第2話 カウントダウン


家に帰って手短に風呂を済ませ、髪の毛も濡れたままベットに入る。早く寝ようと目を瞑っても、奏斗の言葉が頭の中で浮かんで消えずにいた。結局、深く眠ることが出来ないまま朝になる。迎えに来たマネージャーは、余程酷い顔をしていたのか、俺の顔を見て小言を言う。それを聞き流しながらスマホの画面を眺めていた。

トーク画面の1番上には奏斗がいて、通知がひとつ。昨日は突然言ってしまってすみません。と書かれていた。返す気になれず、電源を落として窓にもたれかかって目を瞑る。もしかしたら昨日の出来事は、日頃の疲れからくる悪い夢かもしれないと、都合のいい事を一瞬でも考えた自分に嫌気がさす。

いつの間にかスタジオに着いていて、車から降りてマネージャーの後ろについて行き、楽屋に向かう。

「おはようございま・・・・なんでいるの」

取っ手に手をかけて扉を開くと、メンバーに囲まれている奏斗の姿があった。今日は同じスタジオだというのは知っていたが、まさか楽屋にいるとは思っておらず、思わず眉をひそめてしまう。

「あ!おはようございます、渡海さん」

昨日のことなど全部なかったかのような、子供のようにあどけなく笑う奏斗に、不覚にもときめいてしまう。とりあえず、メンバーに囲まれている奏斗を自分の方に引き寄せるように腕を引く。自分の胸にポスンと収まった奏斗に、なんでここにいるのか聞くと、俺に話があると言った。昨日の事だろうと察し、楽屋の机に荷物を置いて奏斗と一緒に楽屋を出る。

メンバーの、あと30分くらいで撮影開始だからなー。という声に、分かってますー。と返す。

奏斗が後ろからついてきているのを視界の端で捉えながら、廊下の奥まで行き、人が使わなさそうな部屋に入って電気をつけた。思っていたよりも長い間使われていなかったのか、中は少し埃臭い。あまり広くなく、申し訳ない程度の座布団が置いてあるだけの質素な畳の部屋だった。

靴を脱いで畳の上に立ち、積み重ねてあった座布団を2枚取る。1枚は奏斗に渡して、もう1枚を自分の下に敷いて座布団の上に胡座をかいて座った。

「で、話って?まぁ、昨日の事だろうけど」

「そうです!ちょっと昨日の事で話したいことがあって」

昨日は酔っていて全然話せていなかったんで。と笑う奏斗に、それで?と促す。

「俺の病気のこと、初めて話したのが渡海さんなんです」

「は?じゃあメンバーやマネージャーも知らないの?」

「まだ言ってません」

「もし何かあったらどうすんの」

「その時は渡海さんが助けてください!」

まるでうさぎの足跡のようなえくぼを寄せて呑気に笑う顔に腹が立ち、少し強めに右頬をつねる。冗談ですよー、と、つねる俺の手をぺちぺちと叩く奏斗に、ふーっと感情を吐き出すように息をして、手を離す。

「いてて。・・・大丈夫です。いつかは言おうと思ってるんで」

「いつかってお前ねぇ・・・。何かあったらじゃ遅いでしょ。これからの活動だって、今までみたいにできる訳じゃないし」

「あー、その事なんですけど。俺は芸能界を辞めるつもりないです。最後の最後まで、アイドルとして舞台に立ちたいので」

まぁ、奏斗の事だからそうするだろうと思っていた。昔から見てきたんだから、それくらい分かる。特に驚くこともなく、じゃあファンにも言わないんだな。と言うと、はい!と元気よく返事した。

「際の際まで、元気な姿を見せたいんです!」

そう言って笑う奏斗の姿は、どう見ても病人には見えなくて、本当は病気じゃないのではないかと疑ってしまうほどだ。それでも余命宣告されているという事実は変わらず、今も刻々と死へと近付いている事を俺たちは受け止められなければいけない。

「・・・・・・なんで、お前なんだろうなぁ」

独り言として呟いた言葉は、思っていたよりも大きく、奏斗に届いたのか少し目を見開いたが、すぐに口元に微笑を滲ませた。

「しょうがないですよ。遅かれ早かれ、死は必ず来ます。俺は他の人より少し早かっただけ」

そうやって、余命宣告された時も自分に言い聞かせたのか。実際どう思い、どう捉えているのか、所詮他人である俺が分かるはずないが、少なくとも今の言葉は嘘ではないと思う。

「そう。じゃあ、今は2人だけの秘密だな」

「正確にはお医者さんもいれて、3人の秘密ですけどね!」

「うるさいよ」

生意気だな。と、今度は両頬をつねると、うわぁー、と大袈裟に痛がる奏斗。大した抵抗はせず、ただ俺の手を優しく叩くだけなのを見ると、そこまで痛くないだろう。俺もそんなに力を入れていないし。

手を離すと、若干赤くなった頬に笑ってしまう。笑った俺を見て、渡海さんがやったんですよー。と、口を尖らせて文句を言う奏斗に、はいはいと適当に返事をして立ち上がる。

もうそろそろ撮影が始まる時間だろうと、靴を履き、扉を開けた。部屋の電気を消し、未だに頬をさすっている奏斗を先に廊下に出して扉を閉める。

廊下の反対側の奥で、スタッフが忙しそうに部屋を行き来しているのが見える。多分スタッフであろう、聞こえてくる微かな声とよく見えない表情に、思っていたよりも端の方の部屋まで来たのだと悟る。硬い靴音を響かせながら、奏斗と話しながら戻っていく。気持ちゆっくり歩き、少しでも長く一緒にいられるようにしていたが、いつの間にか自分の楽屋の前まで着いていた。奏斗ももう少しで取材があるらしく、楽屋の中に入らずに解散する。

俺も早く着替えてメイクしないとな、と、取っ手に手をかけて扉をあけると、メンバーからの視線が一気に集まる。少々引きながら、なに?と聞くと、1番近くにいたメンバーがにやりと笑いながら俺の肩に腕をまわした。

「功、もしかして、やっと告白したの?」

「はぁ?何言ってんの」

「だってこんな時間ギリギリまで2人で話してたんでしょ?昨日は2人でご飯行ってるし」

まるで子供のような笑顔を向けるメンバーに、してないしてない。と、否定しながら引き剥がす。えぇー、と不貞腐れているのを放っておき、ハンガーにかかっていた衣装を手に取って、着替えていく。

「やっと告白したと思ったのに。意気地無し」

「うるっさいなぁ。馬鹿には関係ないでしょ」

「前から思ってたけど、俺に対して辛辣すぎない?」

そんなんじゃモテないぞー、という言葉を聞き流しながら、告白という単語が頭に浮かぶ。

告白。俺だって、考えたことがないわけではない。でも今の奏斗に言って、意味があるのか。困らせてしまうだけだろう。もうすぐ死んでしまうのに、何故大切なものをつくらなければいけないのか。俺だったらそう思う。付き合えたら幸せだ。でもそれは同時に、悲しみも味わうことになる。なんと皮肉なことか。

「・・・言えねぇーよ、好きなんて」

ポツリと呟いた言葉は、誰にも届くことなく消えていった。





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