第23話 二十二章 解答と小説投稿とキメ科白は、推敲を重ねよう
葛城学園の終業式前日は、大掃除とロングホームルームのみであり、音竹が来室したのは、ロングホームルーム後のお昼に近い時間であった。
白根澤は、食前に血糖値を上げると、食事量が減らせるとかで、二個目のきんつばを食べていた。
加藤は、学期末毎に徴収される、教職員の親交会費を支払って金欠気味であったため、コンビニのおにぎりを食べようとしていた。
そんな時に「人殺し」などという、不穏当な発言を聞き、二人の養護教諭は互いに顔を見合わせた。
保健室には、ケガの処置をする一角や、休養するベッド以外に、児童生徒の相談を受け止められるスペースを用意することが推奨されている。
加藤はおにぎりを咥えながら、音竹を柔らかい椅子に座らせた。
「ゆっくりでいいからな。あと、話せるところまででいいから」
そう言って加藤は、速攻でおにぎりを食べ終えた。
白根澤は、音竹に白湯を出す。
基本、保健室での飲食は出来ない。
食物アレルギーをはじめ、宗教上の規定や各家庭でのこだわり全てに対応することが難しいからだ。
保健室で出せるのは、熱中症予防のための水や補液飲料か、一型糖尿病を患っている子どもの補食(家庭から預かったもの)だけである。
音竹は静かに白湯を飲み、俯いたまましばらく無言だった。
保健室に内線が入って、白根澤が受話器を取る。
同時に音竹が口を開いた。
「僕は、生まれてくるべきじゃ、なかったんです」
音竹の家族構成は、母一人子一人である。
だいたいどこの学校でも、入学時には生徒らが急病などになった時、緊急連絡がつく相手を、保護者や祖父母など複数人、記入して提出させている。
音竹の緊急連絡先として記入されているのは、母親の他は、一人だけだ。それも遠い県に住んでいる伯母である。
音竹の「生まれてくるべきでは」発言を聞き、加藤は静かに訊いた。
「君は今、辛いか? 生きていることが」
音竹は目を上げて、加藤を見つめる。
首を横に振り、彼は言う。
「……わかりません。学校は楽しいです。話せる友だちもできたし。ただ……」
音竹は膝の上の拳を握る。
「いつも、ずっと聞こえてきます。『あの人は、お前が殺した。お前は人殺しだ』って」
音竹は声をたてずに泣いていた。
加藤は、いつもより更に目を細くして、音竹の述懐を聞く。
「あの人って、誰?」
「僕の、父です」
「差支えなければ、君のお父さんのこと、話せるか?」
音竹は目を伏せる。
「話をするのは構わないですが、僕は覚えていないんです。僕が生まれてすぐの頃、亡くなったと聞いています」
加藤はこめかみを指で弾きながら尋ねる。
「いや、生まれてすぐの君が、お父さんを殺せるわけ、ないだろう?」
「そう、ですね。父は、結婚の約束をした女性がいたのに、母を選んだそうです。僕が、お腹にいたから……」
漏れ伝わる音竹の話を聞いて、白根澤は思った。
ヤダ。マジ、婚約破棄話の悪役令嬢側ってことかしら。
それから三時間くらいかけて、加藤は音竹の話を聞いた。
思いのたけを吐き出した音竹は、少しだけ明るい顔になり、保健室を辞した。
音竹が退出する時に加藤は声をかける。
「また、おいで」
音竹は頷く。
「はい」
保健室には西日が射していた。
白根澤が加藤に言う。
「もう、専門家に任せないと無理じゃない?」
加藤は答えた。
「ああ、学校カウンセラーとソーシャルワーカー、児相にも連絡してくれ。けど」
加藤の目が開く。
通常よりも三倍、目の幅が広がって、くっきりとした眼差しになっている。
この目付きを見るのは、久しぶりだと白根澤は思う。
「任せきりには、出来ない」
白根澤はため息をつく。
「そうはいっても、学校が出来ることって、限られてるわよ」
加藤は窓を開け、外を見た。
「例えば、生徒の目の前に、分厚い壁があったとすると、壁を削ったり、穴を開けたりするのは、医者やカウンセラーの役目だ。でも、壁を壊したところで、すぐに平坦な道が用意されるわけじゃない。俺は、隙間から壁を抜けようとしたり、デコボコの壁の上を歩いたりする生徒を、側で支えたい。そのために、養護教諭になったんだから」
夕暮れの風が、カーテンを揺らす。
夕陽を受けたカーテンは、朱色に染まって見える。
波打つカーテンを目にした加藤の脳裏に、様々な映像が回転を始める。
自宅のベッド以外で寝ることができなかった音竹。
うさんくさい「浄霊相談員」なんていう医師に寄り添っている、音竹の母。
音竹の自宅付近の公園で、翼竜を見たという噂。
その公園そばの、首なし女の心霊話。
そして洗脳は解けるといった、従姉の麻酔科医。
最後の従姉の顔だけ消去し、加藤の脳内には、求める解答を映し出す、画像情報が並んだ。
「曼荼羅が回り始めた!」
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