大蛇の化け物は口を大きく広げながらこちらへ向かって突進してくる。晴彦の指示を聞いた警察スタッフは我先にとその場から逃げ出した。

「警視!!」

部下の声で我に帰ると晴彦は急いで後を追おうとした。しかし、大蛇の化け物に先回りされており目の前に立ち塞がった。

「く……まずい!」

巨大な尾が晴彦に向かって振り下ろされる。

「危ない!!」

部下が晴彦の腕を引き間一髪で事なきを得た。だが、大蛇の尾は更に追い打ちをかけるように振り下ろされる。

「ぐあ!」

部下の身体に直撃しその場に倒れこむ。晴彦は部下に駆け寄り声をかけるが、意識を失っているのか反応がない。

「東くん! しっかりするんだ!!」

「う……警視……逃げてください」

「そんなことできるわけないだろう!」

「ですが、このままでは……」

『ガアア!!』

大蛇の尾はまたも振り下ろされようとする。

「くぅ!!」

晴彦が目を閉じた瞬間、大蛇が悲鳴を上げた。

『ギエエエ!!』

目の前に流架が札を構えながら立っていた。

「流架さん!」

晴彦は流架の名前を叫ぶと、彼の視線は大蛇から晴彦へと向けられた。

「間一髪ってところかな?」

「あ、あぁ……あれは姦姦蛇螺だね?」

「よく知ってるな」

「昔しのと調べたことあったんだ」

「しかしおかしいな……どうして姦姦蛇螺がここに……昔じいちゃんが退治したというのに……それに、この気配は……」

「流架さん?」

晴彦は流架の顔を覗き込む。その表情は今まで見たことのない険しいものだった。

『ウオオ……』

大蛇が咆哮を上げながら此方へ向かってくると、流架は呪文を唱え始める。

「水よ轟け! 水龍!!」

水で作られた龍が大蛇の身体を拘束する。大蛇はどうにかして水龍から逃れようと身体を捩るが、その動きに合わせ更に水龍の力が強くなる。

『ガアアアアア!!!』

大蛇が咆哮をあげると、身体に纏わりついた水が一気に蒸発した。

「水龍が……!」

流架は大蛇の力に驚きを隠せず、顔を歪ませた。大蛇は自由になった身体をくねらせ、晴彦の元へと迫る。

「晴彦さん!」

間一髪のところで流架は晴彦の目の前に飛び込むと、大蛇の尻尾が流架の右肩を貫いた。

「うわあああああ!!!」

「流架さん!!」

「大丈夫……です…………それより、早く逃げ……」

『グオオ!!』

大蛇は流架に突き刺さった尾を引き抜く。傷口からは血が吹き出す。

「ぐ……あ……っ!」

「流架さん!」

『オオオオオオオ!!』

大蛇は血走った目でふたりを睨みつける。ふたりは蛇に睨まれた蛙のように動くことが出来ない。

「くそ、どうすれば……!!」

流架は傷口を抑え、痛みに耐えながら必死に頭をフル回転させる。しかし、何もいい案が浮かばず、ただ時間だけが過ぎていく。


「流架! 晴彦さん!」


「え……?」

突然、名前を呼ばれふたりは声のする方へと視線を向ける。

「輝……枢……」

そこには、輝と枢が立っていた。

「待たせて悪かったな」

「この化け物……姦姦蛇螺……」

「あぁ、間違いない。じいちゃんが昔倒したはずだ。なのにどうして……」

流架は傷口を押さえながら大蛇を睨みつける。輝は二本の短剣を構えると、大蛇に向かって駆け出した。

「枢、援護頼む!」

「わかりました」

『ガアア!!』

大蛇は輝に向かい口を大きく開けると、輝を飲み込もうと襲い掛かった。

「フッ」

輝は飛び上がり、大蛇の右頬に蹴りを食らわせた。勢いがあり、大蛇は体勢を崩す。

その一瞬を見逃さず、枢は大蛇の尾に狙いを定め指鉄砲を放った。光の弾丸は見事に尾に当たり、大蛇は苦痛の叫びをあげる。

大蛇はその場から逃げ出すと、辺りは静寂に包まれ、乱れた息を整える音だけがその場を支配した。

「大丈夫か!?」

輝は急いで流架に駆け寄ると傷口を診た。

「これは……酷いな……」

「急いで李に診てもらいましょう」

流架達はコテージへと急いだ。



◆◆◆



『ウ……ウゥ……』


白銀色の髪の毛が、闇の中で揺れていた。そこには、その少年以外、誰ひとりとしていなかった。上半身は人の形をしているが、下半身は大蛇そのもので所々傷ついている。

大蛇は傷を癒すために洞窟内で、とぐろを巻いて眠っていた。


「だいぶ良くなったわね。気分はどうかしら? 姦姦蛇螺」


『ウ……ァ………』

キラリと闇でも輝くような血のような赤い瞳がふたり組の人物を捉えると、ゆっくりと体を起こし、頷く。

「そう……フィオーラちゃん、治ってきてるって」


「よかった……痛かったね……いい子。いい子」


桜色の髪をした幼い少女が、ちょこんと姦姦蛇螺の側に座り込み、頭を撫でた。

『ア……ウゥ…………』

姦姦蛇螺はすがりつくように少女、フィオーラに胸に顔を埋めた。

「可愛い……いい子。いい子」

『アウゥ……ア……ウウウゥ……』

その甘える姿に愛おしく感じたフィオーラは姦姦蛇螺が落ち着くまで頭を撫で続けると、姦姦蛇螺の額から一匹の小さな黒い虫が不気味な声を上げながらにゅっと出てくると、再び額へと消えていった。



◆◆◆



コテージに着き、流架達は李に傷を診てもらう。

「これは酷いですね……でも安心してください」

李は傷口に手をかざすと、手が桜色に光り、その光は流架の傷を癒していく。

「ありがとうな、お嬢」

「いえいえ、どういたしまして」

「晴彦さん達は、もう大丈夫ですか?」と枢は晴彦の顔を覗き込む。

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