第43話 王都への召喚状
ミアが王都に移送されてから数日、聖女エマの力が戻ったようだという噂が全国的に広がり、とうとう国王からの召喚状が届いた。
表向きは、デュボン辺境伯であるエドガーに対して、今回の大スタンピードを被害最小限で抑えたことを讃え、式典をとり行い、エドガーに褒賞を与えるとしているが、必ず夫婦で式典に参加するようにと書き添えられており、エマに聖女の力が戻ったのか確かめたい王家の目論見が明らかだった。
「これ、無視したら駄目なやつ……ですよね」
「まぁ、正式な書状だからな」
そう言いながらも、エドガーは忌々しそうに書状を握り潰した。
辺境伯は、辺境の防衛の要だ。他国においても、魔獣においても。だから、一般の貴族が王都に集まる社交シーズンも、四人の辺境伯だけは社交を免除されている。辺境伯がいない隙をつかれて攻め入られては、国自体の存続も危うくなるからだ。よほどの緊急事態でなければ、辺境伯を領地から遠ざけるような馬鹿な真似はしないものなのだが……。
「まさか、今更第三王子と結婚しろとか言われませんよね?」
「さすがに、婚姻誓約書も提出してあるし、そんな無茶は言わないだろう。それに、もし離婚して聖女を寄越せと言われたら」
「言われたら?」
「王家への忠誠は返上する」
視線で人を殺せるんじゃないかと言うくらい威圧感のこもった眼力で、エドガーは両手をグッと握りしめて言った。
それはつまり……。エマを守る為ならば、爵位も捨てる覚悟があるということだ。
そんなことになったら、辺境で暴動が起こりそうだが。
どっちみち行かないという選択肢は許されないのだから、出発する直前にもなってグダグダ悩んでいてもしょうがないが……。
「せめて、アンさんのお子様が生まれてから。出産は何があるかわかりませんし」
すでに出産予定日を過ぎて、アンのお腹の中にしがみついている赤ん坊を心配し、聖女エマは無理を承知で提案してみた。
「聖女様、出産は病気ではありまん。聖女様の出番は無いですから、どうぞ行っていらしてください。それに、王都ではまだあの奇病が流行っているのでしょう?あちらで治癒力を使えば、魔力が貯まるのもすぐですわ」
エマと近しい人間、獣人達には、エマと聖女エマが入れ替わっていたことを告げていた為、彼らも聖女エマに協力的だった。自分達が怪我をした時もだが、怪我をした人間を見つけては、聖女エマの元に連れてきて、ブレスレットに魔力を貯めるのに貢献してくれていた。
それだけエマは辺境に馴染んでおり、好かれているのだと、聖女エマは羨ましくも感じた。かと言って、エマのいた場所に収まりたいとかはなく、ただ健人のことが恋しくて、切ない気持ちが増すだけだった。
「そうなんですけど、あっちで治癒魔法をおおっぴらに使ったら、なんだかんだ理由をつけられて王家に拘束されてしまうんじゃないかと……」
入れ替わった後、エマが窮地に陥ってしまうのではと、聖女エマは心配していた。
「聖女様、そんな心配は無用ですよ。うちの伯爵様ならば、たとえ監禁されることがあっても、王城を破壊しても助けてくれますし、聖女様が無事にエマ様と入れ替われば、エマ様ならば自力でも脱出しちゃいそうですもん」
「ララ」
アンが嗜めるように尖った声を出したが、ララは気にせず聖女エマの旅支度を進めていく。
「いや、まぁララの言う通りではあるな。聖女エマ、後のことは気にせず治癒しまくってくれ」
「何か、食べ散らかして食い逃げするような心境で……」
「大丈夫ですよ。きっとそれはあっちもお互い様なんじゃないですかね。なにせエマ様ですから」
「ああ、そうですね。突発的に無茶苦茶なことをして、何故か上手く行っちゃうのがエマ様ですよね」
会った初日に、髪の毛をバッサリ切り落としたエマを思い出し、アンは大きなお腹を撫でながら頷いた。
「確かに、エマ様は無茶苦茶ですね。獣人のふりをする伯爵夫人なんか聞いたことないですもの」
今回の王都訪問では、侍女としてはララ一人を連れて行き、イリアは聖女エマの護衛として連れて行くことになっていた。
即席で剣術を叩き込んでみたら、さすがイアンと双子の兄妹だけあり、かなりの身体能力の高さを見せ、騎士団に仮入団させたのだ。
すでに身支度を終えたイリアは、いつもの侍女服ではなく、シャツにズボンという軽装で、帽子で獣耳を隠していた。護衛と言いつつ、ついいつものように侍女仕事にも手を出してしまうイリアは、ララを手伝いながら、聖女エマの旅支度の最終チェックをしていた。
「そうそう。孤児も獣人も同じ人として扱う貴族なんかなかなかいないし。伯爵様も型破りなお貴族様だけど、エマ様はそれに輪をかけた破天荒ぶりですよね。第一、自分の夫に色仕掛を仕掛けた女を側近にするとか、意味わかんないじゃないですか」
聖女エマがギョッとしたようにエドガーを見たが、エドガーは慌てた様子もなかった。
「子供を襲う趣味はない」
「あら、私も別に伯爵様に横恋慕した訳じゃないから。愛人になれば生活は安定するし、お金も手に入るだろうし、いわば就活みたいなものだったんだもの。おかげで、エマ様の侍女に就職できたから、結果OKよね。はい、後は荷物を積めばいつでも出発できるわ」
聖女エマの荷造りが終了し、旅装も整ったところで、セバスチャンが馬車の用意と護衛の騎士団の準備が完了したと告げに来た。
今回の護衛騎士は、騎士獣人兵士の連合編成になっており、主に聖女エマの護衛がメインだ。ゆえにエマと近しいイアンやボアが選ばれ、馬車の周りを固めていた。
エドガーまで馬車に乗ることなく、馬に乗り護衛の指揮をとっているので、馬車に乗ったのは聖女エマと、侍女のララ、女性護衛騎士イリアだけであった。
「なんか、私達だけ馬車でいいんでしょうか」
最初はイリアも馬に乗ると言っていたのだが、聖女エマの一番近くで守るのが女性騎士の役目だからと、馬車内警護を言いつけられた。
「いいんじゃない。エマ様だったら、自分も馬に乗りたいとか言い出しそうだけど」
「じゃあ、私も馬に乗った方がいいでしょうか?」
エマと入れ替わった時、なるべく不自然にならないように、侍女達から聞くエマ像に似せようとは心がけているのだが、エマは活動的過ぎて逆にエマをよく知る人間には、胡散臭さしか与えなかった。
というか、聖女エマとエマが入れ替わっている事情を知らない騎士団員達でさえ、いきなり運動音痴になったエマに、違和感以上の何かを感じているようだった。
「それは止めましょう。落馬して大惨事になる未来しか見えません」
「そうよ。それに、聖女様が馬に乗ったら、私達だけ馬車って訳にいかなくなるじゃない。王都まで馬とか、絶対にお尻の皮が剝けちゃうわ」
イリアとララに言われ、聖女エマは大人しく馬車の座席に座り直した。できない提案をしても人の迷惑になるだけだし、素直に馬車に乗っていることが一番邪魔にならないだろうから。
それでも一人楽をしている感が否めなかった聖女エマは、全体に癒やしの魔法をかけつつ旅は続き、予定よりも早くに王都についたのだった。
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