再開と不穏

 俺が、他の者よりも少々強い理由。それは経験。

 何十、何千と数え切れぬほどの、血が滲むような過去。実際、血は毎度のごとく出ていたが。

 そうやって、今に至る。

 いくつもの思い出が残る記憶。思い出し、常に想っていたい。だが、思い出したくない日々。

 辛く、涙が零れてしまう。それでも、俺はそれを胸に刻みつけ、同じ過ちをしないよう、己を罰せねばならない。

 少しずれたが、今俺の前にいる者。それは、ある種の親友のような者で、いつか”殺さなければ”ならない者。


「いいのかい?彼女たちを放っておいて」

「バカ野郎。今俺がここを離れれば、お前は仲間を連れて帰り、こちらの情報が盗られちまう。ならば、俺はここの通行止め役にならないと。それに、やつらは心配ない」

「かなりの信頼をおいているんだね」

「あいつらの実力を知っているのは俺だけじゃないと思うがね?」


 しばらくの沈黙が続く。

 その間、俺は両手に”倶旅渡”をはめる。相手はローブに身を包んでおり、構えが読みにくい。唯一、やつは片足を後ろにずらす。

 そうして数十秒、互いに睨みあうと、同時に構えを解く。


「やれやれ、君と対峙するとただでは済まないからね。今回は引こう」

「いいのか?」

「その様子だと、下準備くらいはされているだろうからね。今はこちらが無勢のようだから」

「ま、その方が俺もありがたいな。さっさと帰りやがれ」

「せっかくの再会だというのに」

「俺はお前の顔を見たくないの」


 今すぐにでも、こいつを殺したい。殺せば、全てが終わる。だが、今はまだ無理だ。


「それじゃあ、また会おう」

「その時は、屍であってくれ」


 俺が瞬きをすると、その時にはすでにやつは消えていた。

 やはり、時間がない。あまりにも相手の方が強い。

 そう実感させられた。

 だが、それはこちらが後手になった場合。


「...ふっ。面白くなってきたな」


 こちらもある程度の対策はしている。少しは時間が稼げるようになるだろう。

 相手は魔族。基本的に魔族は異形の形、知能のない獣が大半だ。

 しかし、その中には、俺たちと同じような人の形をし、知能のある者がいる。それを”魔人”と言う。

 基本的な姿形は人間と同じである。種族での違いを挙げれば、人口は少ないが、全員が魔力を扱うことができること。

 人間は特定の者しか、霊力を扱えず、人口は多いものの、術士という力を使える者は少ない。

 だが、実際の違いはそれくらいだろう。姿形だけでは、見分けがつかないほどに。

 俺ら術士のことを霊術士と呼び、やつらのことを魔術士と呼ぶ。

 先ほど、俺の前に姿を現した者も魔人であり、俺が別の世界へ越えた時に出会った最低の野郎だ。

 やつは、こちらの世界に潜り込んでいる仲間を助けに来た。だが、そう簡単にさせるはずもない。

 そこで、俺がやつを止めるために、わざわざ俺が透禍たちから離れてもいいようにこうした授業にさせてもらった。

 やつの仲間とは、こちらの世界に潜り込み、情報を盗むことをする者だ。

 そいつは既に膨大な量の情報を掴んでいるだろう。それが相手に知られれば、こちらが一気に劣勢になる。

 それだけはなんとしてでも避けなければならない。


「さてと、もう少し様子を見てるか。その内、相手から勝手に出てきてくれるだろう」


 こちらへ潜り込んできている魔術士。その正体を未だこちらは知れていない。

 それはまだゆっくりと時間をかけていい。

 だが、これからそう遠くない未来で起こる、”確定した戦争災厄”を生き残るためには、なんとしてでも彼女らを強くしなければならない。


「とはいえ、あまり急ぎ過ぎると、身体と魂の崩壊が起こりかねないしな~。結局は地道にこなすしかないんだよな~」


 そんなこんなで頭を回し続ける。

 その時、後ろからいくつかの影が飛んできた。



 ♢




「ふぅ、これで今回の戦闘は終わりか」


 天谷さんがそこで一息をつく。

 私たちは、予定通り、扉から出てきた魔族と戦闘を行った。

 この隊で初めての戦闘となったが、天谷さんが上手く合わせてくれたことで、何事もなく終わった。

 そう思っていたが...。


「ごめん!私、五体ほど、逃げられちゃった」

「え!?」


 紅璃の爆弾発言がここで炸裂してしまった。

 だが、ここで止まっていてもしょうがない。

 

「まじか、まぁ、しょうがない。今すぐ探すとしよう。どっちに行ったか分かるか?」

「えーと、確かあっちの方へ」


 七星くんが優しく助けを入れる。

 さすが、彼氏なだけはある。

 紅璃が魔族たちが逃げた方向を指す。すると、そちらの方向は、私たちが準備をしていた場所、都市側であった。


「となると、やばいな。すぐに向かおう」

「ちょっと待って下さい」

「ん、どうした?」


 そこで悠莉が天谷さんの指示を止めた。

 一体どうしたのだろうか。もし、魔族が住宅街や街の中に現れたら、大変なことになる。今すぐにでも動かなければならない。


「あっちの方へ逃げたなら、多分大丈夫だと思います」

「どうしてだ?」

「あっちには、”彼”がいるはずです」


 その言葉を聞いて、その場にいた全員が納得した。


「確かに、夜桜がいれば安心か」


 もう今となっては、彼は私たちから見て、負けるとは思えないような存在と認識されている。

 この短期間でそれだけの実力を見せつけられてきた。

 本当に、今となっては過去の自分が恥ずかしい。

 初めて彼と出会った時は彼のことをあまり気にしていなかった。

 確かに、彼との最初の出会いはかなり特殊であった。廊下の曲がり角で、いきなり声をかけられた。

 実際、話を盗み聞きしてくるような、変人かと思っていた。

 だが、なんの巡り合わせか、実戦授業で、同じ班になった。そして、すぐさま試合へとなった。

 四対一なんていう可笑しな試合。なんの冗談かと思ったが、試合当日。

 試合の始まった瞬間から、終わるその時まで。その全てが予想以上の出来事の連続だった。

 それからは、術士として、上の存在だと分からされるほどの授業、訓練、試合をした。

 だが、所詮は数回の繰り返ししか未だ、行っていない。これが逆に、彼の強さを引き立てている。

 彼は、すでに私たちの中で、大きな存在となっていた。


「それじゃあ、幸糸に連絡してみるわね」


 私は、サイドバッグにしまっておいたスマホを取り出すと、通話アプリを開く。

 最近登録されたばかりで、彼のユーザーアイコンが一番上にあった。

 決して、私の登録人数が少ないから、必然的に上にあった訳ではない。


「...」


 数度、コール音を聞いて待つが、なかなか出ない。


「まったく、何をしているのかしら」

「まさかとは思うけど~、逃がした魔族にやられたとか?」

「まさか~」


 一番その言葉を言ってはいけない二人、紅璃と天谷さんがその話題を出してしまった。

 嫌な予感がする。


「こうなったら、今すぐにでも向かうわよ」


 私たちは、冗談の雰囲気から、一変して、すぐさま動き出す。

 なにもなければいいのだけれど。



 ♢



 まさか、本当に生きていたとは思わなかった。

 夜桜 幸糸。あの世界で、幾度となく話し、共に戦い、笑いあった男。だけれども、俺は裏切った。

 そして、この手で...。

 あの時のことを俺は後悔していないし、未練も捨て去った。

 

「...昔のことを思い出しすぎたな」


 今更、引くことはできない。

 俺は進むしかない。

 全てを奪い、己の物にする。

 それだけが、俺の”喜び”なのだから。


「こちらも何も対策していないと本当に思っていたのか?”運命の糸スピリット”」


 さて、ここからは戦争だ。

 何年も準備してきたのは同じ。ならば、後は早く行動を起こした者が勝つ。


「今度こそ守ってみせろよ。俺がまた全てを殺す前に...」


 そうして、魔族の男は黒光りしている扉をくぐっていった。

 時は夜明けに差し掛かり、朝日が世界を照らし始めた。

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