第17話 これは大事なことだから、お兄ちゃんにとって

「お兄ちゃん、心して聞いてよね」

「ああ、分かった……」


 夜の八時を過ぎた時間帯。

 電気がついた妹の部屋にいる宮本朝陽みやもと/あさひは唾を呑んだ。


 今から妹のあずきが何を言い出すのかと、椅子に座っている朝陽は緊張した面持ちでグッと拳を握り締める。


 テーブルを挟み向き合っている、妹の口から発せられるセリフが現実だとしても、勇気を持ち、すべてを受け入れるつもりだ。




「お兄ちゃんはね、どちらかと付き合った方がいいよ。じゃないと、今後辛くなると思うし」


 真剣な顔つきで、テーブル越しにグッと顔を近づけてきた。


「莉子か、由愛の?」

「そうだよ。じゃないと、後々大事になるのは明白なの。お兄ちゃんも、面倒事に巻き込まれるのは嫌でしょ?」

「それは当り前さ。この前も散々なことがあったしな」

「なら、もうお兄ちゃんの中で決まったんじゃない? もしかして、もう決まっているとか?」


 そんなことは薄々、自身の中で決まってはいた。

 だが、一人では大きな決断をできなかったのだ。

 勇気を身に纏うために、占ってもらっていた。


 そもそも、莉子と再開した頃から、その気持ちは変わっていないのだから、彼女と付き合い、由愛には断りを入れるつもりだ。


 あずきから未来を予想してもらい、今、勇気を手に入れられた気がした。


 前回の由愛とのデート。それを莉子に見られ、修羅場を迎えたのだ。

 その上、由愛とは隣の席同士。今後も関わっていくことになる。

 断るなら早い方がいい。


 答えを引き延ばしたとしても、何もいいことなんてないのだから。

 同じ苦しい経験は二度としたくない。




「わかった。ありがと、占ってくれて」


 朝陽はお礼を口にする。あずきに対し、軽く頭を下げた。


「私にはそれしかできないし。お兄ちゃんの中でハッキリとしたのならよかったよ!」

「でも、どうして俺を占ってくれるようになったんだ?」

「それは、お兄ちゃんにできる恩返し的な? 今までお兄ちゃんにはお世話になっていたからね。その代わりって事。それ以外には深い意味はないから安心して」


 そう言い、あずきはテーブル一面に広がっている占いのカードをかき集めていた。

 妹はカードの束を整え終えると、朝陽の方を確認がてら見てきたのだ。


「他にもあるんでしょ? 占ってほしい事」

「だとしたら、部活の件かな?」

「部活? まさかの入部する的な?」


 あずきは目を丸くしていた。


「今日、そういう話になってさ。テニス部に入部する予定なんだけど。どうなのかなって。俺、殆どテニスやったことないし」

「お兄ちゃんがやりたいなら、いいんじゃない? テニスでも」

「それも占いで詳しく調べることは可能なのか?」

「それはね、お兄ちゃんが決めないといけない事かな。占いでもいいんだけど、そういうのは自分の意志で決定しないと、後々後悔するよ」

「いや、でも、不安でさ」

「占ってもいいけど。好きな人がいる部活に行った方がいいんじゃない? その方が都合いいのならね」


 もっと親密になって、部活の事情も聞いてもらえると思っていたのに。あずきは意外にも冷静な口ぶりだった。


「というか、お兄ちゃん。私に、事後報告する約束だったでしょ! 私、そっちの方をまず知りたいんだけど」

「そ、そうだったな」


 朝陽は咳払いをする。

 そして、座り直し、正面にいる妹を見やった。


 向き合っている、あずきは朝陽がどんな話をしてくれるのか。

 彼女との恋愛の行方がどうなったのか。

 そういったことを物凄く知りたそうな顔を見せているのだ。


「由愛とはこの前、街中でデートして」

「うん」

「デート中に莉子とも遭遇してしまって。それで色々と問題になったんだ」

「そうなんだね」


 あずきは相槌を打っていた。


「ん? あずきはそれ知らなかったのか? 占いとかで」

「私は、まあ、どうかなぁ?」


 その顔つき。

 その態度。

 何かを知ってそうな気しかしない。


「まあ、お兄ちゃんにも試練は必要だし」

「それ、知ってたんだな」


 朝陽はジト目で妹を見た。


「ごめんね。お兄ちゃんはもう少し恋愛なれした方がいいと思って。修羅場を経験した方が色々身に付くでしょ? 対策とか」

「そうかもしれないけど。わかってたなら教えてくれても」

「具体的に全部を教えたら、お兄ちゃん努力しなくなるじゃん?」


 未来が全てわかったなら、人は怠け癖が身に付いたり。

 他人のために、自分の存在を見つめ直そうとしたりはしなくなる。


 すべてが自分にとって素晴らしい光景ばかりではない。

 先の事が分かることで、絶望してしまうことだってある。


 どんな未来があったとしても、切り開くことが大事なのだ。

 それを見越しての発言かもしれない。


 今、視界に映るあずきの姿が、一瞬、年下のようには見えなかった。


 妹は何度も人生を経験しているのだろうか?


 まさか、そんなわけないか。




「あとね、お兄ちゃんには……」

「……なに?」


 朝陽は考え事をし、少々ボーッとしていたようだ。

 妹からの問いかけに反応が遅れていた。


「んん、なんでもない」


 あずきは首を横に振っていた。


「なんだよ、もったいぶるなよ。それ言われるとなおさら気になるだろ」

「内緒ッ。後のことはお兄ちゃん自身が頑張らないとね」


 あずきは席から立ち上がる。

 手にしていた占いのカードを勉強机の引き出しにしまっていた。


「そろそろ、お風呂入ってくるね。夜の九時だから」

「そうか。もうそんな時間なのか」

「お兄ちゃんも一緒に入る?」

「いいよ。そんなことしたら、母さんから指摘されるだろ」

「じゃ、何も言われなかったら? 一緒に入るってことかな?」

「そんなわけないだろ。兄妹の関係だし」


 朝陽は頬を紅潮させ、バカバカしいと思った。

 妹に対して、恋愛感情なんて抱くのもおかしい話だ。


「今日の占いは終わりね! まあ、本当に部活選びに困ったなら、その時は占ってあげるから」


 あずきはお風呂で必要なモノを両手に抱え、自室を後にして行った。




 今、あずきから相談に乗ってもらい、心を蝕んでいた悩みから解消された気がした。スッと心が楽になったのだ。


 あずきの占いは当たる確率が高い気がする。


 明日、学校に行ったら本当の気持ちを彼女に伝えようと思う。


 朝陽は椅子を片付け、妹が不在の部屋から出ようとする。

その扉を開けようとした時、丁度二階に上って来た母親と遭遇してしまうのだった。

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