第6話 陰キャな俺が、美少女から囲まれたわけ

 金曜日を迎え、今週も午後の授業を乗り越えれば終わりだ。


 現在、午前最後の授業時間。

 お腹が減ってきていた。


 今日の昼は、莉子と二人っきりで食事ができる。

 あと五分間だけ我慢すれば、念願の時間を手に入れられるのだ。


 朝陽は黒板に記された情報をひたすらノートに書き写していた。






「授業はこれで終わりな。課題はさっき言った通りのところをノートに書き写してくればいいから。提出しなかったモノは、減点な!」


 壇上前にいる歴史担当の女教師は簡単に説明を終え、必要な教科書や資料の類を集め、教室から立ち去って行く。


 先生から言われた課題というのは、ネットで調べた情報をノートにまとめ、それを書きだしてくるものだった。


 二時間もあれば簡単に終わるはずだ。

 そこまで急ぐほどでもなく、今の朝陽からしたら、それ以外に向き合わないといけないことがあった。


 それは、別クラスの横山莉子よこやま/りこと会話する事だ。

 そっちの方が、朝陽の人生において重要なのである。


 宮本朝陽みやもと/あさひは机に置かれた教科書とノートを簡単にまとめ、片付けた後、席から立ち上がろうとした。


 すると、ふと右手にフワッとした感触が伝ってくる。

 その手の持ち主は、中野由愛なかの/ゆめだった。


 由愛は椅子に座ったまま、その場に立つ朝陽を引き留めようとしていた。

 しかも、上目遣いで誘ってきているのだ。


 他にもまだ人がいる状況なのに、彼女の態度に内心焦ってしまう。




「どこに行くの?」

「どこって、少し廊下に出るだけだよ」

「本当に? あの子のところとかじゃないの?」

「それは……ないさ」


 図星を付かれたが、朝陽は頑張って誤魔化す。


「ちょっと悩んでいたよね?」

「いや」


 本当に気まずいんだが……。


「朝陽、一旦、座って」

「今から少し用事があるって言ってるじゃん」

「どんな用事? 詳しく知りたいなぁ」

「まあ、今から昼食の時間だし、購買部で買ってこようかなって」


 それに関しては本当の事である。


 裏の理由としては、莉子の元へ向かう事なのだが、何とか誤魔化さないといけないと思い、咄嗟に、そのようなセリフを口にしたのだ。




「私、弁当を作って来たよ」

「そ、そうなんだ」


 というか、なんで、この日に限って?

 間が悪すぎるだろ……。

 まさか、俺のことをストーカーしているのか。


 体育館での一件以降。隣の席の由愛からの視線を前よりも感じるようになった。


 監視されている可能性がありそうだ。




「私ね。この頃、料理に力を入れているの」

「へえ、そうなのか」

「結構、出来が良かったから食べさせよっかなって」


 そう言って、由愛は通学用のバッグから、袋に包み込まれた弁当箱を取り出す。


 本当に持ってきてるんだな……。


 現物を見て、朝陽は硬直してしまう。


 これ、確実に由愛と昼食を共にしないといけない流れになるのか。




「今から購買部に行ったら、お金もかかるし。それに私が食べさせてあげるから♡」


 由愛はウインクしてきた。


 これはまさに誘われている。


 それと同時に、周囲から向けられる視線があった。

 この場で断っても、同性からは偉そうな態度を見せつけていると誤解されるかもしれない。

 ここは一先ず周りの空気を読み、彼女の誘いを受け入れることにした。






 元々は、莉子と二人っきりで屋上にて昼食をとり、休みのスケジュールについて会話しようと想定していた。


 結論。黒髪ロングヘアな子と、茶髪ショートヘアな子に囲まれたまま、昼食をとることになってしまっていた。


 まさかの現状。

 屋上のベンチに腰を下ろし、二人の美少女に囲まれ、校舎の屋上で食事をするというのは、ラノベの世界だけではなかったようだ。


 これはまさかのラノベの原作再現なのか⁉


 屋上には他の人らもいるわけで、他者の視線が気になってしまい、食事に集中しづらかった。

 今まさに心臓の鼓動が激しく高ぶり始め、体がどうにかなってしまいそうだった。






「ねえ、私の食べるでしょ」


 ベンチに座っていると、左隣にいる由愛が誘ってくる。

 彼女は箸で摘まんだ唐揚げを朝陽の口元へと運んでくるのだ。


 良い匂いが漂ってくる。

 食べなくとも、その味付けの良さが鼻孔を擽り、食欲を加速させた。


 朝陽の口元に当たり、そのまま口中へ運んでもらう。

 咀嚼して、その鳥肉の味を噛みしめた。


 由愛は思っていた以上に料理ができるようだ。


 中学の頃。家庭科の時もそれなりに上手く先生から評価されていた。

 現在では、その時よりも上達しているかもしれない。




「美味しい?」

「まあ、うん」


 朝陽は頷く事しかできなかった。

 それ以上、コメントはしない。


 なんせ、右隣のベンチには、現在進行形で付き合い始めた莉子がいるからだ。


 まだ付き合ってもいない由愛の事ばかり評価していたら、莉子からお𠮟りを受けるかもしれない。




「……お二人はどういう関係で?」


 莉子は落ち着き払った態度で、二人へと視線を向けていた。


 比較的明るい顔つきだが、内面から闇を感じる。


 ついに、莉子からの攻撃が始まった。


 朝陽が上手いこと、由愛の誘惑を断ち切れなかったことで、このような事態に発展しているのだ。

 すべての原因は自分にもある。

 それはわかっているのだが、莉子から突き詰められた言い方をされ、返答に困ってしまう。


 普段、大人しい子を怒らせると、とんでもないことになる。

 それを肌で痛感している最中だった。




「普通の関係でさ。今日は一緒に食事をしたいって」

「えー、そんなことは言ってないよ。朝陽が弁当を忘れたから、私の弁当を食べたいって、言ってたじゃん♡」

「いや、そうじゃなくて……」


 由愛の言っていることはあっているが、半分は間違っている。

 それについては莉子がいる前で言ってほしくなかった。




「まあ、弁当を貰うならわかります……ですが、あ~んされていたことに関しては見過ごせないです」


 莉子はグッと朝陽の方へ顔を近づけてきた。

 彼女が怒っている顔を見るのは初めてかもしれない。


「そもそも、私はあなたと付き合ってるんです。浮気は許しませんからねッ」

「それはもちろん。し、しないさ」

「今回は許しますけど。約束ですからね」

「あ、ああ」


 莉子から小指を差し出される。

 朝陽は彼女と指切りげんまんをすることになった。

 だが、その左隣から別の闇を感じてしまっていたのだ。


 これ……ど、どうすれば?


 妹曰く、由愛とも付き合った方がいいと言っていたが、こんな環境下で、莉子にバレないようにデートするとか、ほぼ無理に近い。

 無理ゲーだ。


 今のところ、由愛とは付き合わないと、自分の中で一つの結論を導き出したのだった。

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