第8話 朗報

「おはようルーシー。今日は自分で起きれたのね、偉いわ」


 寝間着のままルーシーはリビングに降りてきた。 


「おはようございます。お母様……。」


「あらあら、ルーシーったら。寝間着のままで。それに髪の毛がぼさぼさじゃない。もう10歳なんだから身だしなみにも気を使わないとだめでしょ?」


「はい、お母様……」


 母の小言を素直に聞く。


 いつもなら少しの屁理屈で言い返しているところだ。

 少し汗をかいたのでそのまま着替えるのは嫌だから等。


 だが今朝は夢見が悪いのでそんな気分にもなれなかった。


 それに母の言う事は当然だ、寝間着のまま人前に出るのが許されるのは子供の間だけ。

 ルーシーが母親に叱られたのは大人として認められたのだろうと前向きにとらえることにした。


 私はもう10歳、大人なのだ。そしてドラゴンロードとして立派に……。

 うん? ドラゴンロードとして大人になる?

 いや、私はドラゴンロードなのだ……。あれ? ドラゴンって人だっけ?


 夢で見たカッコいいドラゴンの身体を思い出し。そして現実の自分の手の平を見ながら自分の体に違和感を感じたのだ。

 その場でクルクルと身体を捻りながら自分の全身を見ようとするも人間そのものだった、当然だが尻尾は無い。


「ルーシー? もう……、寝ぼけてないで、今日はブラウン先生のところでしょ? シャキッとしなさい。まったく……レオ、お姉ちゃんをお願いね」


 夢のことは後回しだ。今日は塾に行く日だと思い出したのでルーシーは母親の言うとおりに気分を切り替える。


 レオンハルトは既に外出用の衣服に着替えており8歳の少年にしてはなかなかに凛々しい姿だ。癖のある赤毛だが寝ぐせは無く綺麗に整えられている。

 ついこの間までは弟の寝ぐせを整えるのがルーシーの日課だったのに、彼も大人になったということか。

 

 確かにレオンハルトは父親に似て、顔立ちが整っている。将来は間違いなくハンサムな男子になるだろう。


 レオンハルトは寝間着姿のルーシーを見て溜息をつきながら母に返事をした。


「はーい。まったく、今日の姉ちゃんは特に酷いんだから。はあ、今から憂鬱だよ……」


「もう、レオも朝っぱらから憂鬱とか言わない。そうだ、今日はお父様が帰ってくるから、二人とも元気出しなさい。今晩はご馳走よっ!」


 その言葉を聞いたルーシーは先ほどまでの重苦しい表情から一変。太陽の様な笑顔に様変わりした。


「え? お父様が? やったー。レオ! さっさと行って、さっさと帰るわよ!」

「姉ちゃん……。まずは着替えないと。それに塾は早く行ったからって授業はいつも通りの時間に終わるんだから」


 パンを口いっぱいに含みミルクで胃に流し込むルーシー。そしてその場で服を脱ぎ洗濯カゴに勢いよく放り込むと自分の部屋に戻っていった。


「まったくあの子は……。うふふ、でも今日はクロードが帰る。私もおめかししようかしら。そうねアレを久しぶりに着ようかしら、私だってまだまだいけるんだから……」


 クリスティーナは母親として、今行われているルーシーのお転婆を窘めることも忘れて。久しぶりに帰宅する夫の為のパーティーの準備を考えていた。 



 ルーシーは部屋に戻るとクローゼットからお気に入りの白いワンピースを取り出し手早く着替えを済ます。


 彼女は父親であるクロードが大好きだった。

 母と違って怒らないし、元騎士だったらしく礼儀正しく知的な振る舞い、程よく筋肉の付いた身体、そして周りの子供たちの父親と比べてハンサムだからだ。

 もちろん顔の良し悪しは個人の好みであるため一般的かは知らないが、それでも父親がいると周りのご婦人たちの声のトーンが少し上がるのは知っている。

 

 そして彼女が父のことを好きな最大の理由は何より愛娘であるルーシーに甘いのだ。


 弟のレオに対しては同じ男として少し厳しいところがある。それに比べ母親とそっくりな娘を溺愛するのは当たり前の事だろう。


 もちろん一番は母親であるのだが、それで母に嫉妬するのは順番が違うので甘んじて受け止める。いや、むしろ母そっくりの容姿に産んでくれて感謝しているくらいだ。

 きっと今日も何か珍しいお土産を持って帰るに違いないのだ。



 クロードの仕事はグプタの自警団を努めており、数日留守にすることもある。


 今回は西グプタの防壁外で魔物が活発になったため、その対策の応援で一月ほど西グプタに駐屯していたのだった。


 だから久しぶりに父親が帰ってくるという朗報に、夢見の悪かったルーシーの気分は一気に晴れたのだった。

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