第14話 あの頃の日常は戻ってこない
昔の出来事。
時間が経てば忘れてしまうことだってある。
だとしても、忘れてはいけないことだってあるのだ。
確か、入学当初から同じクラスだった。
初めから親しい関係ではなかったが、当時住んでいた地区が近かったのだ。そういった事情も重なり、普段から帰る時間帯になると、一緒の道を歩くことが次第に増えていった。
気が付いた頃には、距離感が近くなっていた気がする。
具体的に、どういう経験をしたから仲良くなったとかまでは覚えていない。
むしろ、そういうことは気には留めていなかった。
あの頃は小学一年だったのだ。
そこまで深く覚えていたら逆に怖い。
仲良くなるために必要な条件とか。それらに理由なんていらない。
ましてや、好きになった理由もわからないからだ。
全て、気づいたら、このような結果に辿り着いていた。
その言葉で片付いてしまうだろう。
あの頃は毎日が楽しかった気がする。
振り返ったとしても、あの日常は戻っては来ないと思う。
何の人生も知らない小学生だったから経験できることだってあるのだ。
「……でも、どうして好きになったんだろ。一緒の時間を過ごしていたから? 趣味が同じだったからか?」
夜九時半。
自宅。自室の椅子に座っている
昔のことを振り返ったら、なぜか、そんなことが気になり始めた。
「莉子は、どうして俺のことを好きになったんだろな」
過去について深く追求していくと、莉子の気持ちを知りたくなってくる。
けど、そういう話を莉子に対し、直接話題にするのも恥ずかしかった。
「……まあ、その話は後ほどだな」
昔と比べて趣味も全部変わってしまっている。
部屋を見渡せば、漫画やラノベ。その他の二次元のグッズもある。部屋に置けないモノに関しては、別の部屋にしまっているのだ。
「……あとで片付けておかないといけないかもな」
そう呟いた頃――
「朝陽! 今何してんの、風呂に入ったの?」
「⁉ な、なに急に入ってきたんだよ!」
なぜか、閉めていたはずの自室の扉が全開になっていて。そこには母親が佇んでいた。
「だって、夕食後、全然部屋から出てこなかったじゃない。もう風呂に入ったのかと思ったのに。まだ、入ってないんでしょ。その恰好的に」
「そ、そうだけど」
朝陽は椅子に座ったまま、母親に正面を向けた。
「できる限り早く入ってね。今日は早く就寝するから」
「なんで?」
「母さんね。明日早く家を出て仕事先に行くからよ」
「けど、それ、母さんだけの問題じゃないか?」
「いいから。電気代勿体ないでしょ」
「そ、そうですね」
「わかったら、早くしなさいね」
母親は、呆れた物言いだった。
「それと、あとでいいから部屋を片付けなさいよ」
「わ、分かってるから、あとでやろうと思ってたんだ」
「また、そう言って。あんた、高校の入学前に片付けるって言って、この様じゃない」
「……た、確かに……」
言い返せるセリフなんてなかった。
母親の発言攻撃によって、詰んでしまったのだ。
「というか、あずきは入ったのかよ」
一応、僅かな抵抗を見せる。
「あの子ならもう入ったわ。寝る前にやることがあるって急いでいたみたいだしね」
「やる事?」
「まあ、あの子も中学生くらいなんだし。知られたくない事の一つくらいはあるでしょ。今はあなたのことについて話してるんだからね。いいね。早く入ってね」
そう言って、母親は扉を閉めて行った。
勝手に入ってきたのに、何の謝罪のセリフもなしかよ。
妹のことに関しては極秘にするのに、朝陽のプライベートは無いに等しかった。
風呂から上がった朝陽はいつもより早くに就寝する事にした。
起きていても母親から叱られるだけだ。
部屋の電気を消し、ベッドに入るなり、瞼を閉じた。
真っ暗な景色がそこには広がっている。
というか、今日は色々なことがあったな。
修羅場に近い事態に追い込まれ、散々だったのだ。
だが、莉子との関係性も一応もとに戻ったわけであり、一安心ではある。
……疲れたな。
体は疲れていないのに、精神が疲れてきていた。
次第に意識が抜けていくようだった。
「そうだ! 夏休みの記念に、どこか遠い場所に行こうよ!」
彼女の声が聞こえた。
「ねえ、朝陽君、聞いてるの?」
意識が戻ると、目の前には一人の女の子がいた。
「私ね、この前ね、いい場所を見つけたの」
彼女は勝手に話を進めていた。
「あの場所に行けば、色々なことが叶うんだって」
その子はどこかで見覚えがあった。
「私、朝陽君とは、もっと思い出を作りたいの」
そうか、この子は、莉子?
幼い頃の莉子だと思う。
何年も前のことで、その姿を忘れていたが、どこから見ても莉子本人だった。
だが、服装や髪型が違う。
莉子は昔から白色のワンピースを身に着け、麦わら帽子を休みの日になるとかぶっていたのだ。
髪型は、その当時はショートヘアだった。
莉子は昔から明るい性格だった。でも、高校生になった今とは違い、少し女の子らしさはなかった。
行動力が高く、何事にも挑戦していく感じの子。
朝陽もその当時、明るい感じの性格で、男女の壁もそこまでなく、考え方が似ていたこともあって友達になりやすかったのかもしれない。
どうして、莉子がここに。
「朝陽君って、何か叶えたい事ってある?」
「僕は今のところないかな」
え?
自分は何も話していなかった。
けど、自分の中から声が聞こえたのだ。
「だったらさ、一緒に叶えたいことを考えようよ!」
「そうだね」
その自分の声が響き、自分の中から、幼い頃の自分が出てきた。
「私、叶えたいことがあって」
「なに? どんなこと?」
「それは内緒!」
「教えてくれよ」
「じゃあ、かけっこに勝ったら教えてあげる」
「それ、約束な」
そう言って、二人の子は、その場所から走り出す。
気が付いた頃には、二人の子の後ろ姿は小さくなっていた。
朝陽も、そちらの方に興味があり、走りだそうとしたのだが、なぜか走り出せなかったのだ。
朝陽はその場所に一人だけ取り残されてしまった。
莉子が叶えたい事って何だったんだ。
俺は、あの時、何を約束したんだっけ?
何も思い出せなかった。
むしろ、過去を振り返ろうとすると、なぜか、頭が混乱するのだ。
次第に、自分がいる空間が闇に染まってくる。
朝陽は、体が震わせた。
足下を見ると、地面が崩れていたのだ。
そのまま、崖の上から奈落へ追放されるかのように落ちてしまった。
誰の声も届かないところまで――
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