最弱の回帰

 

「いいんですか?このままで」

「...いい、とは言えないが、焦る程でもない。なんなら、今後のことを考えればこのままの方がいい」

「それはそうでしょうね」


 ここは戦場ではない。だが、それに一番近くなければならない場所。

 私たちはそんな場所で戦いの、分岐の行く末を見届けている。

 

「それよりもだ。どうだ、考えは変わったか?」

「何度も言いますが、あなたにこれを渡すことはもうありません。そういう運命です」

「運命ね。あんたがそう言うならそうなんだろうな」


 そうです。私が言うならそうなんです。

 だから、あなたはもうこれ以上傷つくことなどしなくていいから、後のことは任せて——。


「——だが、そういう訳にもいかない。あんたも知ってるだろ。俺が運命ごとき乗り越えられることを」

「...」

「無視か。別にいいぜ。僕がお前に勝てないと思っているのか?」

「ッン」


 本当に軽いが、底が見えないほど黒い威嚇。

 どうやら、私を説得できなければ、倒すつもりだろう。そのために少し”戻る”ことも視野に入れているようだ。

 なるほど。確かにその覚悟があるのであれば、話は変わってくる。


「あいつに力を奪われている状態なら、僕でもあんたを殺すくらい造作もない」

「...分かりました。あなたに従いましょう。夜桜 幸糸」

「分かってくれたならいいさ。俺もあんたと戦うことはない方が嬉しい」


 末恐ろしい男だ。

 彼が言っていた通り、渡さないはずだった運命が彼に渡す運命に変わって見せたのだ。

 運命を操り、運命をねじ伏せたのだ。


「そうですね。私もあなたと戦うことは極力避けておきたいですね。でも本当にいいんですか?これを受け取れば、あなたは否が応でも私たちと関係を結んでしまいますよ」

「くどいぞ。俺は決めたんだ」

「...そうですね」


 確かにくどいかもしれない。

 だけれど、これは自分を決める分かれ目。楽と苦の道を好きに選べるのに、楽ではなく苦を選ぶというのだ。

 行き着く先は同じで、過程が少し変わるだけ。

 彼はそれのためにどんなに苦しくも、暗くとも、この道を選ぶ。

 大丈夫かともう一度聞き直してしまっても仕方がないだろう。


「やはり人間はよく分かりませんね」

「俺はこういう人間っぽいところ結構好きだけどな」

「ですけれど、あなたのそういうところはとても気に入っていますよ」

「はは、ありがとな」


 だけれども、こんなことは今までにも数回あった。

 世界に関わるほどではなかったにしろ、多くの命につながる戦いを生き延びてきたのだ。

 彼なら、またも世界を救いつつ、生き延びてくれるかもしれない。


「自分だけ逃げるなんてしないでくださいね」

「...まかせろ」


 今の間はなかったことにさせていただきますからね。



 ♢



 私は一体どうなっているの?

 精神はこうしてここにある。この思考が存在することがなによりの証拠である。

 だが、身体がない。自分が構成されている部品からそれだけが抜け落ちている感覚。

 感覚というより、今の私は実際に自分の身体と離れている状態にいた。

 私の見ている光景が不思議でしょうがない。


 バチンッ!


 カキンッ!


 ドッオォーン!


 私の目の前で私が戦っている。

 私の視点は私の身体を俯瞰している。

 奇妙な感覚だ。だが、懐かしさも感じる。それも、一度や二度じゃない。何回も。

 しかし、なぜこんなことになっているのかしら。

 直前の記憶が思い出せない。たしか、私の攻撃が止められ、反撃されて...、私はその後...。

 そこからの記憶が思い出せない。ただ、何かがあったことは分かる。

 いや、分から...ない。

 自問自答が続くようで続かない。分かるし、分からない。

 ...とにかく、今の私には私の身体が必要なのだ。

 だが、何もできない。私が出来ることはこうして自分の身体を見ていることだけ。

 この瞬間にも、時間は流れてゆく。


「死ねえぇぇぇえ!」

「フンッ!」


 私の身体が刀を乱暴に振り回す。右へ左へ。だが、汚い訳ではなく、綺麗な型のまま暴れ続ける。

 それを捌きつつ、隙をついて体の関節を魔族の男が狙う。

 それを何十回と繰り返し続けている。

 あの動き...。私の身体は術を使っているらしい。

 ”百花繚乱ひゃっかりょうらん”。体を無理矢理動かし続け、相手が倒れるまで戦い続ける兵器へと自分を変容させる術。

 その術を使おうと思ったけれど、すでに霊力が底を尽きてしまい、発動させられなかった術。

 だが、今は難なくその術が発動している。どうしてか。その理由は、私の身体は霊力の代わりに魔力を使っているから。

 あのどす黒い塊を平然と扱っている自分。魔族ではない自分がどうして魔力を使えるのか。

 分からないが、霊力がない現状では、魔力を使ってでも、あの男を倒さなければならない。


「ゴフッ」


 ぽた。ぽた。


 しかし、私の身体は止まってしまった。

 魔族の攻撃が当たったとかではない。ただ、私の身体が限界に達しただけだ。

 血反吐を流しながら、私の身体は呻き、捩る。

 私の身体と魔族の男は一定の距離を保った状態で静かに互いを見合う。


「まさか、あちらの世界の影響か。まだ完全に馴染んでいないからか。それとも、相性の問題か」

「...相変わらず、ぶつぶつと煩い男だな」

「ようやくまともな言葉を使うようになったか」

「...この体では以前のようにはいかないな。やはり手順を吹っ飛ばしたせいか」


 私の身体が魔族と喋り始めた。自分の身体が男の口調で喋る姿は異様で仕方がない。

 なんの話をしているのか。さっぱりだ。

 話が終わり、またも構えを取る両者。

 今か今かと互いを見据える。ほんの数十秒。そんな僅かな時間を何十時間かと錯覚させるかのように集中する姿。

 そして、片方の姿が崩れた。


「ガッ」


 このタイミングにして、二度目の血反吐を垂らす私の身体。

 それを逃さないように魔族の男が突っ込む。

 少し遅れたが、私の身体も男に向かって、刃を伸ばす。だが、遅れた分の差は大きく、私の負けが確定した。

 そう思った。

 俯瞰している私の視界の端に動きがあった。

 その次の瞬間。


 ザッ...


「え?」


 私の見ていた景色が急に変わる。

 俯瞰していた自分の視点が私の身体の視点に戻ったのだ。

 そして、その目には私が見てはいけないものが描かれる。

 赤い。ただ、赤い。その液体は粘着質で、私のてにべっとりと貼り付く。


「あ、あぁ。あっ。これ、は。どう、して。...ゆう、り?」


 ぴき


 目の前にはよく知っている顔があった。

 木茎 悠莉。幼い頃から一緒にいない日が、時間がなかったほど同じ空間に居た存在。


「とう、か、ちゃん。だい、じょう、ぶ。だか、ら」

「あ、あ、あ...」


 ぱき


 私がやった。

 私の身体が悠莉を刺した。

 私の身体が魔族の男によって殺される寸前、その間に悠莉が飛び込んだ。

 悠莉の背中に男の拳が、悠莉の腹部に私の刀がそれぞれ突き刺さる。


「まさかまだ動けるとはな」


 ぱり


 私はすぐさま悠莉の手を引いて、後ろへ下がる。


「悠莉!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「はぁ、はぁ。うん。...ははは、そんなに気にしないでよ。それに、これくらいの傷、大したことないし、私は...」


 ばき


 私は必死になって、悠莉の傷を押さえた。

 刀を刺しただけじゃない。先ほど、私の身体が悠莉の腹部に穴を開けさせてしまったこともそうだ。

 俯瞰していたせいか、実感が湧かなかった。けれども、ここから見てようやく分かった。

 この傷は私のせいだ。私が悠莉を傷つけたのだ。


「こんなことをして、私は。私はどうして?どうして私はここにいる。なんのために...」

「透禍ちゃん!」

「う、うぅ」


 びき


 なにもかもがどうでもいいように思えてきてしまった。

 私のせいで、みんなを巻き込んでしまった。もう、取返しが付かない。


「いいさ、そんなに死にたいなら、俺がけりをつけてやるさ」

「くっ。透禍ちゃんは逃げて!」

「私は、もう...」


 ばり


「透禍ちゃん!」

「開花さん!」


 ぱき


 遠くから、紅璃と七星くんの声が聞こえてくる。悠莉が隣で叫んでいる。

 でも、もう私には...。


「じゃあな」


 男が私に向かって魔力を放つ。

 あぁ、ごめんなさい。

 幸糸...。


 パリンッ!


「え?」

「なんだ?」


 ガラスが割れるような音が大きく響く。

 それと共に、私に飛んきていた魔力が霧散する。

 何かと思って、辺りを見回す。すると、一か所だけ、光で照らされている場所があった。

 その光を伝って、上を見ると、そこには夜空の中にひびが入っていた。

 そこから光は差し込み、一人の人物をその場に降ろす。


「...幸糸」


 そこには、この世に存在するはずがない人物だった。

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