第20話 俺が恋人のためにできることは
朝陽も、この店屋に入店するのは初めてで、基本的にどういう服が売っているのかわかっていなかった。
妹の場合、占い系の服を購入することが多く、そういった傾向色が強いと思っていた。
実際に店内を見渡してみると、そこまで癖が濃すぎるというわけでもなく、意外と普通。
ザッと見た感じ、多種多様な服が売り出されている感じだった。
イメージと現実は、色々と違うらしい。
「莉子は元々、どういう服を買うつもりだったの? もし、欲しい感じのがなかったら、別の店に行くことにするけど」
「いいよ。ここでも」
「ならいいんだけど」
「私、色々な服を見たいし」
朝陽も彼女の後について行くのだった。
この店舗は、去年から開業したばかりで内装は普通に綺麗だった。
取り扱っている服装も幅広く、妹が好んで購入しそうなファンタジー系統の衣装もあった。
他にはコスプレ系の衣装だったり。ただ単に服が売っているだけではなく、服の材料となるモノも棚のところにおいてあったのだ。
一般的な衣装よりも現代寄りの衣装が目立つ。
若い人向けの店屋なのだろう。
ただ、それだけではなく、一般受けしそうな服もある。
かなり、色々な年代のニーズを考えているようだ。
「ねえ、この服装とか面白そうじゃない?」
少し歩いた先。とあるエリアで莉子が話しかけてくる。
「これ、ハロウィンの日に着たら面白そうじゃない?」
莉子は魔女らしき、衣装を両手で持っていた。
物語で、悪い魔女が身に纏ってそうな、黒いローブの衣装。
「そういうの買う目的だったの?」
「違うけど。まあ、何となく目に止まって、こういうのもいいかなって」
「じゃあ、一旦、着てみる?」
「大丈夫かな?」
「似合うんじゃない?」
「そうかな……じゃあ、試着してみようかな」
莉子は少々恥じらいを持って、今、手にしている魔女の黒ローブをまじまじと見ていた。
「行ってくるね、試着室に。えっと、どこにあるんだろ」
「多分、あっちの方じゃない? あッ、あそこにあるじゃん」
朝陽は指さす。
その先に、今のところ誰も利用していない試着室が見える。
莉子は駆け足で向かって行く。
彼女は試着室に入るなり、カーテンをサッと閉める。
「ねえ、着替えている最中は覗かないでね」
莉子はカーテンの隙間から顔を出し、忠告交じりの発言をしてきた。
「わかってるから」
口ではそうは言っても、覗いてみたいという気持ちが多少なりある。
再び、カーテンが閉まり、その時には彼女の姿は見えなくなった。
それから一分が経過した頃合いだろうか。
少し試着室のカーテンのところに変化が生じていた。
本当は覗いてみたいが、そういう感情を思いっきり抑え、彼女からの新しい反応があるまで、待機しておくことにした。
カーテンがカサッと動き。それから数秒後に、カーテンの隙間からパッと顔を出してくる莉子の姿があった。
「一応着てみたんだけど。どんな状態でも変な顔しないでくれる?」
「うん。俺は別に気にしないから。それでどんな感じになったの?」
「それがね」
次の瞬間にカーテンが開いて、着替え終わった莉子の全体像が明らかになった。
「……?」
衝撃を受けた。
莉子の服装がおかしいとか、似合っていないとかではない。
物凄く彼女に似合っていたからこそ、心が揺れてしまうのだ。
現実世界に現れた、可愛らしい魔女。
悪そうなイメージのある衣装であっても彼女が身に纏えば、全然印象が異なるのだ。
朝陽が普段から読んでいるラノベに登場しそうな女の子のようだった。
「もしかして、おかしかったかな?」
「んん、そんなことはないよ。普通にいいよ。似合っているし……その、可愛いと思うよ」
朝陽は急に恥ずかしくなる。
女の子に対し、ストレートな気持ちを伝える機会なんて殆どないからだ。
ラノベで、主人公がヒロインに対し、想いを伝えることはあっても。現実世界で口にすると、気恥ずかしさに押し負けそうになりそうだった。
だが、自身の想いを一応、彼女に伝えることはできた。
直接的なセリフではないかもしれないが、キスをするよりかはまだ、ハードルが低い。
キスをする前の練習のような感じで、何かしらの形で思いを伝える。
そもそも、好きという気持ちを表現しなければ、唇と唇を重ねるキスをするなんてほぼ不可能に近いだろう。
そんなことを考えていると、彼女からの反応が薄いということに気づいた。
顔を上げると、試着室の中にいる莉子の姿が映る。
彼女も緊張しているようで無言になっていて、頬を紅潮させていたのだ。
「本当に似合ってる?」
「うん、似合ってる」
「よかった……私、こういう服を着るの初めてだし、似合っているかどうか、迷っていたの。朝陽にそう言って貰えて何か嬉しい♡」
莉子は恥ずかしがりながらも、軽く笑みを見せてくれた。
そんな姿に朝陽も嬉しくなり、内心、ホッとし、彼女に対し、笑顔で返答するのだった。
莉子は再び、カーテンの中に身を隠すと、制服へと着替え直していた。
「じゃあ、これ、買おうかな」
「その方がいいよ」
「……でも、やっぱり、無理かも」
「なんで?」
「だって、今ね、私の財布に、この服を買えるお金がないから。これ見てよ」
値札には、一万五千円と記されてあった。
高校生の場合、バイトをしていないとすぐには購入できない金額だ。
「すぐに着るわけでもないし、あとでもいいかも。というか、今日は、ただ色々な服を見るだけにしよかっかな」
そう言って、莉子はハロウィンの魔女衣装を元の場所へ戻していた。
「他に買いたいものって?」
「それは、アレかな」
莉子はその場所から早歩きになる。
買いたいものが見つかったのだろうか。
莉子が目にしていたのは、白い衣装。
ウェディングドレスだった。
莉子にかなり似合いそうな衣装であることは間違いない。
だが、唯一の欠点があるならば、高すぎて、高校生の自分には買ってあげられない事だ。
「これ、あとでいいから欲しいかな」
「もしかして、昔から購入したかったのって、ウェディングドレスだったの?」
「そうだよ。本当は、昔の店の方が良かったけどね。でも、朝陽が買ってくれるなら、どこのお店でもいいよ」
莉子の為なら、あとで買いたい。
むしろ、すぐにでも買ってあげたいのだ。
だからこそ、もう少し今後の人生としっかりと向き合いたいと思う。
本当の意味で、莉子に相応しい存在になれるように――
二人は店屋から出た。
その頃には、夕日も暮れていて、電灯も付き始めるほど、薄暗くなっていた。
お金の事情で店内の洋服を見るだけになったが、それでも、彼女と一緒に今後のことについて話せて楽しかった。
「俺、家まで一緒に行くよ」
「いいよ」
「遠慮しないでよ。もう暗いし、俺がちゃんと送ってあげるから」
「じゃあ……お願いしようかな」
莉子は、朝陽が差し出した手を握ってくれた。
一緒に帰れる。
共に時間を過ごせると思っていた。
けど、そんな想いはすぐに打ち崩れてしまう。
「お前、なんでそいつと一緒にいるんだ」
大人びた口調。
二人の視線の先には、自分らよりも二回りほど年齢がいっている、スーツ姿の男性が佇んでいたのだった。
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