朝起きると、突如他人の頭の上に数字が見える能力に目覚めていたので長年好きだった幼馴染に告白する
キタイシアキラ
第1話 舞い降りた能力
朝食のハムエッグを急いで胃の中へと流し込みながら家を出て近所のおばさんが目に入った瞬間、ぼくは思わず腰を抜かしてしまった。
「なんだこれ、頭の上に「30」……?」
その後も座り込みながら数十分もの間ジロジロとおばさんを見て考え込むものだから、朝から気持ち悪いと言わんばかりの怪訝な目線をおばさんから向けられていたが、今起こっている現象やそして取るべき最善の行動をまだろくすっぽ稼働していない脳味噌を必死にフル稼働させながら熟考していたぼくにとっては大したことではなかった。いや、
座り込んでいると、朝という時間帯もあり、他にも通勤中の初老のサラリーマンや自らの娘の送迎をしている母親、キャンパス内で見たことがあるような眠そうにしている金髪にピアスを開けた女子大学生など様々な人間が目の前を通りかかった。
「10……20……45……」
ただ特定の個人だけではなく、さらに老若男女問わず、頭の上の数字は現れる。その以外何もわからないということがぼくが唯一理解できた確固たる事実であった。
数十分経過した。目の異常なのだから、まず眼科を受診することを真っ先に考えた。しかし、おもむろに立ち上がり、眼科に向かって足を運ぼうとした瞬間、ある考えがぼくの頭をよぎった。
「もし仮に病院に診てもらったところで医師に治療できるような事象なのか?いや、そもそもこんなことをいきなり言ったって信じてもらえずに門前払いを食らうだけだろう。医者って生き物はそういう非科学的な第六感のような現象とは真反対の世界で生きてるような生き物だからなあ。」
ふとぼくは腕時計をちらりと覗いた。時計の針は8時30分を指している。このままのんびりとしていると折角早起きした苦労が全て水の泡だ。ぼくはとりあえず駆け足で大学へと向かうことにした。
「おいおい、いくら1限とはいえテンション低すぎるだろ。だるいのはわかるけどさあ。あ、わりいけどいつもみたいに今までのレジュメとノート全部見せてくれね?今度ジュースでも奢ってやるからさあ」
教室に入って座ると、吉田がニタニタと薄ら笑いを浮かべながらそう言ってきた。こいつの頭上にも「70」の文字がある。大学の門をくぐって教室へ入るまでに嫌というほど頭上の数字を見たから少しこの異常な状況に慣れてしまった自分もいた。ただ、この状況を一人で抱え込むにはあまりに辛いということには変わりなかった。そんな状況では、まず間違いなく信じてもらえないとしても吉田に対してぼくに対して今降りかかっている現象を打ち明けるのにそう時間は掛からなかった。
吉田は始めこそぼくのことを茶化していたが、ぼくの熱のこもった説明を聞くうちに、半信半疑な態度ではあるものの、だんだんと真剣な表情へと変わっていった。
「うーん、そのお前にだけ見える頭の上の数字っていうものが消える方法が現状わからないんだから一生数字が見える中日常生活を送るしかないだろ」
「オイオイ勘弁してくれよ。一生常に他人の頭の上に訳のわからん数字が見えるなんて気持ち悪い」
「訳のわからん数字なら、訳の分かる数字にすれば良くねーか?発想の逆転だよ」
「どういうことだ?」
今までの頭の上の数字を消す方法とは視点が違うような吉田の意見に、思わず目を見開いたのが自分でもわかった。
「だからさ、その頭の上の数字がわけわかんねーからお前は気持ち悪いんだろ?ならその数字の規則性とかを考察して導き出せばスッキリするだろ。「規則性がないのが規則性」ってこともありえるけどな」
吉田が少し含み笑いを見せながら言う。数字を消す方法が分からないならその数字を理解しようとするとはなかなか面白い考え方だと感心した。
「その数字が何かわかったら、面白そうだし俺に教えてくれよ。そのついでに俺が3ヶ月前お前に貸した2万も返してくれよな」
一生数字の意味がわからなくてもいいな――。ぼくは吉田の表情を見て、心の中で少しそう思った。
吉田と別れた後、ぼくはルーズリーフとシャープ・ペンシルを片手に大学のありとあらゆる所をうろついた。様々な場所で教授や学校職員、学生といったありとあらゆる人間の数字を観察し、ルーズリーフにデータとして片っ端からメモをしておくことにより、自分に見えている“何か”を理解しようとしたのだ。始めこそ気味が悪かった現象だったが、西日が校舎を温かく包む頃には、ぼくは夢中になってシャープ・ペンシルを走らせていた。
そんな最中、ポケットの中で大人しくしていたスマートフォンが静かに震えた。電話してきたのは吉田だった。
『今日1日ずっと講義にも出てなかったけど、なんか進展でもあったか?』
『いや、今ようやくいろんな可能性を考察できるサンプルが揃ったところだよ。明日にでも仮説は立てられると思う』
『そうか、わかった。わざわざ焦らせるようなこと言って悪かったな。』
『いいや、全然大丈夫。またな。』
『おう。』
「ただいまー」
一人暮らしで当然ぼく以外誰もいないのだが、ぼくは家に帰る時は必ずこう言いながら入る。まあ、特に意味はないけどこうしなかったら何か落ち着かない、一種のルーティンみたいなものだ。靴を脱ぎ捨てると、揃えることもなく真っ先にデスクへと向かい、ルーズリーフを開き、静かに頬を2度叩いた。この突如降りかかった難問に精力を注ぎ込んで臨むという決意表明でもあった。
ぐいっぐいっぐいっと一気に缶コーヒーを飲み干しながら、ちらりと壁掛け時計を見る。時計の針は1時25分を指していた。メモ用紙に乱雑に殴り書きされていた人物の特徴と頭の上の数字の関連性に対して夢中でにらめっこをしているうちに、どうやら4時間以上経過していたようだ。
データに目を通した結果、いくつかわかったことがあった。まず一つ目は数字が0から100の間で1人を除いて数値が収まっていること。そして二つ目は自分と面識がある人間、特に親しく交流がある人間と数値が高いという傾向があることがわかった。これらの事実から、まだ確信はないものの、ぼくの中でかなり自信がある仮説を立てることができた――。そんなことを考えていると、強烈な眠気がぼくを襲った。机にしばらく伏せていると、そのまま眠りについてしまった。
日光がカーテンの隙間から少しずつ顔を出し始めた時、ぼくはふと目が覚めた。机の上で寝たせいで少し痛めてしまった首を右手で抑えながら歩き、すぐに玄関から出て他人を見る。頭の上の数字は日を跨いで消えることはなく、未だに見ることが可能な状態だった。
「そうだ。それでいい。あとは大学に行けば全てがわかる。」
1限目の講義が行われる大きな教室で吉田を見つけたぼくは、一目散に彼の元へと向かった。
「おはよう。悪いんだけど、今日急遽行かなきゃ行けないところができてさ、講義休むからレジュメなり出席なりなんなりあとはよろしく頼むわ。」
「オッケー。了解。」
「あ、そういえば吉田が昨日言ってた2万、アレ今返すわ。ほらよ。」
「マジか!マジで今月めっちゃ金欠で本当給料日までどう凌ぐかばっか考えてたからマジで助かった。ほんっとうにサンキューな。」
先程までのローテンションとはまるで変わったような吉田のリアクションとともに、ある変化が起こっていたことをぼくは見逃さなかった。吉田の頭の上の数字が昨日、そしてさっきまでの「75」から「85」に変化していたのだ。これでぼくの仮説が確信へと変化した。やはり頭の上の数字はぼくに対する「好感度」なのだと。自分と面識がある人間、特に親しく交流がある人間と数値が高いという傾向だけではまだ分からなかったが、今日のぼくの金を返すという行動と吉田のリアクション、そして彼の頭の上の数字の変化からまず間違いないと確信した。ぼくは心の中で、数学の難問を自力で解き終えた時のような達成感と愉悦に浸っていた。
「おう、俺もこれで色々とわかったわ。またな。」
「お?なんだニヤニヤしやがって。なんの話だ?」
「こっちの話だよ。」
ぼくはニヤつき顔で講義を抜け出すと、スマートフォンでLINEを送信した。
「葵さ、今から大学で会えない?」
送信先は、1人だけ0から100の間ではなく頭の上に「65535」が表示された清水葵だった。送信すると1分も経たずして既読が付いて、そして返信が来た。
「わかった。16時に中央広場で。」
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