第4話 澤山と馬路 ~彼は有事が怖い~
「澤山係長、先日の契約について稟議書を作成しました。確認をお願いいたします。」
「わかった……うん、特に問題ないだろう。これで上に回しておく」
「恐れ入ります」
書類作成の際は、細部まで目を通し、内容はもちろんフォント・書体が統一されているか、印刷資料の色合いのバランスはおかしくないかきっちり確認。
客先往訪の際は、打ち合わせ内容のリハーサル(一人で)、先方の好みの手土産の準備、雑談のために話題のニュースのチェック、と万全の態勢で臨む。
そんな『真面目』を体現したような馬路だが、彼もポンコツ営業ズの一員なのである。
「あー。この取引先、馬路サンがクレーム対応で切腹しようとしたところじゃないですかー。無事に今年も契約更新してくれたんすね」
延命チャレンジ成功おめでとうございますー、と書類を覗き込みながら、安保はパチパチと馬路に拍手を送る。
「そうか、ここあの事件の取引先か…」
「あの時はご迷惑をおかけしました。ちょっと焦ってしまい…自分の命でこの場が収まるならと…」
「馬路はトラブルに弱いというか、有事にねじが外れるからな…」
===========
――3年前。
馬路は、新規で営業をかけていた客先との間でトラブルを起こしてしまった。
とはいっても、ほとんどいちゃもんのような内容だったのだが、相手方の責任者が威圧的な態度でまくしたて、「お前じゃ話にならない!上の奴を出せ!!」と一方的に馬路を責めたのだ。
もちろん馬路はすぐに澤山に内容を報告し、澤山もとりあえず先方に話を聞いてもらわねばと、すぐに二人で先方の事務所を訪ねた。
「ですから、それは馬路からご説明させていただいた通り――」
「それじゃ納得いかないからお前を呼んだんだろ! あ?係長さんよぉ!」
「存じております、なので今一度ご説明を」
「説明じゃなくてどう責任取るのって聞いてんの! わかってねぇなぁ!?」
澤山が来たところで収まらない押し問答。ヤの付く怖い人かな?と思うような口調で怒鳴り上げる相手責任者。
この状況の原因は自分だと、その真面目さゆえに己を追い込んでしまった馬路は、プレッシャーのあまり、
「おい兄ちゃん! お前が原因だろどうしてくれるんだ!!」
「ですからここは私から改めて…」
「あの、腹を切ってお詫びします」
頭のネジが6本くらい飛んだ。
「この度は私の不徳の致すところでご迷惑をおかけし大変申し訳なくかくなる上はこの命をもって何卒ご容赦いただきたくああ丁度こんなところにカッターがちょっとお借りし――」
「「すとぉぉおおおおおおっぷ!!」」
グルグルとした目で矢継ぎ早に言葉を垂れ流す馬場を見て、澤山とヤクザ責任者は「笹食ってる場合じゃねえ!」なパンダのごとく慌てて駆け寄った。
二人が馬路の腕をつかんで止めようとするも、馬路はジタバタともがき続ける。
「ちょっと待て兄ちゃん、そこまでしなくていいから!」
「馬路こらバカ! そのカッターから手を放しなさ
「止めないでください澤山さん!!」
「流石に止めるわ!! 早まるな!!」
「俺が悪かった、な? 一回話し合おうぜ兄ちゃん!!」
「いえ腹を切ります」
「「やめろおおおおおおおおお!!!!」」
大の大人3人が、どったんばったん大騒ぎ。
何とか馬路の手からカッターを取り上げた頃には、ヤクザ責任者の頭も冷え、お互い仕切り直して話し合いを進めることができたのだった。
===========
「…仕切り直して打ち合わせ進めちゃう澤山サンもヤバいと思うんですよねー」
「言うな安保…俺も必死だったんだ。部下の命がかかってたんだから」
「ウケますね」
「ウケねぇわ」
当時まだ新人でその場にいなかった安保にとっては笑い話だが、当人たちはたまったもんじゃない。特に馬路は自分の醜態を思い出して、赤くなったり青くなったりと顔面を忙しくさせている。
「あの時はとんだご迷惑を…」
「いやまあ、あの時以降もちょくちょく…いいよもう、その分仕事で返してくれてるからな」
澤山は、しょんぼりとする馬路の肩をポンポンとたたく。
「こういう書類作成も完璧だし、自分がトラブルに弱いこともわかって事前準備を怠らない。むしろ俺が馬路を見習わなきゃと常々思うよ。これからも、頼りにしてるぞ」
「…っ!はい、澤山さんのためであれば、法も倫理も関係ありません。何でもやります」
「そういうのやめなさい、怖いから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます