【番外編】カランビットナイフのひみつ
これはエンプレスが本格的に動き始めた時の話。
私と九頭竜さんはボスの命令でとある場所に向かっていました。
「平田はどんな武器を使うんだ?」
「———え?武器ですか、特に決まっているものはないですね、何も所持していない時もありますよ。」
武器。
それは対象を始末するためや自分を守るために必要不可欠なものだった。
エンプレスに所属している人間は全員必要最低限の武器を所持している。
幹部にもなれば個人が好む物を使うことが多い。
紗月の二丁リボルバーや有栖のダガーが代表的な物だろう。
幹部それぞれ特徴的な武器を所持しているが、平田にはそれがなかった。
「今後争いが増えていく中で使い慣れた武器は必須になるぞ。」
「それは承知の上ですが……。」
しかし平田には自分が愛用している武器がなかった。
実のところ彼女は野々村を除いた他の幹部と比べ、殺人件数や戦闘回数が圧倒的に少なかった。
エンプレスという巨大な犯罪組織に在籍しているにも関わらず、彼女の脳内は少し平和ボケしているのか、武器の必要性をそこまで感じてはいなかった。
「まあ、空いた時間に色んな武器を試してみるといい。自分に合ったものが見つかるはずだ。」
「わかりました……。色々試してみます。」
九頭竜の話を聞き、平田は武器に対しての意識を持つようにした。
(正直銃や刃物は使いづらいんだけどなあ……。)
彼女は内心嫌々であった。
——————————————————
エンプレスのアジトの地下室。
部屋中には発砲音が鳴り響く。
「全然当たらない……。」
そこには、拳銃を構える平田が嘆いていた。
彼女の視界の先にある大きな的には、銃弾が着弾していなかった。
ばつの悪い表情を浮かべる平田。
「重いし紗月さんみたいに片手で撃てないし、銃はやっぱり嫌いだなぁ……。」
身体的な現実が彼女を不快にさせる。
平田は他の幹部たちと比べると身体的・能力的にもすべてが劣っていた。
しかし、彼女は組織の事実上No.2といえるボスの補佐という役割を担っている。
実際役割を決めているのは坂田本人のため、幹部は文句を言わずに従うのみなのだが、癖の強い幹部達にとって不満は正直あると平田は感じていた。
ボスの補佐というのは、いわゆる秘書であり右腕という存在だ。
そんな人間が非力であれば、いざというときに盾役に徹することができない。
以前九頭竜と話した件もあり、焦りを感じる平田。
「なにか私に合った特別な武器はないのかな……。」
銃を手放し、ナイフに持ち替える。
しかし、ナイフも難しい武器である。
リーチが短く、急所を狙わないといけない武器であることから正直避けてきていた。
適当に振ってみるも、いまいち感触が良くない。
人に傷をつける前に自分に傷がついてしまいそうだ。
「みんなすごいなぁ……。」
思わずため息を吐いてしまう。
このままだといけないと思い、一度気分晴らしに外へ出る。
「寒い……。」
時期は12月後半。
世間はこれから年末年始の準備が始まっていく頃だった。
吐いた息が白く目に映る。
「とりあえず何か飲もう。」
目の前に設置されている自販機から暖かいお茶を購入する。
すぐに開封してお茶を口に運ぶ。
暖かい液体が体の中を通っていくのがわかる。
それと同時に彼女の体温も上がっていく。
「時間がたつのは早いな……。」
平田がエンプレスに属してから数か月経過した。
今までの経験を思い出す。
ボスとの出会いからいまこの瞬間まで。
「また力を借りてもいいのかな……。」
その時、彼女の携帯電話が鳴り響く。
「誰だろう……。」
徐に携帯電話を取り出す。
画面に表示されている名前を確認した瞬間、平田は大きく目を見開いた。
「ボス!お疲れ様です!」
着信は坂田からであった。
興奮気味に話す平田。
「——————え?一度来てほしい?」
坂田からの用件は呼び出しであった。
あまり個人を呼び出すことのない坂田に珍しさを感じつつも平田は笑顔で答える。
「承知いたしました!今すぐ向かいます!」
彼女はそう言って電話を切ると、早急に坂田が待つ部屋へ走り出した。
——————————————————
「お待たせしました!」
「早いですね。驚きました。」
いつも通り、圧倒的な存在感を醸し出す坂田に目を輝かせる平田。
何度会っても尊い存在には変わりない。
「それで、今回はどのような用件で?」
平田は餌を待つ犬のように坂田の言葉を待つ。
「大したことではないのですが……。」
そこから二人は話し合いを交わしていく。
平田にとって業務であるにもかかわらず坂田と二人きりで話すという至高の時間であった。
——————————————————
「以上です。ではお願いしますね。」
「承知いたしました!お任せください。」
話し合いも終わり、部屋を退出しようとした瞬間、平田の足が止まる。
我に返った彼女は自分の悩みを打ち明けてしまおうか葛藤していた。
(ボスに武器のことを言ってもいいのかな……。)
まともに使える武器がないことを知られたら大きく落胆させてしまうのではないか。
そんな不安が彼女の脳裏に過る。
言いたい、けど言いたくない。
彼女は思い悩んでいた。
「——————どうかしましたか?」
背後から聞こえてくる坂田の声。
「い、いえ。なんでもございません。」
「そうですか。何か思い詰めている様子でしたので。」
平田は話さない選択肢を選んだ。
坂田の表情は仮面で隠されていたが、声には優しさが包まれているような気がした。
「別に一人で悩む必要はないですよ。私も貴女と同じ人間です。何かあるのなら相談に乗りますよ。」
「ボス……。」
その言葉が彼女の心を動かした。
「実は……。」
彼女は思い悩んでいたことすべてを吐いた。
武器の件だけではなく、身体的、能力的にもすべてがほかの幹部に劣っていること。
そのせいで坂田に迷惑をかけていないかという不安。
不安と羞恥の中、彼女は告白した。
「そうですか。それは私の責任でもありますね。申し訳ございません。」
「いえ、ボスは全く関係ございません!」
坂田の謝罪に慌てる平田。
坂田は少し考える様子を浮かべ、デスクの引き出しから一つの箱を取り出すと平田に差し出した。
「ボス、これは一体……?」
「まぁ、開けてみてください。」
坂田の言葉に従い、箱を開ける平田。
「これは……。」
箱の中には、大きく弧を描く鋭利なナイフのようなものが仕舞われていた。
「カランビットナイフです。」
「カランビットナイフ……?」
物珍しそうに見つめる平田。
「元々稲作に使われてたものらしいです。後に武器として戦争や格闘技に使用されました。」
「特徴的な見た目ですね……。初めて見ました。持ってみても大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。」
持ち手のリングを指に通し、構えてみる。
他のナイフと比べて持ちやすいが、リーチが余計短くなった気がする。
「このナイフは従来のナイフとは違い相手の脈などを裂くことを狙います。ただ、持ちやすく振り回しやすいものです。もし必要でしたら差し上げますが……。」
「————————え。」
ボスからのプレゼント。
悩んでいた私に向けたプレゼント。
体が震える。
急激な快楽に襲われる。
「……平田さん?」
「……いえ、本当にいただけるのですか?」
平田は身を束ねる勢いで坂田に詰め寄る。
「え、ええ。貴女に適しているかはわかりませんが……。」
「適しているいないではないです。必ず適させます!!」
大きな声と共に部屋を退出する平田。
そこから彼女の努力は凄まじいものだった。
現代でいうゲーム好きな彼氏と一緒にゲームをするために練習する彼女の様だった。
いくつもの怪我を負いながら従来のナイフでは行うことができない使用方法を極めていく。
何度も坂田に無理をしないでいいと止められたが、彼女は従うことはなかった。
それはすべて愛する尊き存在のため。
彼女は努力したのだ。
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一年後。
「今日は全く私の出番はなかったですね。」
もう日本では使用されていない大きなトンネル。
そこには多くの死体が転がっていた。
「お疲れ様でした。アジトに戻りましょう。」
「はい!ボス!」
平田は構えていたカランビットナイフを仕舞う。
彼女は完全にカランビットナイフを使いこなしていた。
軍人や格闘家以上といっていいだろう。
「まあこの大切なナイフをどこかの訳の変わらいない人間の血で汚さずに済むならいいですけど。」
独り言を話す彼女にはもう悩みなどなかった。
大きく伸びをした彼女はトンネルを後にした。
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「使いづらい武器を渡したのにむしろ使いこなせるようになっちゃったよ……。」
背後から聞こえる声を耳ともせずに。
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