アイテムボックス

渡貫とゐち

掌編その1「防具は見た目か性能か」


「……ねえ、マジで言ってる? あたしにこれを着ろっての……?」


「不満か? やっと手に入れた、お前が希望した高性能な防具だぜ? 火、水、電気、毒、氷――全てに耐性を持つ防具だ。ついでにどんな刃も通さない、激突した衝撃も受け止める。これを着るだけでほとんどの攻撃の威力を0にする優れものさ。なのに、なにが嫌なんだ? 昔のよしみで、友人から譲ってもらったものだが、これを買うとなると、今のお前の稼ぎじゃあ、数か月は贅沢もできねえが」


「性能は、そりゃ良いんでしょうけど……その、見た目がね……」


「なにが不満だ? 肌を出すわけじゃねえし……どちらかと言えば肌なんか一切出ないだろ。全身が包まれてるからこその防御性能ってことだろうさ――」


「分かるけどね……、これってあれよね、見た目は完全に、ゴキブリよね……」


 ゴキブリ、という魔物がいる。

 多くの人間がその見た目で忌避する、生理的嫌悪感を拭えない嫌われ者だ。


 有害認定されているが、毒を持っているわけでもなく、積極的に人間を襲うわけでもない……、だが、清潔ではないために、いるだけで病原菌を振り撒く、という意味で有害認定されている。


 彼らの性格は、戦闘を好むものではないが……、『有害』部分を取り除けばいいという問題でもないのが、可哀そうなところだった。


 見た目で損をしている筆頭である。


 その服は……(服か?)、人間サイズで作られた全身を包む着ぐるみ型の防具だ。人間サイズ、と言ったが、およそ実物大だと言えるだろう。個体によって差はあるが、恐らく最小が目の前の防具であり、キングサイズとなると二倍以上は当たり前にいる。


「ゴキブリに見える全身を包んだ防具だ。お前が這いつくばって移動すれば、完全に森の奥にいるゴキブリだな」


「着たくないわよこんなのッ! いくら性能が良いとは言っても……見た目で全てを相殺する気持ち悪さがあるし! それに、これを着たら、あたしが魔物と間違われるんじゃないのか……? 後ろから撃たれたらどうする」


「だから、そういう不意打ちも全部防いでくれるんだよ。中も快適だぞ? 暑くて蒸れるとか考えてるか? 安心しろ、中は人間が快適に思える温度に調整されているからな、着ているだけで体調管理もおこなってくれる。見た目だけに目を瞑れば、これ以上の防具を手に入れることはできねえぞ」


 現在では、防具の中でも三ッ星以上の性能を認められている。

 高性能を発揮する防具は、見た目が疎かになるという欠点があるが……、そういう欠点を持つからこその高性能なのかもしれない。


「だとしても、この見た目は嫌なのよ……なんでよりにもよってゴキブリの見た目なのよ……」


「しぶとく生き残ってきた、ゴキブリという魔物の力が防具に備わっているからな――素材のおかげだろ。どんな攻撃も通用しない耐性と、九死に一生を得続けてきたしぶとい生命力……、脅威に感じる敵の力を奪って使えるとしたら、その脅威がそのまま味方になるんだ……頼もしいじゃねえか」


「…………」


 女性冒険者は、ひそめた眉が戻らなかった……、高性能と、見た目……天秤にかけ、やはり見た目が受け入れられないらしい。人の目を気にして『可愛い』『カッコいい』見た目の防具を選べば戦死しやすくなる……、防御性能は心許ないからだ。


 それでも、この見た目は『ない』と判断したようだ。


「ま、着ないなら俺が着る。戦場で死にたくはないからな」

「……他にはないわけ?」


 店主は視線を横へずらした。

 視線を追って女性冒険者が目を向ければ……そこにはもう一着、防具があった。


 ただ、一瞬、そこにあるのに見えなかったけれど。


「あるぞ。反転魔法をかけた防具だ。反転しているから……、薄着こそ最大最硬の防御力になる。つまり裸同然の痴女のような姿だけど、防御力はそのゴキブリの防具と肩を並べる。同じく、全耐性もついているから――さて、どっちを選ぶ?」



 見た目と性能――、どちらを重視する?



 …了

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