第33話 3ー15 禁輸対策

 今世は、非常に流動的ではあるのだが、私が国内で色々やっても、世界の大きな流れというものは左程変わりそうにも無いようだ。

 ところで、米国のロズベルト大統領が1937年10月5日にシカゴで行った演説は、「隔離演説」若しくは「防疫演説」と呼ばれ、比喩的に日本を非難する内容のはずだったが、米国内の自動車産業界やチャイナ・ロビーの影響なのだろうか、今世ではより過激になって直接日本を名指しで非難する内容になっていた。


 このために日本国内では、その大統領演説に対する対米非難が相次ぎ、同時に米国内でも賛否両論が沸き起こって混迷が広がっていたようだ。

 折しも、米国内ではニューディール政策が概ね頭打ちになって若干陰りを見せてきており、ロズベルト大統領は共和党の一部勢力からも見放されて、やや孤立気味になっていたのだ。


 そんな中で起きた1937年12月12日のパナイ号事件は、日米関係に大きなきしみを与えたのだが、同時にロズベルト政権に日本に対する大いなる不信感を持たせた結果になった。

 幸いにして日本政府の素早い陳謝と賠償で、それ以上悪化することは無かったが、米海軍では仮想敵国を日本と定めたオレンジ作戦の強化を図り始めていた。


 いずれにしろ、日米関係は自動車問題から派生する経済対立と中国問題を火種にして、1938年以降は徐々に悪化して行ったのである。

 対中国問題に口を挟むことはモンロー主義からの逸脱と知りながら、また、昌介石が率いる中国政府が時折愚行を繰り返すために、この昌介石率いる国民党政府が次代のアジアの中心と成り得るか否かを若干危ぶみながらも、ロズベルト政権は昌政権に肩入れし、日本との対立を深めて行ったのだ。


 ロズベルトとしては、戦争をしないとの政治公約を自ら破るわけには行かないものの、ケイジアンの政策運用では、これ以上の経済復興は望めないところまで来ていた米国経済の実態に、ロズベルトの悩みがあったのだと思われる。

 他力本願ながら日本若しくはドイツが米国に対して戦争を仕掛けてくれないかと毎日願うようになっていたロズベルトであった。


 何となれば、戦争ともなれば巨大な戦費の故に一気に軍需産業が活性化し、米国経済もこれまで以上に良くなるはずだからである。

 そのためかどうか、1940年11月には、米国側は日米通商航海条約の破棄を唐突に言い出した。


 この後半年で日米通商航海条約は失効することになる。

 1941年1月の樺太原油の採掘はかろうじて間に合ったというところだ。


 依田の生きていた時間線から言えば少し遅い破棄通告だったが、私としては一応の準備は既にできていると言えるだろう。

 樺太から産出する原油は最初のリグ設置から更にリグ四本を順次追加して行き、1942年初春の現状でかなり生産を抑制しながらも日産2万バレル(油井一本当たり4000バレル)程度を産出していたので、これをフル稼働(日産5万バレル程度)させれば、年間では1800万バレル(≒280万㎘)ほどになり、米国からの原油が完全に止められても全く大丈夫なのだ。


 この辺の方向付けは、陸海軍とも協議済みで、米国とのつながりを絶たないためにも敢えて減産調整をしていたのだった。

 海軍や陸軍も油の確保ができているのであれば特に不満は無かったようだ。


 そうして1942年(昭和17年)末までには更に7本から8本程度の油井の設置を計画していたので、これが実現すれば日産で12万バレル以上、年間では4300万バレル(≒696万㎘)以上となり、十分に国内外の需要に応えられるはずだ。

 従って、その時点でフル生産を開始すれば、1942年中には、満州を含む衛星国や周辺地域にも輸出が可能だと思っている。


 米国からの輸入が多かったくず鉄についても、岩手県の宮古近傍及び北海道の日高山脈内で黄鉄鉱を採掘、同鉱石から鉄と硫黄を分離するような魔道具を製造して、粗鋼の生産を開始している。

 こっちの方は魔石を使わずに、電力によって疑似魔力を生み出し、分離・抽出の原動力としているので、コスト的には十分に安く供給できる見込みである。


 ここで製造するのは飽くまで品質の良い粗鋼の生産のみで鉄鋼は製造していない。

 吉崎重工の系列で鉄鋼生産をすれば儲かるのはわかっているが、国内の既存企業に対する影響が大きすぎるので配慮しているんだ。


 悪戯いたずらに既存の製鉄所等を潰して大量の失業者を産むのは、流石に私の本意ではない。

 粗鋼生産量は、米国からの輸入量の程度に収めているが、これも鉄鋼産業の需要に応じて更なる増産は十分可能なのだ。


 但し、現状は、ヒ素や硫黄、硫酸などの黄鉄鉱から鉄を分離する際の副産物の保管処理に若干手がかかる状況だ。

 いずれも錬金術の応用で、電気利用の魔道具で固化し、他の物質との反応を拒絶させて保管している。


 こちらも半自動化しているが、どうしても在庫管理のためのそれなりの人員とスペースは欠かせない。

 残る軍需物資はアルミの原料ボーキサイトと、スズなんだが、こちらは同じく宮古の精錬所でアルミニウム元素を岩石から抽出して、アルミ粗鋼を生産しているし、スズは伊豆半島の下田近辺で海水から抽出しており、それぞれ必要とする事業者に卸すようにしているので国内需要には十分対処できるはずだ。

 

 尤も、米国等に対する偽装のために輸入をできる限り継続しており、原料の輸入が不足する分だけに当面の生産は控えるつもりである。

 いずれの粗鋼生産についても、これまでは吉崎グループで使用される分の自家生産のみに特化していたし、広報もしていないから、米国の政治家や軍部はその事実を知らないはずだ。


 従って、ロズベルトとその周辺は、日本に対する経済封鎖を実行すれば、いずれ日本は音を上げると思っているのだ。

 ロズベルトは、米国経済の進展のために軍需産業の隆盛による経済の活性化を狙っているから、どうしても日本やドイツに戦を仕掛けてもらわねばならなかったのだ。


 それゆえの日米通商航海条約の破棄通告だったが、すぐに当てが外れたことを知ることになる。


 ◇◇◇◇


 吉崎グループが一斉に原油の増産と粗鋼の増産等を始める体制が出来上がったことにより、1942年5月以降に通商航海条約が破棄されても直ちに日本が困ることはほぼ無くなった。

 それでも米国政府が振り上げたこぶしはそのままにするわけにも行かないろうから、細々と日米通商交渉を続けて自国に有利に導こうとするだろうが、日本側にはそもそも高圧的な米国と通商航海条約を継続したいという意欲が乏しくなっている。


 これまでは軍需産業に必要な油や素材を抑えられていたから、どうしても外交面でも譲歩せざるを得なかったが、その抑えがほとんど無くなっているのだから、外務省もこれまでの憂さを晴らすように、高飛車になり始め、対米外交はますます窮屈になって行った。

 実のところ、この辺の状況は問題だなぁと、吉崎自身は思っている。


 大日本帝国全体が欧米列強に追い付け、追い越せという上昇志向が強過ぎて、ある時期からは世界の一等国になったと早とちりして、アジア地域の人々を見下すようになっているんだが、このまま行くとその傾向がますますひどくなるかもしれないのだ。

 この辺はできれば修正したいのだけれど、自分の立場では影響力が乏しいし、実行力が伴わないので結構難しい。


 今の私(吉崎)には、何の政治権限も無いしね。

 それでも可能な限りの修正方策を講じて行くしかない。


 一方、日米経済摩擦の問題では、軍需産業の育成を標榜する陸軍が、自動車製造事業法により米国自動車産業の参入抑制に動き始めていたのだが、米側の通商航海条約の破棄によって、米国の禁輸政策が日本の国内産業を独自に進展させる絶好の機会にもなったのだ。

 従って、陸海軍とも米国との関係悪化に相応の憂慮はしていても、通商の復活は左程に望んではいなかった。


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