと言われれば全然そうではない。それにソフィアは大火傷の痛みを思い出しても無事に耐えているのだ。覚悟を決める。
「いいえ、お願いします。私も闇の魔法を体験したいですし」
「わかった。じゃあ行くよ? 呪術『パストペイン』!」
マジックワンドの先から黒い魔力の塊がルーシーに向けて放たれる。
ルーシーは目をつぶる……。
「…………あれ? 痛くない?」
きょろきょろと自分の身体を見回すルーシー。
「なんだ、お前さん。いままで怪我無しかい? 余程、過保護に育ったお嬢様だったんだな。はっはっは」
確かに過保護に育てられた自覚はあった。だが怪我をした記憶は確かにある。
ここでルーシーは大事なことを思い出した。
自分にはなぜか闇と呪いに対しての高い防御力があるということを。
ベアトリクスにその話をされたときは半信半疑だったが、今はっきりと自覚した。
そしてこの能力は隠しておいた方がいいだろうとも言われていたのだった。
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