第2話 澤山と安保 ~彼女に常識は通用しない~

 安保野子あぼ のこ。「(株)SUGUTORE 資格学校」に入社して4年目の女性社員。入社以降、澤山の下で営業スキルを磨き続け、今では一人前の営業マンだ。


 ところで、営業職といえば一般的には外回り・飛び込み営業・接待など、社外での動きがメインとなるイメージが強いだろう。

 概ねそのイメージは合っているが、営業職といえども社内でこもって事務作業をする日もある。


 そしてそんな日に上司と部下が顔を合わせれば、

「澤山係長、お昼休みですよ」

「お昼休みだな」

「お昼ですよ」

「………どこか食いに行くか?」

「わーい、しわくちゃのピカチュウみたいな顔ですね、ゴチになります」

 部下が上司にランチをたかるのも、よくあることである。


 澤山とて、別に部下との交流が嫌いなわけではない。むしろ仕事上のコミュニケーションだけでは円滑な業務にはつながらない、もっと信頼関係をしっかり構築すべきだと思うタイプの上司である。


 では何故、安保とのランチで苦虫を5匹くらい嚙み潰した顔になるかというと、答えは単純明快。この安保という女、常識が通用しないのだ。


「安保…なぜ縁石の上をスキップして進んでいるんだ」

 手を広げてバランスを取りながら、縁石の上でスキップをかます安保。スルーが一番と分かりつつ、目の前で行われる奇行に澤山は声をかけざるを得ない。


「子どものころ、通学路とかでやりませんでしたか、縁石の上を歩いて落ちたらサメに食べられる! っていうていのゲーム」

「やったかもしれないが…」

「大人になったからには、スキップくらい難易度上げないとだめですよね」

 グッと両手のこぶしを握り締め、スキップのスピードを上げ行きつけの大衆食堂へ向かう安保。その小さくなる背中を追いながら、澤山はまた心の中で涙する。


「なんで今それをやるのか、って聞いてるんだよ…」


 これがジェネレーションギャップというもんなんだろうか、部下の考えることがよくわからない、と野菜定食を食べつつ悶々と考える澤山を片目に、安保は日替わり特盛定食の白米おかわりを頼んでいた。




 数日後。外回り営業から帰ってきた安保が、晴れやかな顔で澤山のデスクに近付く。

「澤山サン、この前の新規のお客さん、新校舎の受け入れ決めてくれましたよー」

 ほらどうだ、と言わんばかりに契約書を高らかに掲げる安保を見ながら、澤山は笑顔を浮かべる。

「ああ、よくやった。さっき先方からも電話が入ったよ。『安保さんの真摯に寄り添ってくださる姿勢に感動しました』ってな」

 本当に、安保はやればできる社員なのだ。新規顧客から信頼を得るのも上手く、売り上げへの貢献度も高い。多少、いやかなり発想はぶっ飛んではいるが、それを補える優秀さがある。

 見積もりを何度もチェックした甲斐があったと澤山も一安心、だったのだが。


「えへへ、ありがたいことですー。で、早速なんですけど、開校イベントの見積書を作りましたのでご確認を」

「もう一目でわかる、『チョコフォンデュ準備費』を削りなさい」

「お祝いといえばチョコフォンデュでは……? まさかこれじゃ足りない……では気球を準備して新校舎長を空へ飛ばすしか」

「顧客に寄り添う姿勢は素晴らしいが、頼むから社会人としての一般常識を忘れないでくれ!!!」

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