「ハッ!」


目を覚ますと見慣れた天井が目に飛び込んできた。

流架の祖父母が管理している築四十年の木造アパート『さくらき荘』で流架と輝は暮らしており、古いながらも手入れが行き届いたこの『さくらき荘』は居心地がよく、ふたりはとても気に入っている。


「ここは……俺達の部屋……?」


キョロキョロとあたりを見渡しそこが自分の自室であることを確認する。

「あれ? 確か俺と輝で買い物に行ったあと中学生を見つけて……あれは全部夢……?」

あれこれと今までの記憶の糸を手繰り寄せひとつずつ順を追って整理していくに連れ、記憶が鮮明になっていった。

「そうだ。俺、倒れたんだっけ……」


「あ! 流架兄起きた?」


悶々とひとりで考え込んでいた途端、輝ではない聞き慣れた声が聞こえ、そっちに目をやるとおぼんの上にほうじ茶が入った湯呑みを乗せた明るめの茶髪に自分と同じ灰青色の瞳を持った少年が入ってきた。

「はい」

「あ、ありがと……」

湯呑みを受け取ると流架はゆっくり飲んでいく。ほうじ茶の香ばしい香りが口いっぱいに広がっていき、冷房効いた部屋で寝ていたからか冷えきった体が温まっていく気がした。

「静夜……お前 何でここに?」

「倒れたって聞いたから来たの。おじいちゃんもすぐ来るって……ところでさ、流架兄……この子達誰?」

静夜と呼んだ少年に問いかけられ向けられた視線の先を追うと静夜の横にちょこんと鎮座する枢と李の姿があった。

「目が覚めて良かったです」

「いきなり倒れたから運ぶの大変だったぞ」

「ゆ、夢じゃなかったんだ! というか、君達ほんと誰なの? いやそれよりあの子達は? 輝はどこ行ったんだよ?」

「流架兄落ち着いて……」

「ただいま〜お、流架起きたか!」


帰ってきた輝に流架は自分が倒れてからの経緯を聞いた。自分が倒れてから、枢が自分を部屋に運んでくれたこと、流架をふたりに任せて輝が三人をそれぞれの家に送っていったこと、ふたりがなかなか起きない流架を心配し、たまたま流架の祖父母が営む純喫茶『さくらカフェ』に泊まっていた流架のいとこ、櫻木静夜さくらきしずやを呼んできたこと。

「知らない子がいきなり訪ねてきたからびっくりしちゃった」

あははと笑いながら話す静夜に流架と輝はびっくりで済ますことなのか、と思いながら改めてふたりを見る。


ピンポーンピンポーンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン


最近新しくしたばかりインターホンのチャイムが二回ほど鳴り響いたかと思うとその後から連打するように激しくチャイムが鳴り響く。

「何だ!?」

「きっとおじいちゃんだよ。すぐ来るって言ってたし……」


ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン


「はいはい。今開けますよ」

玄関に向かった輝がドアを開けると「輝くん。お邪魔します!」という声が聞こえ、こちらに足音が近づいてくる。


バン


ドアが開かれると、少し息を切らした流架と同い年くらいの青年が姿を現した。名は、櫻木流星さくらきりゅうせい。若々しい見た目をしているが流架と静夜の祖父であり、先代除霊師である。


「流架〜倒れたって聞いたぞ! 大丈夫なのか!?」


「じいちゃん! うん。大丈夫……」

「良かった〜……ん?」

「よう。流星」

「お久しぶりです〜」

「あれ!? 枢と李!?久しぶり、いつ目覚めたん!?」

「つい数時間前です」

和気あいあいと話をする三人を見てポカンとする流架たちをよそに話がどんどん進んで行くのを見て流架はストップをかける。

「じいちゃん! どういうことだよ? それにそのふたりと知り合いなのか?」

「ん? ああ、すまん。このふたりは六年前、俺と戦った戦友だよ。いや〜懐かしい。あれ? そういえばふたりとも……なんだか……縮んだ?」

流星はふたりに違和感を感じ、まじまじと見るとその違和感の正体を口にした。

「実は……あの戦いで力を失ったことでの代償としてこの姿になったの」

「俺はこの程度で済んだけど、李の代償はあまりにも大きい。だから、このふたりと契約させてもらったんだ」

「契約? ちょっと待て! 俺たちの契約なんてした思えないぞ?」

「え? 流架覚えてないのか? おいら達、このふたりとキスして契約したじゃん!」

「はぁ!?」

輝のとんでもない爆弾発言に流架は混乱しながらも必死にあの時の状況を思い出そうとしていると、視線が突き刺さってくるのを感じそちらに目を向けると、静夜は憐れむような顔をしていた。

「流架兄……こんな幼い子に手を出したの……?」

「ちょっ! 静夜くん!? 違うからね? キスって言っても……」

「輝くん。まさか君も枢に手を出したんじゃ……」

「流星さん!?」

静夜に続き流星までもが輝に疑いの目を向けたが流星の目は完全に面白がっているのが明らかに見てとれる。

「え……? 輝兄……僕は輝兄がどんな趣味の持ち主でも味方だから……」

「静夜くーん! 誤解だって!」

「まぁ冗談はそのくらいにしといて、静夜も悪かったね。勘違いさせて」

流星の言葉にきょとんとした静夜は今までのことが全部言葉が足りずに生んだことを説明すると、静夜は頬を赤く染めた。

「まぁ、要するに俺たちと契約のしたことにより、さっきみたいな化け物を倒す力が備わった訳だ」

「さっきは緊急事態だったし、説明できなかったから……」

「なるほどね。まぁ、これも何かの縁ってことだな」

「乗りかかった船だ。とことん付き合うよ」

「だったら、ふたりで怪異専門の相談事務所でも作ったらどうだい? 特に流架、せっかく除霊師の跡継いだからいい経験になるだろう」


「「相談事務所?」」


「ただの相談所じゃつまらないだろうし……そうだな、『櫻鈴相談所』なんてどうだ?」

「おじいちゃん、どうして『櫻鈴』なの?」

「ふたりの頭文字から取ったんだ!」

「そうか〜」

「わぁ〜楽しそう!」

「そうだな〜」


「「俺(おいら)達どうなるんだ……」」


ふたりの反応にニッコリと笑って頷く流星に枢と李は面白そうだと嬉しそうな顔をした。こうして夜はふけていく。

誰もが予想していなかった。この時すでに時の歯車がゆっくりと狂い始めていることに。

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