第16話 将来の夢①
朝食までの少しの時間。
ルーシーは部屋の窓を開け外の空気を入れる。
朝のさわやかな海風が頬をなでる。
差し込む陽の光に目を細めながら庭を見下ろすと。
クロードとレオンハルトの姿が見えた。
二人はそれぞれ木剣を持っている。
「どうした。レオ。もうへばったか!」
「まだです、父上。もう一本お願いします!」
レオンハルトは最近になって剣の稽古を受けるようになっていた。
木剣がぶつかるたびに乾いた音とクロードのアドバイスの声が聞こえてくる。
どうやらルーシーが魔法の練習をしている間に剣の稽古がはじまっていたようだ。
ルーシーはまったく気が付かなかった。
そういえば魔法使いの弱点を母から聞いたのを思い出した。
魔法だけではなく何事もそうだが、集中すると周りが見えなくなるものだと。
それでも魔法使いの場合は魔法を行使するときが最も無防備となる。
剣士は少なくとも自分以外に戦う相手の動きにも集中する。
さらに達人ともなれば周囲の状況にも気を遣うだろう。
しかし魔法使いは強力な魔法になればなるほど、その意識は魔法だけに集中しなければならない。
ゆえに『魔法使いは無防備である』という格言を言ったのは偉大な魔法研究家で作家のフリードリヒ・レーヴァテインだ。
ルーシーは彼の著書を読んだことがない。実際に読んだのは母であり、その受け売りである。
きっと闇の魔法について書かれた本もあるはずだと思い書店に訪れたこともあった。
しかし書店には海と船や商業に関する技術的な実用書と娯楽用の小説があるだけだった。
特にグプタでは魔法に関する本は人気がない。
カルルク帝国かエフタル共和国の大きな都市まで行かないと入手は困難だと書店の店主は言っていた。
◇◇◇◇◇
今日は塾の日だ。
今日の授業は将来の夢についてお互いに語り合うという内容だった。
交友関係を深めるのがこの街ではもっとも大事なことだからである。
「俺は、グプタで一番大きな船を作る!」
大きな声で言ったのはジャンだ。彼の実家は船大工をしている。
彼の年齢は12歳、最近は家の手伝いを始めたらしい。
なので彼は少しだけ得意げだ。すこし手伝いをしているだけなのにベテラン船大工気取りである。
そして夢はいよいよファンタジー路線に突入する。船にたくさん大砲を付けて海賊狩りをするというのだ。
グプタに海賊などいない。仮にいたとしても、海賊行為をした時点で怖い海のドラゴンの餌食になるのだ。
少し話が飛躍しすぎだ。夢は大きい方がいいに決まっているが、あまりにも大きすぎる。少しずつ聴衆の顔が曇る。
ルーシーは「夢は寝てから見るものだ」という言葉がのどから出かけた。だが彼は友達だから抑えている。
当たり前だがブラウン先生は終始笑顔だ。ジャンの話を最後まで真剣に聞くと拍手をして質問をする。
「素敵な夢ですね。一番大きな船を作ったら誰を最初にのせるのかしら?」
「先生! よく聞いてくれた。もちろん女神様に決まってる! だが、大きな船だ、ここにいる皆乗せてやるぜ! もちろん俺の奢りで!」
「もう、ジャン君ったら、まだ出来てない船の話しても嬉しくないよ」
「なんだよアンナ。そんなこと言うなら乗せてやんないぞ! そういうお前の夢はなんだよ」
「うーん、私はねー。えっと。お料理がしたい」
「へぇーアンナはコックさんになりたいのか。よし、なら毎日食べにいくぞ」
「ありがとー。でも、コックさんもいいけど。素敵なお嫁さんになりたーい」
「たしかに、アンナの母ちゃん料理が得意だからな。でも、お嫁さんってのは料理だけじゃなれないんだぜ?」
「え? そうなの?」
「ふふ、アンナは知らないのか? 結婚相手がいないとお嫁さんにはなれないんだぜ!」
「もう、ジャン君、それくらい知ってるよー。だからコックさんになってから探せばいいかなーって。そうだジャン君のお船のコックさんになってあげてもいいよー」
「おう、なら俺が船を造ったらお前をコック長として雇ってやる。そしたら俺がいい結婚相手を紹介してやるぜ!」
ほんわかした空気が教室中を包む。
ルーシーは隣に座っているレオンハルトにそっと耳打ちする。
「我が弟よ。あれを見てどう思う?」
「どうって、船に乗るコックさんだと滅多に会いに行けないから残念かなーって」
「ちがーう。どう考えても、アンナちゃんはジャン君のお嫁さんになりたいって言ってるようなもんだろうが。これだからレオはまだまだ子供だというのだ。我が弟ながら情けない……」
「なにそれ、姉ちゃんだって子供じゃないか、僕の事、眷属とか言って変な遊びをする癖に。……あれ? そういえば今日は我が弟っていったね。ついに眷属ごっこは卒業したんだ」
「うむ、ごっこは終わりだ。我は真の眷属を見つけたのだ。……今はちょっと訓練してるから、人前でちゃんと挨拶が出来るようになったらレオにも見せてあげる」
「そうなんだ……。犬とかじゃないよね。父上と母上には許可とってよ?」
「うむ、その辺は問題ない。お父様とお母様にはベアトリクスから話してもらっている」
「そうなんだ、じゃあ準備ができたら紹介してよね」
そう返すレオンハルトであったが実際は眷属というのが何かは知っていた。
(隣の部屋であんな大声でしゃべってたら嫌でも聞こえてくるよ……)
しかし、毎朝一生懸命に練習しているのを知っているため気付かないふりをするレオンハルトであった。
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