第37話 3ー19 新鋭空母「若狭」 その二

 宿毛湾の大島には、ブンカーのほかにも新たに飛行場が建設中であり、また、母島と同じく大規模地下施設が作られている。

 ブンカーは既に完成しており、乗員の兵舎ともなる地下施設の建設が4割ほど完了していて一部供用を始めたようだ。


 このため新造潜水艦の乗組員等約500名は、訓練の合間に基地の宿舎で優雅な生活を送っているらしい。

 大島については、機密保持のために宿毛の周辺に20か所以上の検問所が設けられ不審者の排除に徹しているところだ。


 特に1938年(昭和13年)にソ連のスパイであるゾルゲが摘発され、そのスパイ組織が国内にかなり浸透していたことから、スパイ監視網と警備体制の強化は迅速に広がっていったようだ。

 少なくとも外国人は、余程の特別事情が無い限り高知県には足を踏み入れられないことになっている。


 さて二人の我儘わがままなボスが空母に降り立つと間もなく、搭乗して来た漣遙れんようが格納庫に収容され、母島から飛来する艦上戦闘機「蒼電改」の着艦が始まった。

 戦闘機の蒼電改だけではなく、新型攻撃機リー201も「昇竜」と名付けられて、秘かに配備され訓練が為されていた。


 昇竜(リー201)は、雷撃も爆撃も可能な攻撃機であり、最大速度は567キロと左程速くはないが、これまでの艦爆(378キロ)や艦攻(381キロ)と比べると桁違いの性能だ。


 昇竜は、新型の800キロ魚雷を搭載しても、3000キロを超える航続距離を有している。

 単純にみて片道千キロ以内の攻撃は十分に可能ということだ。


 しかも、この攻撃機のために吉崎重工中道造船所兵器部で開発された新型魚雷と新型爆弾が凄い性能なのだ。

 新型魚雷の重量は800キロと従来の航空魚雷と同じだが、破壊力は従来の三倍近くになっている。


 しかも新型魚雷の一型は、水中でのロケット推進となっているために、時速200ノットで爆走する。

 200ノットとは秒速に直して百メートルを超える。


 つまりは千メートルの距離から魚雷を発射して、目標物まで10秒とかからないということである。

 仮に30ノットの速力で走っている水上艦の場合、10秒間で走れる距離は150mほどだから、200mを超える大型艦の艦首を狙って撃てば、間違いなく大型艦の中央より後方部に当たることになるだろう。


 その辺がちょうど軍艦の心臓部である機関室でもある。

 因みに大型艦が面舵若しくは取舵一杯を取ったにしても、10秒で回避することは絶対に不可能である。


 駆逐艦等の小型艦艇は、長さも短いのでより接近しなければならないだろうが、それでも500mまで近づけば間違いなく当たることになるだろう。

 この魚雷は特殊で、投下された際の方角をきちんと覚えており、海面の波等多少の擾乱じょうらんがあってもジャイロが適正な進路を保ってくれるらしい。


 一型と言うからには二型もある。

 二型の方がある意味でえぐいかもしれない。


 水中速力50ノットで航走し、こいつは|聴音追尾ホーミング魚雷と言って、相手の推進機を狙って追尾する。

 従って、回避しても必ず当たる代物なのだ。


 尤も、似た様な音源が多数あるところでは、迷走する恐れもあるようだが、それでも直近の敵艦のどれかには当たることになる。

 従って、一型と二型を混ぜて使うと間違いなく艦隊にとっては大きな脅威になるだろう。


 一つは狙われたならほぼ避けられない魚雷。

 今一つは、狙われたなら必ずいずれかの艦に被害が生じる魚雷なのだ。


 昇竜には250キロ爆弾が二個、又は、500キロ爆弾若しくは800キロ爆弾が一個搭載できるが、その威力は25番で従来の80番に、50番で従来の150番(実は150番という爆弾は存在しない)に相当すると言われている。

 いずれも、高度8千メートルを超える高々度爆撃が可能であり、狙った箇所にほぼ100%当たるという特殊な爆弾である。


 標的が多少動いていようが動いていまいが余り関係はないが、50ノット以内の速力であれば高速船にも対応できる代物だ。

 流石に目標が航空機の場合は、速度が速すぎて無理だろうと言われている。


 この爆弾は、先端が先細って尖っているという特殊な形状も有って、爆弾の落下速度が極めて大きく、50番を八千メートルの高度から落とすと、厚さ80センチの鋼板をも貫くほどの速度エネルギーを持つらしい。

 単純に言って大和の第一砲塔でも貫かれてしまうだろう。


 仮にこの新型爆弾の「メー50」(500キロ爆弾)を第一砲塔直上に受けた場合、大和でも一発で轟沈する可能性があると聞いてぞっとした。

 砲塔の天蓋を貫き、内部で炸裂した150番相当の破壊力は、砲塔内下部にある弾庫内にまで被害が生じる恐れが多分にあるらしい。


 仮に主砲弾が誘爆すれば、大和と言えど保たない可能性が高い。

 もう少し別な分析では、大和の煙突部分に投下された場合は、いくつもの隔壁を貫いて艦底の竜骨を破壊される恐れがあり、その場合大和は中央でへし折れ、瞬時に轟沈する可能性が大だというのだ。


 大和ですらそうなのだから、この攻撃が敵艦に向かった場合、如何なる大型艦船であろうとも正しく一撃必殺の武器になり得る。

 このためにこの昇竜及び新型魚雷と新型爆弾についても、海軍では絶対の機密事項となっているのだ。


 残念ながら、現状では、若狭以外の空母には昇竜の搭載ができない。

 昇竜の重量が重く、着艦は何とか出来ても、通常の離陸ではどうしても長い滑走距離が必要なので、カタパルトなしでの離陸が難しいとされているのだ。


 従って、赤城を含む、正規空母6隻と軽空母には従来通りの九九艦爆、九七艦攻が搭載されている。

 但し、吉崎航空で製造された機体の防弾性能が異常に高いことから、九九艦爆と九七艦攻の機体部分を吉崎航空が製造し、四菱や仲嶋で組み立てる方式について、海軍航空本部と各社の協議が始まっているところだ。


 素材を分けてもらえたら四菱や仲嶋で機体も製造できるかと思ったのだが、生憎と吉崎航空の機体素材は四菱や仲嶋でも手に余る素材だったようで、少なくともその加工については手も足も出なかったようだ。

 可能なのは、部品として供給されたものを組み立てるだけしかなく、四菱、仲嶋両社のプライドがまたまたへし折られた格好だ。


 そんな話はともかく、若狭を含む一個機動部隊が僅か八千万円で出来たことから、次期建造艦の計画は全て見送られ、吉崎重工中道造船所に追加で二個機動部隊が1億6千万円で発注される見通しである。

 仮に1942年(昭和17年)4月に建造を開始しても、計算上ではその年の10月か11月には二隻の巨大空母と随行する護衛艦群が竣工している筈だ。


 大和型戦艦1隻分の値段で、空母二隻、それに軽巡というにはおこがましいほどの高性能な巡洋艦8隻、海中を40ノットを超える速度で走り回れる潜水艦16隻が一挙に出来上がるのだ。

 必要な航空機等を装備すれば、現状の連合艦隊以上の戦闘力を発揮できるだろう。


 そんな夢物語を考えている二人の中将の目前で次々と蒼電改が着艦して行く。

 その数60機。


 次いで着艦するのは新型艦上攻撃機昇竜であり、その数60機である。

 残りの搭載機は、輸送ヘリの漣遥(ユー301)が6機、攻撃ヘリの海楝蛇うみかがし(ユー302)が6機、早期警戒機の蒼鴎そうおう(レー331)が2機、無人偵察機の幻雲げんうん(テー02)が10機となっいるほか、その他として蒼電改と昇竜の予備機が各6機搭載されている。


 従って、若狭の航空機搭載機数は、無人機を含めると154機になる。

 赤城や瑞鶴などと比べても、間違いなく化け物空母なのは間違いない。


 因みに、若狭は蒼電改や昇竜の着艦のために毎時32ノットの速度で航走しているが、全速で走れば40ノットをはるかに超えるというから凄まじい。

 この大きさの船からすれば海象模様はなぎのようなモノだろうが、実は低気圧が近づいて来ていて、風速約10mの風が吹いているために、海上は結構波が立っている状況で、風上に向けて走るだけで風速25mを超える向かい風が得られているのだ。


 従って、若狭は速度を左程に上げていない訳である。

 蒼電改60機が着艦するまでに要した時間は、延べで3時間をやや超えている。


 未だ収容に慣れていない所為せいと、安全第一を優先させているのでどうしても着艦作業が遅れ気味なのだ。

 この辺は今後の訓練次第で時間を短縮できるだろうと思われる。


 次いで行われる予定の昇竜の着艦にも同程度の時間が必要となった。

 艦内では、大勢の支援要員がフルタイムで格納庫への収容に励んでいる。


 最後は5機の漣遥が、母島で出発の支援に当たっていた航空整備兵120名をピストンで輸送してくれば、今日の作業はおしまいだ。

 明日は、朝から発艦と着艦を同時に行う特殊訓練を行う予定である。


 二人の中将は明日の午後には横須賀に戻らねばならない。

 要職にある者が二日も席を空けるということはそれだけで大変なことなのである。


 翌日、午後一の便で中将二人はお供を連れて母島へ送られ、そこから横須賀へと戻って行った。

 二人の中将は今回の視察に十分に満足し、終始帰路の機内ではいたのだった。


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