死神、通る

 洞窟の入り口に向かってゆっくりと歩を進めていく。

 この期に及んでもまだ徹の心は波が立つことなく静かなままだった。しかし、それは盗賊団の団員二人を目の前にしたところでざわめき始める。


「なんだぁ? お前。妙な格好しやがって」

「ここがどこだかわかってんのか?」


 徹を認知した瞬間から眉間に皺を寄せ、目の前に立つと声をかけてきた。

 見知らぬ人と話すだけでも緊張するというのに、ガンを飛ばしてくる彼らが怖いので余計に身体が震える。

 息を一つ呑み、深呼吸をしてから応じた。


「約束もなしに伺ってしまい、申し訳ございません」

「あぁ? 何だこいつ?」


 丁寧に礼をしながら言っているのに、相手は荒い語気を改めようともしない。

 嫌だなあ、と徹は思う。どうしてこういう輩は見知らぬ人間に対して喧嘩腰になれるのだろうか。

 まあいいか。今日を過ぎれば、恐らく今後顔を合わせることのない人たちだ。さっさと本題に入ってしまおう。


 徹は顔を上げるなり、いきなり「本題」に入った。


「ここはマデオラファミリーの皆様の拠点、ということで間違いないですか?」

「だったらどうだってんだ!」

「良かった」


 安堵の息をついてから続ける。




「これからあなた方を殲滅させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」




 一瞬、団員二人が固まった。


「は?」


 どうやら聞き取れなかったようだと、徹はもう一度同じ内容を口にする。


「これからあなた方を殲滅させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「……」


 しかし、盗賊二人はそれでも固まったままだ。もう一度言うべきかどうか徹が迷っていると、その静寂は突然に破られた。


「がっはっは!」

「ひゃはは!」


 盗賊たちは腹を抱えて笑い出す。

 何がそんなに面白いのかよくわからないが、笑って頂けたのなら何よりだ、と徹は心の中で呟いた。


「俺たちが誰だかわかってんのか!?」

「はい、存じております。マデオラファミリーの方々ですよね?」


 さっきそう言ったではないか。


「ひっひっひ。あ~腹痛え」

「わかってんじゃねえか。そうだ、俺たちはここいら一帯を支配する盗賊団、マデオラファミリーだ。お前みたいな一般人一人で殲滅できるわけねえだろうが」

「あの、大変失礼ですが、それはやってみなければわからないというか……」

「あ~あ~もういい、わかったわかった。やれるもんならやってみろ」


 やれるもんならやってみろ、それは許可を得たということだろうか。徹は念の為に確認を入れる。


「それは殲滅の許可を頂けた、ということでよろしいでしょうか」

「あ~そうだよ。ごちゃごちゃ言ってねえでさっさとかかってこいやぁ!」


 やった、許可が出た。

 許可が出なくてもやるつもりだったが、出たのなら嬉しい。心おきなく彼らを殴り飛ばすことが出来る。


「ありがとうございます!」


 感謝の言葉と共に、徹は拳をそっと突き出した。


「ぐがっ!」


 人間がまるでボールのように後ろに吹き飛んでいく。

 盗賊団二人の片割れは徹の一撃に弾き飛ばされると、洞窟の岩肌に身体をぶつけて気を失った。

 出来るだけの手加減はしたが、あの様子だと骨の何本かは折れているだろう。気を失ったのではなく、死んでしまったのかもしれない。

 あまりの出来事に困惑した様子のもう一人が声を荒げる。


「ふ、ふざけんなてめえ! 何しやがる!」


 徹は首を傾げて応えた。


「殲滅をさせていただく為に殴ったのですが」

「クソがあ!」


 武器を振り上げながら向かってきた盗賊をまたもや殴り飛ばす。

 敵は相方と同じように吹き飛んでいったものの、向かった先は洞窟の入り口で、そのまま中に入っていってしまった。

 やはり身体が軽くなっている。相手が武器を振り下ろすよりも、こちらの拳が届く方が明らかに速かった。

 これならマデオラとやらが余程強くない限りはいけそうだと、徹は確信しながら洞窟に向かって歩みを進める。


 不思議だ。戦っているのに、人を殴っているのに。もしかしたら、殺してしまったかもしれないのに。


 徹の心はそれでもなお、静かな水面のように平常を保っていた。


「何か騒がしいと思ったら……!」


 洞窟に入って少し進んだところで、奥からまた何人か出て来た。この騒ぎを聞きつけたのだろう。

 最後に殴り飛ばした敵が目の前に転がっている。それを見付けて、新たに出て来た盗賊たちは一様に警戒の色を浮かべた。


「敵襲だ! お前はボスに報せにいけ!」


 数人の中でリーダー格らしき者が指示を飛ばす。

 それを受けた者が奥に向かって走っていくのを見て、残りの盗賊たちが取り出した武器を一斉に構えた。

 敵は三人。その内中央にいるリーダー格らしき男が徹に尋ねる。


「お前、何者だ。騎士団の団員か?」

「いえ、違います」

「では冒険者か? いずれにせよ、うちのやつらが簡単にやられるとは相当の使い手に違いない」

「お褒めに預かり恐縮です」

「ここへは何をしに来た?」


 その質問に何の意味があるのか、と思ったが、盗賊たちがアイコンタクトを交わしているのを見て気付く。時間稼ぎだ。

 横たわる盗賊の仲間を見て、少人数でまともに戦うべき敵ではないと判断したということか。随分と戦い慣れているらしい。


 まあ、敵が増えたところで負ける気はしない。

 楽観的な性格に加えて先ほどの戦闘で生まれた優越感や万能感も手伝い、徹は敢えて敵の策に乗ってやることにした。


「マデオラファミリーの皆様を殲滅させていただく為に参りました」

「何の為に」

「それは申し上げることが出来ません」

「確かに俺たちはどうしようもない悪党だがな、家族がいるやつだっている。そこで転んでるやつがそうだ。心が痛まないのか?」


 悪党と認めた割には随分と勝手な物言いだが、これに対する徹の返答は決まりきっている。


「いえ、特には」

「例え死んでいたとしてもか?」

「はい」


 盗賊たちが息を呑む気配が伝わって来る。

 徹は何かを思い出しそうになっていた。そうだ、これだ。特に小さい頃、この雰囲気をよく味わっていた気がする。


「お前には人の心がないのか」

「いえ、そのようなことは」

「でも、お前と戦ったやつが死んでも心は痛まないんだよな?」


 徹は首を横に振る。要領を得ないと言わんばかりに、盗賊たちは顔をしかめた。


「少し違います。心が痛まないのは許可を頂いたからです」

「許可だと?」

「はい。戦闘を始める前に、見張りの御二方に殲滅をさせていだたく為の許可を申請したところ、快諾してくださいました」

「そんなわけがないだろ。何て言ってたんだ」

「笑顔で、やれるもんならやってみろや、と」

「……お前、それ本気で言ってるのか?」


 本気とはどういうことだろうか。確かに言い方は少し乱暴だが、許可をもらったことには変わりがない。


「はい」

「なら、その許可は取り下げる。キャンセルだ」

「あの、大変申し訳ございませんが、状況が状況ですのでキャンセルの受付は致しかねます」

「言ってることが滅茶苦茶じゃねえか」


 大事になってしまうから事前に許可をもらったのだ。全滅しそうだからやっぱりやめてくれと言うのは筋が通らない。

 その判断を間違えたのは見張りの責任であり、ひいてはそのような者を見張りに任命した盗賊団の幹部やボスの責任なのだ。


「そのように仰るお気持ちは理解出来ます。見張りの方も、私の外見を見て負けることはないと判断したのでしょう」

「そうだ。人間というのは誰でもミスをする」

「はい。ですから大変申し訳ないのですが、責任は皆様の方で取っていただけたらと考えているのですが、いかがでしょうか?」

「……」


 相手は口を閉ざしてしまった。

 するとまた別の人間が、どこか狼狽えた様子で静寂を破る。


「おい兄貴、こいつおかしいぜ」

「ああ、わかってる」


 初対面の人間を相手にひどい言い草だ。

 しかし、徹は先程に続いてまた何かを思い出しそうになっていた。


『お前、おかしいよ』


 そうだ、あの時も誰かがそう言っていた。あれは何をしている時だったか。


「お前らは奥に逃げてボスたちと合流しろ」


 リーダー格の一言で意識が目の前に引き戻される。


「だめだ兄貴、俺も残る」

「生意気なこと言ってんじゃねえ!」

「二人なら何とかなるかもしれないだろ」

「だったら俺も残るぜ。兄貴にばっかいい格好させられるかよ」

「へっ、何を言っても無駄みたいだな。なら俺たちで少しでも時間を稼ぐぞ」

「「おう!!」」


 盗賊たちの熱い絆を見せ付けられる。

 徹は心苦しいと感じていた。悪人とはいえ、こんなに情に厚い人たちを殺さなければならないなんて。

 きっとこの人たちも生まれた世界や時代が違えば、いい人生を送れていたのに。


「あの、申し訳ありません。そろそろ殲滅を再開させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「だめだっつったら中止してくれるのか?」

「いえ、その場合は事前に許可を頂いたことに基づき、強制的に殲滅を再開させていただくことになります」

「どちらにしろ変わらないってことか。ならいいぜ、かかってこいよ。お前は強いようだが、俺たちだってそう簡単にはやられねえ」

「ありがとうございます」


 徹は心からの感謝の言葉を贈る。

 改めて許可を頂いた。これで相手に家族がいようとも、友達や恋人がいようとも心おきなく殺すことが出来る。


「いくぜ!」


 かけ声と共にリーダー格の男が武器を構えながら駆け出した。

 徹も戦闘態勢を取る。漫画やアニメで見たことのある、いかにもなファイティングポーズだ。

 男が眼前までやってきて、徹に向かって武器が振り下ろされた。

 敵の動きがとても遅く感じられる。徹は遅れて一歩前に踏み出し、相手に向かって拳を突き出していった。


 しかし、ただの素人である徹には戦闘経験も技術も足りない。見張りの二人に勝てたのは、もはや膂力というのも憚られるほどの力を手に入れたからだ。

 経験や技術がなくても、圧倒的な力があれば勝つことは出来る。だがその逆はどうだろうか。


「あっ」


 気付いた時には遅かった。

 先ほどの見張りを殴った時とは音も感触も違う。徹の拳は、腹部などではなく相手の顔面に入ってしまっていたのだ。


 敵は様々なものをまき散らしながら飛んでいった。

 今度は可能性など考えるまでもなく死んでいる。


「兄貴!」

「ひ、ひぃっ」


 何故なら、相手の頭部が破壊されてしまっているからだ。


「うえぇっ」


 嘔吐する盗賊たち。


 ああ、殺してしまった。だが仕方がない。クレアからも殺してしまってもいいとは言われていたのだし、それに何より。


 相手から、許可は貰っているのだから。


 徹も返り血で汚れてしまったが、ローブを着ていたので中の服までは汚れていない。顔は後で洗えば済むだろう。少なくとも村に帰るまでには綺麗になる。

 ローブを着ておいて良かったと、騎士団の二人に心の中で感謝の言葉を贈った。


「ボス、ボスぅっ!」

「助けてくれぇ!」


 先ほど見せつけてきた絆はどこへやら。残された盗賊二人は足をもつれさせながら逃げ惑っている。そんな二人の背中を、徹はもはや理屈ではなく、獲物を狩る獣の如き本能で追いかけた。


 地を蹴ると自身でも驚くほどの速度で身体が移動を始める。

 あっという間に二人を追い越した徹が振り返って立ちはだかると、彼らは腰を抜かした様子で尻もちをついた。


「ひぃっ!」

「た、頼むっ! 命だけは助けてくれえ!」

「申し訳ありませんが、個人的な事情によりそれは難しくなってしまいました。あなた方には全員消えていただこうと考えておりますし、その許可も頂きました」


 ここまでの戦闘で感じたのは、敵を生きたままにしておくのは、少なくとも今の徹には難しいということだった。

 もっと経験を積んで技術を磨けば出来るのかもしれないが、それには多くの時間が必要になるだろう。

 命乞いを受け入れてもらえなかった盗賊は、最後の抵抗とばかりに吠える。


「許可を得たら何でもしていいってのかよ!」


 徹は首を傾げた。何を当然のことを。


「はい」

「……っ。こ、殺していいって言ったら殺すのか! 盗んでいいって言ったら盗んで、犯していいって言ったら犯すのか!」


 口角泡を飛ばしてわめく相手の言動にも、徹に一切の揺らぎは見られない。


「はい」

「く、狂ってやがる! こんなの人間のやることじゃねえ!」


 狂ってやがる? 人間のやることじゃない?

 確かに暴力も振るって、その上命も奪ってしまったが、どちらも許可を得た上でのことだ。何故そこまで言われなければならないのだろうか。


「し、死神……」


 その時、それまで怯えているだけだった盗賊の片割れがぼそっと呟いた。


「そうだよ、こいつは死神だ。悪いことばっかしてきた俺らを裁きに来たんだ」


 徹は小学生だった頃、死神というあだ名をつけられていた。どうしてこの人はそれを知っているのだろうか、と疑問に思う。

 白い肌、痩せこけた頬、全体的に細い身体つき。

 ただでさえそれらしい容姿をしているのに、今は黒いローブで全身を覆っている。これで大鎌でも持っていれば文句なしだ。


 死神。

 相手の言うことに従うならば、死を以て罪人を裁く使命を背負った無慈悲な英雄。ダークヒーロー。

 子供の頃は忌避していたあだ名だったが、それも悪くないな、と今は思う。

 しかし、毎回毎回そう都合よく殺人の許可が得られるとは思えない。だから死神というのは自分ではなく、許可無しに人を殺しても心が痛まないような、心のない何かが担うべき役割なのだ。

 徹はそう考えながら、この惨劇を終わりに近付けるべく構える。


 早くこの依頼を終わらせて村に帰ろう。

 接収が中止と知ればロブは喜んでくれるだろうか。はたまた突然かつ不思議な朗報に逆に戸惑うだろうか。

 お土産は買う余裕がなかったが、お菓子の一つや二つくらいは持って帰ろう。きっとパティが喜んでくれるに違いない。


「うわあああぁぁぁ!」


 ぼんやりと考えている間に、生存を諦めた盗賊二人が、雄叫びをあげながら武器を振りかざしてこちらに決死の特攻を試みていた。

 相手が攻撃の動作を終える前に、拳を二振り。


 舞い上がる紅を眺めながら徹は、ああ、また顔が汚れてしまうな、と考えていた。血って簡単に落とせるものだっただろうか。


 村に帰る頃には、ちゃんと綺麗になっているのだろうか。

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