第14話 一般少女

 ルーシーは目を覚ます。

 波の音と、騒がしい人々の笑い声が聞こえる。

 さっきまで物音ひとつしない空間に居たためか頭にずきずきと響く。


 後頭部に感じる柔らかい感触。

 目の前には青い風船が二つ見える。


「おはよう、ルーシーちゃん。びっくりしたわ、まさか自力で『千年牢獄』をやぶるとは思わなかったぞ?」 


 二つの風船の向こう側からベアトリクスの声が聞こえてきた。


 ルーシーはどうやらベアトリクスに膝枕をされているようだ。

 なるほど、この膝枕と目の前の柔らかそうな風船で男の子を誘惑しているに違いない。やはり嫌な奴だ。


 ……いや、今はそんなことはどうでもいい。

 さっきまでされていた仕打ちを思い出し語気を強めて言う。

 

「ベアトリクス! よくも私をおもちゃ牢獄に閉じ込めてくれたな。子供のように慌てる我らの姿を見て馬鹿にしておったのだな!」


「てへっ、ごめんねー。でも、おかげでだいぶ状況が分かったわ。最後にもう一つ確かめないといけないから、もうちょっと我慢してねー」

『ルシウスよ、今度は物理的にお前を殺してやろうか?』


 最後の一言と共に恐るべき殺気を放つベアトリクス。

 だが、ルーシーは戦士ではない。勘もそれほど良くない。どちらかと言えば鈍感系だ。


 感じた事といえばベアトリクスの語気が若干強くなったこと、周囲の空気が不自然に振動している程度の事だった。


「痛いっ! なにをするだー」 

 ムニーっと、ベアトリクスはルーシーのほっぺをつねる。


「おーいルシウスよー。出てこーい、本当に殺しちゃうぞー?」


 もう片方のほっぺもつねる。


「いらい! わらひはルーヒーれ、ルヒウフはふぇふひんら!」


「ふむ、やっぱりか、そうかそうか、よし結論が出た! ルーシーちゃんはルーシーちゃんだ」


 両手を放すベアトリクス。


 じんじんと痛む頬をさすりながら。

「おのれ―。貴様ー、さっきから酷いぞ! お父様に言いつけてやるからな!」 


「ふむ、確かにクロード達にはちゃんと話さないといけないかな。おっと、可愛いほっぺに跡が残っては大変。『グレーターヒール』『メンタルリカバリー』」


 ややオーバーな回復魔法を受け、ルーシーの頬の赤色は完全に消えた。

 それに『千年牢獄』に閉じ込められたことによる精神的な疲労もすっかりなくなっていた。


 むしろいつも以上に頭が冴えわたるようだ。元気いっぱいに立ち上がる。


 ルーシーは初めて高レベルの回復魔法を受け、すっかり怒りを忘れてしまった。


「さてと、ルーシーちゃんには本当に悪いことをした。お詫びに何か願い事をかなえてあげよう、多少はわがままな願いでも聞いてやるぞ? なんでも言ってみよ」


「ほんと! 何でも? じゃあクッキー100個……うーん、それだともったいないし。……あ! 私、魔法を勉強したい!」


「あはは、考えておこう。だが、お主は魔力を持っているわけでもないしのう……うん? 魔力の反応がある? しかもこれは闇の魔力……」


「闇の魔力? ……あ! そうだった。こほん。聞け! ベアトリクスよ! 我はついに眷属を手に入れたのだ。ふははは、いでよ!『ハインド君』!」


 ルーシーが勢いよく腕を伸ばすとその先から黒い煙が現れ。もやもやと宙を漂いながらやがて人型となり。黒いローブをまとった骸骨となった。


『闇の執行官ハインド。マスターの命に従い参上しまし――』


 言い終わる前に、骸骨はポンッと音をたて霧散し跡形もなく消え去った。


「ははは、魔力切れだ! ルーシーらしいな。ぶふっ、せめて挨拶くらい最後まで言わせてやらぬか、あっはっは」


「お、おのれー。だが、私にも魔法が使えた。これなら入学資格はあるであろう!」


「入学資格? ああ、なるほど、魔法学校に行きたいのだな。どれ、時が来ればご両親の説得に付き合ってやるか」


「ほんと? やったー! こほん、であるならば、今回のことは水に流してやろうではないか。わっはっは」




『おーい! 姉ちゃんー! 何やってんのさー! みんなもう待ちきれないってー!』


 遠くから聞こえるレオンハルトの声に向かってルーシーは勢いよく駆けていった。



 ◇◇◇◇◇


 夜のグプタ。

 海の幸を使った料理で有名なベアトリクスお気に入りのレストランにて。

 食事が始まったばかりか。テーブルの上にはパンの入ったバスケットと野菜の入った薄めのスープが二皿。 


 席に座るのはクロードとクリスティーナ、そしてベアトリクスであった。


「せっかくの夫婦水入らずのところ悪いのう。だがお主たちには早めに聞かせなければと思っての」


「いえ、ベアトリクス様がそう思われたなら。私たちのことはお気になさらず」


 とはいえ、少しだけクリスティーナは不機嫌なようだ。


「なに、時間は取らせぬ。要件を伝えたらすぐにあの子らに合流するよ、子供たちもこの店にいるからな」 


「それで、聞かせたいことというのはなんでしょうか? ……やはりルーのことでしょうか?」


「うむ、さてと、どこから話せばよいか――」


 ベアトリクスはルーシーの正体について話す。


 結論としては、ルーシーはルシウスではない。


 ----------


 かつてエフタル共和国が王国だった時代。

 ここグプタより遥か北方のバシュミル大森林の深層部に呪いのドラゴンロード・ルシウスの縄張りがあった。


 ルシウスはたびたび魔物の巣窟である大森林を出ては人類に対して牙を剥いた。

 彼はベアトリクスとは違い、人間の憎悪こそを愛した。


 呪いドラゴンロードの名に相応しく、その人智を超えた呪いの力で人間同士の争いに積極的に介入した。 


 同時に彼は多数の強力な魔獣を眷属に加え、自身の魂の一部を分け与え命のストックを増やしていった。

 呪いのドラゴンロードは討伐不可能の不死身の化け物と化した。 


 時が経ち。エフタルの王族は呪いのドラゴンロードに生贄を捧げることで人類の安寧をはかる。


 ドラゴンロードに比べて遥かに魔力の低い人間の生贄はルシウスにとっては嗜好品でしかなかった。ただ人間特有の憎悪の深さだけは愛でるに値したのだ。

 気に入った人間は特別に眷属に迎えることもあった。

 命のストックになるほどの量の魂は与えないもののそれなりの力を授けた。


 それがルーシーの母であるクリスティーナだった。


 さらに時が経ちルシウスは四人の英雄によって全ての眷属もろとも完全に滅ぼされた。


 命のストックを失ったルシウスは一か八かの賭けで当時ルーシーを身ごもっていたクリスティーナを利用して復活を企てた。


 ベアトリクスの予想では、復活は失敗に終わった。微々たる魂の欠片では復活は不可能だったのだ。

 だが、わずかな権能、断片的な記憶がルーシーの魂に混ざったのだろうとのことだった。


「なに、あの子は間違いなくお主らの子だ。例えるならこの野菜スープがルーシーだとすると、小さじ一杯ほどの黒コショウがルシウスといった感じかの。

 なにも害はない。人格自体も特に操られているわけでも無い。

 あえて言えば、あの性格は彼女がたまに見るドラゴンの夢と、父親に溺愛されて育った年相応の万能感が合わさった結果だろう」

(ただ、呪いに対する完全耐性ともいえる能力は驚異的ともいえるが……まあ、呪いの権能が使えるわけでもないし、魔力も筋力も人間の平均レベル、何も問題はないだろう)


「女神さまー。お話まだ終わらないのー? ごはん冷めちゃうよー?」


 レストランの屋外にあるテラス席からアンナの大きな声が聞こえてきた。


「おっと、長居してしまった。まあ、二人とも安心せよ。あやつを一言で言うなら、自分をドラゴンロードの生まれ変わりと信じて止まない一般少女といったところだ。今は痛々しいところもあるが、それも今後の成長しだいだろうて」


◆第一章完


-----あとがき-----


 ここまでお付き合いいただきありがとうございます。


 本作のみをお読みいただいた方。

 ドラゴンロード・ルシウスとはなんぞやと思われたかもしれません。

 彼の活躍?が気になる方は別作品「灰色の第四王女」「カイルとシャルロットの冒険~ドラゴンと魔剣~」をぜひ。



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