期待と応用

 最初からこうなることを知っていた。だからこそ、俺はこの選択をしたんだ。


「...ぷっ」

「あ~~!見るな!笑うな!」


 術の応用を得るために、想像力、完成像を決めるため、お絵描きというお題を出したのだが。


「ごめんごめん、つい」

「もうっ」


 透禍、悠莉、七星、紅璃。四人それぞれに描けたところから提出してもらった。

 これはあくまでメモであるが、いちよは絵である。

 そうして見てみたときの簡単な評価がそれぞれ綺麗、可愛い、美しい、ぐちゃぐちゃの四つ。

 術の使い方が細部まで分かりやすい七星。

 簡単なイラストで分かりやすい絵を描く紅璃。

 海外によくありそうな画風で描いた、一般人には理解できないような悠莉。

 何が描かれているのかさっぱりな透禍。

 言わずもがな、透禍は絵が下手だった。

 だからこそ彼女は必死になってお絵描きというお題を拒否したのだろう。

 まぁ、あえてそうしたのだけど。


「だから嫌だったのに」

「まぁまぁ、それでも術の応用は浮かんだんだろ。俺には分からないけど」

「一言余計よ」

「わりぃわりぃ、あまりにも君が可愛いもんでな」

「っ!?」

「だってこの絵、子供が描いたみたいだろ」

「もー、知らない!」


 透禍は怒ると、そのまま教室から出て行ってしまった。


「あらら」

「今のは先生が悪いよ」

「そう?」

「話聞いてて、私までドキッとしたもん」

「僕も」

「?」

「だめだこりゃ」


 なぜだか残った三人に呆れられてしまった。

 だってしょうがないだろう。今の俺にはこれくらいしかできないのだから。


「とりあえず今日のところはここまでにしておこうか。悠莉、透禍によろしく頼むわ」

「はいはい、私の透禍ちゃんなんだからあまり近づかないでくださいね。センセ」

「...その呼び方やめてくんね?」

 

 そうして俺の最初の授業は終わりとなった。



 ♢



 実習授業が終わると、放課後になる。

 僕たちは教室で帰りの支度を行っていた。

 

「そういえば、なんで幸糸くんが代わりに授業をやるようになったのか聞いてなかったね」

「ん?そう言われると確かに...」


 紅璃が帰る準備を終わらせ、鞄を持って近づいてきた。

 僕は紅璃の疑問の答えが分からなかった。

 数日前、課題のための試験として行われた試合。

 四対一という相手にとって圧倒的不利な戦い。それに見事勝利を収めた男。

 彼、夜桜 幸糸。試合が終わった後にいくつかの疑問に答えてはくれたが、未だ彼が何者なのかはっきりしていなかった。


「僕たちの担当は、元々は越智さんだったでしょ。越智さんは優秀で忙しいにも関わらず、僕たちの担当になってしまった。そこで、ちょうど担当の班に知り合いの幸糸に授業を任した。ってのが一番単純な答えだと思うんだけど...」


 そこまで自分で言って矛盾に気づき、口が止まる。

 代わりにさせるなら元から軍に関係のある透禍にすればいい。

 そもそも、わざわざ忙しい越智さんに任せるのではなく、違う人に任せればいいだけの話。

 ということは、これは故意に起こされたということが分かる。

 どうしてすぐに気づかなかったのか?自分で自分に疑問を持つほどに、これらの出来事には作為的な意図が含まれている。

 もしかしたら、これら一連の出来事には何かもっと大きなものが待ち受けているのでは?


「ねぇ、どうしたの?いきなり黙っちゃって」

「あ、あぁ...。何でもないよ、大丈夫」


 さすがに考えすぎかとも思うのだが...。


「そろそろ完全下校時刻だよ?二人とも帰ろう」

「あー、うん。分かったー」


 悠莉と紅璃が教室から出ていく。僕もそれについていく。

 何も起こらないといいなと思いながらも、心のどこかで期待に似た感情を持っていることを自覚し、乾いた笑いを心の中に仕舞い込む。



 ♢



 数日後。

 早速、術の応用を身に着けようと、俺たちは学校が所有する訓練場に来ていた。


「”冰零剣ひょうれいけん”。...ふぅ、はっ、”氷下気ひょうかき”」


 七星は試験で使った術。”冰零剣”と”氷下気”を使っての応用技を編み出した。

 まず、冰の剣を頭上から振り下ろし、その途中に刃の温度を調節する。そうすることで冰の刃を溶かし、振り下ろしの力によって水滴を飛ばし、すぐさまその水滴を固め、高速で飛来する氷の投擲を可能にした。

 剣技の途中で行え、尚且つかなりの威力を狙えることがこの技のいいところ。

 さすが成績優秀なだけあって、試験での反省点を補っている。

 試験中、遠距離攻撃を三人から受けるとなると、さすがにきつかっただろうからな。


「”発火はっか”...”鎮火ちんか”...”発火”...”鎮火”...」


 紅璃は自身が作り出した火の操作をできるように、”発火”と”鎮火”を繰り返し練習している。

 空気中にある酸素を”発火”させることで、近くにいる相手ならば、前動作なく相手を火の海に沈めることができる。

 だが、酸素に着火させているため、そのまま酸素に引火してしまうと周りの味方にも被害が及ぶ可能性がある。

 そのために、燃やす酸素と燃やさない酸素との境界線を作り出すために、平行して”鎮火”の練習も行っている。

 これらの術は緻密な操作を求められるため、今までに成功させた者はいない。それを始めて数時間の者が成功しそうなのだから、彼女の才能は凄まじい。

 この術が可能になれば、敵の群だけを燃やしつくなんて怖い作戦も立てることができる。

 本当に、試験のときにこれをしてこなくてよかった。危うく、俺が火だるまになるところだった。


「...”土鉱弾丸どこうだんがん-即時装填そくじそうてん-即時展開そくじてんかい-即時発射そくじはっしゃ...”」


 悠莉は自ら特殊な弾薬を作り出すことができる術、”土鉱弾丸”を作り出した。

 周囲にいくらでもある土の中から小さな鉱石を取り出し、それから弾丸を作るというかなり難しい術。

 しかも、弾丸に様々な能力を付与している。一つ、二つ、三つと練習を重ねる度にいくつもの能力を追加していっている。

 ここまでの発想力や技術を持ち合わせているところを見ると、彼女も凄まじいと思わざるを得ない。

 試験でも的確に攻撃してきたり、指示を出したりと優秀にもほどがある。

 このままだと、彼女一人で軍の一隊くらいの戦力が手に入ってしまうかもしれないな。


「...さすがだな」


 元から分かり切っていたことだった。

 彼らは優秀なんて枠に収まる人物ではない。才能の塊、それ自身なのだから。

 彼ら以上に心強い味方を俺は知らない。

 それを再認識し、物思いにふける。

 しばらくして、記憶から現実へと目を向ける。

 そして、最後の生徒を見る。


「...」


 そこには刀を握ったまま、その場に立ち尽くしている透禍がいた。


「...大丈夫か?」

「...」


 返事は返ってこなかった。

 彼女は行き詰っているのだろう。

 透禍も術の応用を考えてきた。しかし、術は発動しないのだろう。

 前回の授業でも説明した通り、術を使うためにはその力を構成するために、精霊からの力を貸してもらわないといけない。

 精霊にはその術に合った霊力を制作してもらう。そのために、的確な動きや言葉を紡がなければならない。

 透禍が行った動きや言葉から察するに、単体戦で使う技のようだ。

 だが、上手く術は発動しなかった。

 術が発動しない理由にはいくつかあるのだが、彼女の場合は...。


「...よし、透禍!明日は君の特別授業にするからよろしく」

「...」

「今日の授業はここまで、そのまま術の応用を訓練するように。解散」


 そう言い残して、呆然とする皆を置いて俺は訓練場を後にする。


「...へ?」


 数秒後になって、やっと現実に戻って来た透禍が次第に言葉を理解していき、更に思考が停止していることを俺は知ることもなく。

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