14.Fランク冒険者

 アンジェの挑発をまともに受けたダンは、こめかみに青筋を立てて、


「上等だよ……くたばれやぁぁぁあぁああ――ッ!!」


 アンジェに向かって飛び掛かるようにジャンプし、そのままの勢いで魔剣を振り下ろした。

 隙は大きいけど、魔剣の力もあって、相手を一刀両断にするくらいの迫力がある。

 一撃の強さなら、《ブラインドスラッシュ》より遥かに強いはずだ。

 だけど――、


「――はぁ!? んなバカなッ!!」


 アンジェは微動だにせず、片手で止めた。

 おぉ、まさに片手真剣白刃取りだ。

 ダンは、まさか素手で止められるとは思わず、驚きのあまり目を見開いている。


「そんなに驚くほどのことでもないです。力の差があれば出来ること、とソーコ様も言ってましたよ」


「っざけやがってぇえ! どこまでこの俺様を――」


「――黙りなさい」


「――っ!」


「あなたこそ、ソーコ様を侮辱し過ぎです。これ以上は、もう看過できないです」


 アンジェの怒気を含んだ言葉に、誰も口を挟むことができない……僕も含めて。

 だってあんな怒ったアンジェ見たことないし! 

 正直、僕があんな風に面と向かってされたら、チビリそうなくらい怖いんですけど。


「――《ごく破砕はさい》」


 アンジェは指で摘まんだ魔剣をそのまま握りしめ、バキバキに破壊した。


「うへぇ……」


 思わず声が漏れてしまった。

 あのスキルは、武器や防具を破壊することに特化したスキルだ。

 魔剣ならそれなりに価値あるだろうし、涙目ものだろうなぁ……ご愁傷さまです。


「あッ!? なんで俺の魔剣が――」


「《八手閃撃はってせんげき》」


 その瞬間、ダンの体は遥か後方へ吹っ飛んでいった。

 《八手閃撃はってせんげき》――一瞬で人体の急所を八箇所攻撃する、恐ろしいスキルだ。

 体術スキルの技では、かなり上位に位置するものなんだけど――。


「いやいや、てか何やってんの!? 《八手閃撃はってせんげき》とか、殺す気なの!?」


「大丈夫です、ソーコ様。力を調整しているので、死んではいないはずです」


 アンジェは何でもないように言うけど、結構吹っ飛んでったよ!?

 観客なんて口あんぐりさせちゃってるし。


「うっわ、鼻とか折れてんじゃない、アレ。鼻血とか出ちゃってるもん」


 あっ、なんかピクリと動いたな、今。

 どうやら本当に死んではないみたいだ。

 あー、良かった。

 たかが登録試験で死人出るとか勘弁してほしいからね。


「どうですか? 合格に届いていますか?」


 今このタイミングで、軽く微笑みながら言うことじゃないよね。

 恐怖でしかないからね?

 ほら、ギルマスもちょっと引いちゃってんじゃん……。


「もし足りないのであれば、もう少々痛めつけても――」


「いやいやいや、十分だ! 合格だ合格! 文句もないさ。これ以上は死んじまうし、アイツには罰を与えないといかん。勘弁してくれ」


「そうですか……では、これくらいにしておきます」


 少し残念そうなアンジェを見て、僕は彼女を怒らせちゃいけない人物だと認識した。


「すまんが、コイツを運ばにゃならんのでな。後はエリーに手続きをしてもらってくれ」


「あ、はい、わかりました。あの、良かったらこのヒールポーション使ってください」


 そう言って、僕はインベントリから下級ヒールポーションを取り出し、ギルマスへ手渡した。


「これは……だけどいいのか? コイツがお前達にした事といい、それに下級といえど、15万ストはすると思うんだが」


「まあ、少しやり過ぎてしまったところもありますし。それに僕は薬師なので、また作れますし」


 下級なんていくらでも作れるし、アンジェが主にやったことといえ、多少の責任はさすがに感じるからねぇ。


「あぅ……すみません、ソーコ様。少しやり過ぎてしまいました……」


「まあ、相手も悪いからね。本物の剣、しかも魔剣を使ったわけだし。正当防衛みたいなもんじゃない? 気にしなくていいと思うよ」


 しょんぼりしたアンジェの様子を見るに、ダンにしたことよりも、僕に迷惑を掛けたことを気にしてるみたいだ。

 まあ、驚きはしたけど、気にするほどのことではない。

 正直、ちょっとスッキリしたのも事実だし。


「ああ、確かに悪いのはあいつだ。それは気にしないでくれ。ヒールポーションありがたく使わせてもらおう。それではエリー、後は頼んだぞ」


「承知しました、マスター」


 ダンはギルマスに首根っこを掴まれ、引きずられるように連れて行かれた。


「ふぅ……無事でよかったぁ。というか、ソーコちゃんとアンジェちゃん、2人ともすっごく強いんだね! どうなることかヒヤヒヤしてたよ〜。それにしても――あなた達、いったい何者なの?」


「いやあ、何者っていうアレもないんですけどね。相手が大したことなかったんですよ、うん! それより、これで冒険者証って貰えるんですよね?」


 あんまり突っ込まれても答えに困ってしまう。

 まさか、「この世界のゲームをやってて、目が覚めたらその世界にいました!」とは言えないし、答えようがないんだよね。

 当然、「錬金術師です」とも言えないし。

 結局のところ、適当に誤魔化すしかないのだ。


「あ、そうだね! 冒険者証を発行するから、また受付に来てくれるかな」


「わかりました」


 試験を見ていた人達は、口々に称賛やら、なんとお礼まで言われてしまった。

 どうやらダンには、この人達も色々と迷惑していたようだ。

 訓練場から建物に入り、先ほどの受付へ。

 数分待つと、エリーさんが何かを持ってやってきた。


「お待たせ〜、これがギルドカードだよ!」


「おぉ、これが冒険者ギルドのカードなんですね。ありがとうございます」


 差し出されたカードを受け取る。

 見た目に多少の違いはあるけど、商人ギルドのギルドカードとほとんど変わらないや。

 ランクは、僕もアンジェも『F』になってる。


「私は、Cランク冒険者を圧倒してるんだからもっと上でもいいと思うんだけど、規則的に無理みたいなの。ごめんねー」


「いやー、新人だから当然ですよ。ゆっくりマイペースでやっていきます」


 僕としては、むしろFランクで良かったとさえ思っている。

 今は、別に冒険者ランクを上げることを目指してるわけじゃない。

 まずは、サポーター達を探さないとだしね。

 それにちょっと目立ち過ぎた気がするし、これ以上変な注目を浴びて面倒事に巻き込まれるかもしれないし……もう遅いかもしれないけどさ。

 ま、何はともあれ、これでようやくFランク冒険者になったわけだ。

 AOLを熟知しているとはいえ、ゲームとは違うんだから、無理のない冒険生活を送るように心掛けていこう。

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