第7話 おばけなんてないさ

 22時半。安保と土師はまだ事務所でパソコンとにらめっこしていた。


「安保さん、すいません…僕の作業手伝ってもらっちゃって…」

「いいよー、今日特に用事なかったし、土師くん放ったまま帰るのもあれですしー」

「本当に、ありがとうございます…ううう、僕が提出期限を間違えなければ…」


 あと30分で終わらせますんで!と、土師は眉を八の字にしながらも作業のスピードを一気に上げる。安保も作業しながらのんびり返事をする。


「そうですねぇ、あんまり夜中にここにいると落ち着かないし、とっとと帰りましょ」

「フロアの照明もここ以外は消えちゃってますから、ちょっと不気味ですよね…」

「というか見られてるのが嫌なんですよ、鬱陶しいー」

「あー……ん?…んん??」


 発言内容が理解できず、土師の作業の手が止まる。隣にいる安保の顔を見るが、彼女の顔はいつも通りで、特に冗談を言った様子ではない。


 安保の言葉を反芻し、土師の背中に寒気が走った。なんだかすごく嫌な予感がする、聞いてはいけない気がする、でも…


「あの…見られてるって、何に…?」

 恐る恐る聞いた土師に対し、安保は明日の天気を答えるのと同じトーンで返事した。


「え?幽霊」


「―――いやあああああ!!やっぱり!聞かなきゃよかった!!というか安保さん霊感とかある人だったんですか?!えいつからうちの事務所にいるんですかいやだああああ!!僕もう残業できなくなっちゃうじゃないですかーー!!」

「うおおー、そこまでビビると思わなんだ。いやあ、申し訳ない、今の発言は忘れてもらって」

「無・理・で・す!!作業の前に除霊しましょ?!塩とか効くんですよね?!安保さん持ってませんか?!」

「いやー、それはやめたほうがいいと思うよ?」

「…なぜ……?」


 無情とも思える安保の発言に、土師の涙腺は決壊寸前だった。

 プルプルと小刻みに震える土師の肩に手を置き、安保は説明した。


「いいかい、幽霊というのは割とそこら辺にいる。んで、それぞれ住処があるのです。大体のビルやら家には幽霊が2、3人住んでいて、そういうところにはご新規さんは来ないの。


なんでって、土師くんもシェアハウスより戸建て物件のほうがいいでしょ?それと同じっすよー。


でも生きてる人間と違って、幽霊はいつ家を出ていくとか、いつ死ぬとかないから、なかなかいい感じの住処がないのよね、だから道端でホームレスってる幽霊もいる。


で、ここからが本題。そんな中、先住幽霊が突然いなくなって、空き物件となった建物ができたら?」


 はいお答えをどーぞ、と、安保が土師を指さす。

「…住むところを探してるお化けの皆さんが、殺到する…?」

「せーいかーい、ぴんぽんぴんぽーん」

「だから…現状維持が一番…」

「そゆこと。まぁ、基本なんもしてこないから気にしちゃだめっすよ。わかったら作業続きしますよー」

「ぅぅぅうう…聞かなきゃよかった知らなきゃよかった…」


 土師は怖さを紛らわすためジャケットを頭からかぶりつつ、超スピードで作業を進める。その甲斐あって20分後には書類が完成し、無事に二人とも事務所を後にするとこができた。


 これ以降、土師は夜中の残業を避けるため、各種締め切りに余裕を持ったスケジュール調整を意識するようになり、澤山に「成長したなー!」と褒められたが、


(素直に喜べない……)


アハハ、と曖昧に笑うしかできなかった。

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