桜のようなあなたと出会って
月光
第1話
春は嫌いだ。
頬を撫でる暖かい風も花に群がる虫たちも舞い落ちる桜の花びらも全部嫌いだ。でも、今年の春はいつもと違う。貴方と出会って風も花も虫も桜も全部愛おしくなった。高校2年生の春、私はとろけるように甘くそして桜の花びらのように儚い恋をした。
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「はぁ…」エリカのため息が雲ひとつない青空に吸い込まれてゆく。モヤモヤとした心とは対照的に綺麗な空が広がっている。見上げると桜の花びらが舞い落ちてくる。春は嫌いだ。中学生の頃から毎年のように転校をしてる私にとって春は地獄の始まりを意味している。せっかく仲良くなった友達とも別れ、また新しい所で新しい友達を作らなければならないからだ。知らない土地で1から始めなければならないストレスは計り知れない。ヒラヒラと呑気に飛んでいる蝶が腹立たしく感じて横目で睨む。私は暗い気持ちのまま去年とは違う校門をくぐった。昇降口で素早くクラスを確認して教室へ向かう。同じクラスだと喜びを分かち合う友達はいない。それもそのはず、私は今日初めてこの学校に足を踏み入れるのだから。友達などおろか知り合いすらいない。廊下にはシューズの足音だけが響く。教室に近づくにつれざわめきが大きくなりそれに比例して私の心臓もトクトクと高鳴った。重い足取りで一歩ずつ進む。扉の前に立った瞬間、緊張と不安が私を襲った。思い切って開けるとこれからクラスメイトになる人達がそれぞれのグループに分かれて楽しそうに話していた。最悪だ。扉を開けて私が1番に思ったことだ。もうグループができている。すでに出遅れた。焦りから握る拳に力が入る。落ち着け。とりあえず席につこう。私はできるだけ胸を張って口角を上げ歩いて席についた。周りを見渡すと3つくらいのグループに分かれていることに気づいた。教室の隅の机に集まってるグループは、メガネをかけていたり身だしなみにあまり気を遣ってなさそうな子が多い。おそらくクラスでの発言権はなくひっそりと存在感もなく過ごしているような子達だろう。真ん中の机に集まっている子達は芋くさい子からそれなりに可愛い子まで幅広くいた。見た感じメガネをかけた学級委員長タイプの子がグループの発言権を握っているようだった。苦手なタイプ、めんどくさいな、直感的にそう思った。そして最後。教室の後ろのロッカーの前に群がっているグループ。校則ギリギリアウトなスカート丈と薄く施したメイク。髪型も二つ縛りや三つ編みなんかではなく綺麗に手入れされた髪をストレートにしたりくるんと巻いたりしている。おそらくこのクラスのカーストトップグループだろう。入るなら絶対このグループだ。私は決心した。そうと決まれば行動は速い。ロッカーの前にいる子達の所へ足を進めた。自分達の所に向かってくるのに気付いたのだろう。その子達は私を怪訝な顔で見つめてくる。しかしそんな視線には怯まない。目の前まで行くと私は笑顔で言った。「はじめして。月城エリカです。最近引っ越してきたばかりで友達がいないので仲良くしてくれたら嬉しいな。」これが私の定型文。引っ越して新しい学校になるたびにこの言葉を口にした。そうすると大抵の子は仲良くしてくれるようになる。案の定この子達もさっきの怪訝な顔をしてたのが嘘のように明るい顔になった。
「転校してきて色々不安だよね。私もさっきからエリカちゃん可愛くて話してみたいと思ってたの。よろしくね。」それから他の子達も自己紹介をし私達は友達になった。1人目は石川桜。ストレートヘアをなびかせた可愛らしい女の子。2人目は山口杏奈。強めに巻いた髪に吊り目で気が強そうだ。そして3人目は清水澪。雪のように白い肌に栗毛色のふわふわの髪。3人の中で1番目を引く容姿をしている。私は安心した。よかった、これでぼっちは回避できた。かれこれ4回は転校したが、やはり最初の友達作りだけは何回経験しても緊張するものだ。こんなに急いで友達を作る必要はないが、私は性格上1人は嫌なのだ。クラスの中には1人で本を読んでいる子や静かに窓を眺めている子もいるがエリカにはそれが理解できなかった。どうして1人なのにあんな平気そうなのだろう。恥ずかしくないのだろうかとフツフツと疑問が湧き上がる。私は人一倍他人の目を気にする方だ。だから言動にはとても気をつけているし嫌われないよう最善の努力をしている。そして身だしなみにも常に気を遣っている。スラッと伸びた細い手足に白い肌。丁寧にケアされた黒い髪。人当たりのいい笑顔。努力の甲斐あってか容姿は人から褒められるようになった。可愛く美しい人は無条件で人から好印象を抱かれる。これは転勤族の私が何回も転校をしてきて学んだことだ。中学2年の秋、私の他にもう1人転校生が来た。その子はぽっちゃりとした体型に丸い黒眼鏡をかけていた。2人とも自己紹介をし席に着きホームルームを終えると、みんな一斉に私のところへやってきた。その子の方へは誰も行かない。下を向いてじっとしているだけのその子を可哀想と思うと同時に当然だとも思った。そして私はもう一つ学んだことがあった。それは共感することだ。反対意見を唱えればそれは喧嘩や孤立する原因になる。
ただただその人の話に頷き時には共感の言葉を投げる。そうすることで心の距離が一気に縮まり良い人間関係を保てる。始業式や掃除が終わりお昼になった。私は新しくできた3人の友達と机をくっつけてお弁当を広げた。前の学校では中庭で食べていたので教室で食べるのはなんだか新鮮だ。
蓋を開けるとエリカの好物がぎっしりと詰まった色鮮やかなお弁当が出てきた。「うわ〜エリカのお弁当めっちゃ美味しそう!いいな」杏奈が私のお弁当を覗き込みながら言った。「ありがとう。杏奈のも美味しそうだね。」私はそう返した。しかし、杏奈のお弁当はお世辞にも美味しそうとは言えなかった。肉や煮物など茶色のものばかりで全体的に彩りがない。しかし褒めてもらったのだから褒め返すというのが暗黙のルールである。
しばらく4人は他愛のない話をしながら食べた。桜の家族構成について、杏奈の入ってる部活の愚痴、澪の好きなドラマについてなどたくさん話した。すると桜が「見てよ、あの子」と窓側に座ってる1人の女子生徒を指差した。その子はかなり太っていた。制服のボタンがはち切れそうになりながら縮こまって小さなおにぎりを食べていた。「あんなに体はおっきいのに食べる量少なすぎでしょ!デブのくせに少食アピールとかほんとウケる笑」
と大きな声で言った。それに続いて杏奈も「それな、あの体型じゃどんぶりでも足りないでしょ笑」と鼻で笑った。正直エリカはそれを聞いて悲しくなった。何を食べようとその人の自由だし、別にバカにして笑うようなことではないと。でもここで何か言わなきゃ面白く思われないかもしれない。自分が言われる側になってしまうかもしれない。そう思った時にはもう口から言葉が出ていた。「ほんとウケる、あれでよく足りるよね」と。澪もエリカに共感するように笑っていた。よかった。これでいいんだ。ほんのり感じる罪悪感には目を背けた。あの子を庇うよりこのグループでうまくやることの方が大事なんだから。
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