第18話 ファンとチェキ会。
エストワの先輩たちに挟まれて、私は立ちくらみしてしまった。
「おっと」
「……重っ!?」
緊張よりも申し訳なさが勝って、叫ぶ。
「あああすみません! 筋肉質で! 骨密度高くて!」
「こちらこそレディに重いなんて言ってごめん……ほんと……ぼく、筋肉は全然なくて……」
「大丈夫です! 凪桜様は王子様でも深窓の耽美な男装令嬢属性だと心得ていますので……!」
「う、うん。後輩に様呼びは照れるから変えてくれると嬉しいな」
「はい! 脳内の凪桜先輩呼びに統一します……!」
赤い顔ではにかむ凪桜先輩は、かっこいいけど可愛かった。
「なんや、茜。よう喋るやん」
ひめ先輩の言う通り、私にしては口が回っている。
ライブ後でなんか、ドーパミンがすごく出ているせい? それともオタク語りだからかな……妹にはこの速度でアイドルのこと喋れるし……。
「てか自分、ステージとキャラちゃうな」
ひめ先輩が引き気味に私を見ていた。
あっ、自分って関西弁だと
凪桜先輩が突っ込む。
「それ、ひめには言われたくないと思うよ」
「いやうちはステージ上でも堂々まろび出すから。裏も表やから」
椅子に座って話を聞いていた零奈は、スポドリを一本飲み干して立ち上がり、私たちの方へやってくる。
相変わらずカロリーがどこに消えてるのか不思議だけど、顔色はすっかりよくなったみたいだ。
「初めまして。
「茜さーん! 零奈さーん! チェキ会の準備、お願いしますー」
扉の方から、雪さんの呼ぶ声が聞こえる。
「というわけですので、失礼しますね」
零奈はにこりと笑って、私の手首をぎゅっと掴んだ。
「わかった。ファンとの交流、楽しんできてね」
「終わったら歓迎会しよや。うちらの奢りで」
と、先輩たちに見送られ、私は零奈に腕を引かれて廊下に向かった。
零奈は私の腕を掴んだまま、廊下をずんずん進む。
「れ、零奈?」
零奈にしては力、強いんだけど……。
振り返った零奈はむすっとむくれていた。
「……わたし以外にデレデレするなんて、せんぱい、浮気者ですね」
いやっ、浮気じゃないし。
「そもそも零奈にデレデレしてないけど!?」
「は? わたしが一番かわいいと言いなさい。せんぱいの癖に生意気です」
え、なんか、嫉妬っぽい。
……もしかして。
「心配しなくても、百合営業するのは零奈とだけだよ」
「とーぜんです。ついでに〝アイドルの先輩〟もわたしだけでいいんですけど!」
いや、それは物理的に無理でしょ。
古今東西のアイドル全員が
「……あ、零奈も先輩呼びされたかった? もしかして」
「……別に」
私も、零奈に〝せんぱい〟って呼ばれるの、ちょっと好きだし。
友達いないから愛称って新鮮なんだよね。
「ただ、誰にでも先輩って安売りするのがムカついただけです。私は〝せんぱい〟って敬称で呼んであげるの、茜だけなのに」
う、うーん。よくわからない不機嫌ポイントだ……。
「逆に、呼び捨てで呼ぶのは、同期の零奈だけだよ?」
「天音は?」
「あれはアーティスト名としての呼び捨てだから」
「なら、いいです」
零奈は手首の力を緩めた。
よかった、機嫌直してくれたみたい。
だけど。
「手は掴んだままなんだ……?」
「だって。生の百合営業を、ファンに披露するチャンスじゃないですか。キス炎上のほとぼりも冷めた頃ですし、ライブも成功させて仲良くなったように見えてもおかしくない頃合いでしょう」
そう言って、零奈は私の手首を離して。
手を、しっかりと繋ぎ直した。
「!?」
「なんですか、ステージで手を繋いできたのはせんぱいの方でしょ?」
「え、そんなことした!? 私、必死であんまり覚えてないんだけど!」
「サイテー……」
零奈は、私を非難するようにぎゅ、と強く手を握って。
意地悪く笑った。
「恋人繋ぎはまだ、やり過ぎですけど。これからはもっと距離、近付けていきますからね? 覚悟してください、せーんぱい?」
その笑顔が、いつもより暗い表情に見えたのは──廊下の暗がりのせいか、それとも、私の気のせい?
◇
エストワは元々、ライブを主な活動とするアイドルだ。
ライブ後には、そのまま会場でファンと交流できるチェキ会や握手会なんかの、いわゆる特典会が開かれることもある。
チェキ会は、ステージ前の客席エリアで。
ライブ中とは違って周りは写真が撮れるほど明るくて、たくさんのファンが並んで待ってくれているのがわかった。
私と零奈が手を繋いで登場すると、ファンはなんだかざわっとした。
私は、カチコチになりながら、零奈を見る。
(零奈〜、私、ファンと何話せばいいのかわからないよ〜)
「茜、いってらっしゃい〜」
けど、無情に手は離され、私はチェキ用のブースに送り込まれた。
(……うう! ボロが出ませんように!)
──結果をいうと、その心配は杞憂だったみたい。
私とチェキを撮りにきてくれたファンは、配信で私の口数がそんなに多くないことを、わかっていてくれたから。
いっぱいいっぱいの私でも、ファンの言葉に頷いて、「ありがとう」「うれしい」ってお礼を言うくらいのことはできた。
配信の感想もライブの感想も、嬉しすぎる。
コメントの確認やエゴサはしてたけど、やっぱり生の声で聞けるのって、やっぱり感無量って感じで……嬉しくて更に口数が減りそうになる以外には、全然問題なかった。
いろんなファンがいた。
「配信、いつも見てます!」と目を輝かせて言ってくれた女の子、今日のためにネイルを私のメンバーカラーと衣装をイメージしたデザインにしてきてくれた女の子、友達に誘われてきてみたけど「今日ファンになりました!」って伝えてくれた女の子……。
……あれっ、私のファン、女の子が多いな!?
おかしいな……女性アイドルってどちらかというと男ファンが多いコンテンツだと思ってたんだけど。
もしかして私って、あんまり男の子ウケしないアイドルだったり、する!?
「あ、男の子」
来てくれた、よかった〜。
そうだよね、列見たらちゃんと半分くらい男の子だ。
いや半々でも、女の子がめちゃくちゃ多いってことになるんだけど……。
私はファンの彼に訊く。
「どんなポーズで撮る? ……え、私とあなたじゃなくて、私と零奈のツーショットが欲しいの?」
よく見たら彼が持っていたのは私と零奈の二枚分のチェキ券で。
そういや雪さん、『今回のチェキ会はスリーショット対応、しておきました!』って言ってたな。
チェキカメラの小さな画角に収まるように、零奈と密着してポーズをとる。
「茜、もっとつめてください」
「これ以上は、ほっぺた当たるけど」
「それでいいんですっ」
二枚合わせるとスリーショット券になるから、ファンの彼も呼んだんだけど、「百合の間に挟まるのは……」とか、神妙な顔で首を横に振って、来てくれなかった。
…………あれぇ?
私、男子的には近寄りがたいタイプ!?
ピンク髪なのが……いけないのか!?
そんな……老若男女に愛されるアイドルになりたいのに……。
なんて、ちょっぴり落ち込みながらも。
たくさんたくさんファンと会って、名前を聞いて、写真を撮って。
「最後は、君だね」
「…………」
物静かな男の子だった。私も口下手だから、親近感が湧いた。
ポーズをどうするか訊くと、ぼそぼそとした声で「おまかせで」と言われた。
おまかせって言われると難しいな!?と、わたわたした私は、零奈と一番やり慣れている、手でハートを二人で作るポーズをしてしまう。
すると、静かな彼は無表情なまま、グッと親指を立てた。
あっ、ネットでよく見るハート作成拒否ポーズだ!
えっ、私、アイドルなのにファンにハート作成拒否されたんだけど!?
私は手をCの形にしたまま、ずーん……と沈む。
いや、顔には出さないけど。ファン受けする(と零奈が言っていた)クールな微笑みを保つけど。
「……あの」
チェキを手渡す時に、ようやく、男の子は口を開いてくれた。
「俺、エストワが人生っていうか生きがいで。でも天音が卒業して、ショックで」
……うん、わかるよ。
私もショックだったから。
「……でも次のライブを、
チェキを受け取った彼は、相変わらず無表情で。
でも、その言葉が、今日貰ったファンの言葉全部の上に、重石のようにギュッと乗っかって。
──あっ、私。本当に、アイドルになれたんだ。
って、今更に思った。
「ありがとう。次も生きて会いにきてね」
最後の彼を、手を振って見送りながら。
久しぶりに、お母さんのことを思い出した。
『茜、アイドルになるの!? ええっ、たのしみ。絶対にデビューライブ、観に行かなくちゃ!』
……ライブに家族は誰も、観に来れなかったけど。
「……よし!」
チェキの撮りまくりで凝り固まった体をほぐす。
スタッフ以外、空っぽになったライブハウスで、撤収準備を始めた雪さんに遠くから声をかける。
「雪さーん。ライブの録画映像、
雪さんは、腕で大きな丸を作った。
いつの間にかすぐ隣に来ていた零奈が、あきれたように笑っていた。
「ほんと、家族のこと大好きですね」
笑顔で答える。
「うん、大好き。だって私の、一番のファンだもん」
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