第11話 目覚め

 翌朝。

 今日は夫婦水入らずのデートということでクリスティーナは普段着と違い随分とおめかしをしたようだ。


 彼女は淡いピンク色のドレスに薄手のショールを肩に羽織っている。

 普段は一つに束ねている髪の毛だが、今日は下ろしている。

 つやのある美しい灰色の髪が背中に広がりドレスの色と調和し、まるでどこかの国のお姫様のように思わせた。


 全身鏡を見ながら「28歳……まだまだいけるわね」と一人呟く。


 レオンハルトは珍しい母の姿に少し驚いた。母というよりは姉といった感じだ。

 ルーシーの数年後の姿を見た気がしたのだ。性格を除いて……。  


 自分の姿に満足すると鏡をクロードに譲り、子供たちの前に近寄ると少し姿勢を低くし子供たちに顔を近づける。 

 

「じゃあ、お母さんたちこれから出かけるけど……二人で大丈夫? まあ、レオがいるから大丈夫だと思うけど」


 クリスティーナは姉であるルーシーよりも弟であるレオンハルトを信頼しているようだ。

 それは仕方ないとルーシーは思う。母はレオ贔屓だ。

 姉としては少しだけ不満はあるが、レオは男の子だからと納得することにした。 


「大丈夫ですよ。姉ちゃんのことは僕に任せてください。それに女神様も一緒ですから、今日は皆で外食する予定です」


 クロードは久しぶりにジャケットを着たのか襟元を正しながら少し落ち着かない様子で鏡を見ていた。

 黒いジャケットに清潔な新しいシャツが彼の赤い髪によく似合う。


 ネクタイを締めると落ち着いたのか鏡から離れ、ルーシーの側まで近づいてきた。


「ベアトリクス様も一緒か、今度挨拶しておかないとな。それとだ、ルー、手を出しなさい。お小遣いだ、これで皆をもてなすといい」


 クロードは金貨を一枚取り出し、そっとルーシーの手の平に乗せる。


「お父様! ……これは少し多いのでは?」


「ジャン君達も一緒なんだろ? 皆で食べればこれくらいは掛かるさ。……それに、余ったら好きに使いなさい、クリスには内緒だぞ?」


 耳元でそっとささやくクロード。

 

「もう、クロードったら……ルーシーをあまり甘やかさないでよ」


「ははは、たまには良いじゃないか、では我々も出かけるとしよう。 さあ、我が姫よ。今日は騎士クロードがエスコートさせていただきます」


 二人はとても楽しそうにお喋りをしながらグプタの街に消えていった。

 

 ルーシーは握りしめた手を開く。

 間違いなく金貨だ。

 ルーシーは初めて大金を手にしてかなり興奮気味だ。


「レオ、金貨よ! これでチョコクッキーを買ったら何個分になるのかしら?」


「……意味の無い換算はやめようよ。でも真面目に答えるなら……100個位じゃない? 分かんないけど」


「100個っ! すっごーい。1年分じゃない!」


「姉ちゃん……1個食べるのに3日かかるんだね……ていうか、それ皆の食事代だからね!」


 レオンハルトは思い出した。


 そして姉のかじりかけのクッキーの謎が解けてしまった。

 つまりこういうことだろう。……その日に一口だけ食べる、翌日にもう一口、そして翌々日にまた……知りたくなかった姉の痴態だった。


「レオ! 何ぼけっとしてるの! 我々はビーチでまたベアトリクスに対峙しなければならないのだぞ! 気合を入れなさい!」


 ドラゴンモードが始まった。

 やれやれと思いながらも、元気よく駆けていく姉の後を追いかけるレオンハルトであった。


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 いつものビーチにくると、いつも遊んでいる子供たちは既に揃っていた。


 彼らは皆、水着を着ている。


 どうやら今日は海水浴をするようだ。


 ルーシーもレオンハルトもそれぞれ水着を用意している。グプタの子供は海で遊ぶのが日常であるためだ。


「よし、レオ、私達も着替えましょう」


 ルーシーはその場で服を脱ごうとする。


「姉ちゃん、たのむから更衣室で着替えてよ」


「そのとおり、ルーシーちゃんはもう10歳なんだろ? さすがに白昼堂々と女の子が素っ裸になるのは感心しないぞ?」


「む、やはり出てきたな。海のドラゴンロード。……だが今回は貴様の言に一理あるか」


 今日はやけに素直なルーシー。さすがに自分の行動を恥じらったのだろうか。

 だが脱ぎかけのワンピースを再び着ると、その場を動かずにきょろきょろとしている。


「ほらほら、その調子だと、女子更衣室がどこか知らないようだ。ついてまいれ」


「ち、今回は甘んじて受け入れよう……海水浴の時間を無駄にしたくないしな」


 ベアトリクスに連れられて行くルーシーの後ろ姿を見送りながらレオンハルトは思った。

 てっきりいつもの口喧嘩をベアトリクスに仕掛けるものだと覚悟したのだが、姉もほんの少しだけ大人になったのかなと安心したのだった。

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