ACT3:勇者の懺悔



 そして更に一週間後。


 偽勇者への断罪の刻、懺悔ざんげの時間がやってくる。

 相談室の暗闇でまさに今、一人の男性が目を覚まそうとしていた。


やさぐれた男「な、なんだここは? 俺は、たしか魔物との戦闘で不意をつかれて……。体の真芯を爪で深くえぐられた感覚があったのに。傷口は……何ともないな。いったいぜんたい、どうなっているんだ?」


※「お静かに。貴方は確かに一度命を落とし、この教会で蘇生されました。目を覚ます前に相談室へ運ばせたのは私ですが」


やさぐれた男「そ、そのネットリとからむ蠱惑的こわくてきな声は!?」


※「お久しぶりですね、ゼニっち。いや、今となってはワタクシも勇者ゼニと呼ぶべきでしょうか? 少なくとも見た目は立派になりましたね」


やさぐれた男「好きにしてくれ。アンタに拾われなければ、俺はずっと孤児のまま。ドブネズミのように野垂れ死んでいただろう。顧みる過去は何があろうと変わらねーよ。俺に生き方を教えてくれたのは、誰が何を言おうと やっぱりアンタだ」


※「嬉しい事を言ってくれますね。しかし、恩師であればこそ、教え子の不祥事には責任があろうというもの。そこは判ってくれますよね? 勇者ゼニ?」


やさぐれた男「ああ、判ってる。アンタにはいつかきっと素行を怒られるって」


※「残念ながら、貴方の評判はすこぶる良くないようです。魔王退治はそっちのけで私欲に走り、ことあるごとにゼイタク三昧。もしかしてそれは、ウチの孤児院が貧乏で、みみっちい生活をしていたことに対する反動なのでしょうか? ワタクシ、責任を感じますね、と・て・も!!」


やさぐれた男「ち、違うって、誤解だよ、誤解。反動なんかじゃない。俺はまず勇者のイメージを変えたいんだ」


※「イメージですって?」


やさぐれた男「そうともさ、ストイックなばかりじゃ勇者の成り手が居ないだろ? 美味しい所もあるんだって、子ども達に認知してもらわないと。ツライ、危険、貧しいの負け組三拍子じゃ、誰も魔物と戦いたがらない。欲望こそが人心を動かす原動力になるんだ。勇者が世間の注目を集めればスポンサーになりたがる奴も出てくるからな。俺だって、そういつもいつも貧乏人にたかっているワケじゃないぜ?」


※「なるほどそれも一理ありますね……なぁーんて、ワタクシが言うと思いましたか? このスットコドッコイ」


やさぐれた男「別に……生きる化石を説得できるとは思ってねーよ」


※「人をシーラカンスみたいに……。それに矛盾がありますよ? そもそも貴方が魔王を倒しさえすればすぐにでも平和な時代が訪れるのではないのですか? なぜ正々堂々と敵に勝負を挑まないのです?」


やさぐれた男「言わないとダメかい? 言わなければ、いつもの『オデコピカピカ・ジャッジメント』で閉じた心をこじ開けられるってワケかい?」


※「アナタ相手にそれをやってしまったら、もうオシマイでしょう? 教育者の資格がまったくないと認めたようなものですね。ワタクシは常に教え子を信じています。弱虫などではないと」


やさぐれた男「弱虫か……。アンタは世間の噂を信じていないんだな? 平和な時代がくればもう用済みだから、勇者が不必要に戦いを引き延ばしているって……酷い評価だぜ、まったく。人が命を張って正義を貫こうとしているのに」


※「言わせておきなさい。誰よりも『ゼニっち』に詳しいのは、この私です。もしも順位をつけるなら、ワタクシが世界で一番! はばかりなーがーら。少なくとも貴方が愛する女性と結婚するまでは、その座を誰にも譲りませんよ?」


やさぐれた男「はっ、ははは、敵わないな。それなら、別に言っても構わないか? 秘めた勇者の胸の内をこの場で吐露してもいいのか。俺を特別視せず、一人の男、ただの人間として取り扱ってくれるのかい? もしかして、アンタなら?」


※「もちろんです。アンコウ先生は皆の母親役ですから」


やさぐれた男「これを口にしたらもうオシマイだと思っていた。誰かに聞かれたら引退するしかないと恐れていた」


※「この相談室から雑音が外へ洩れることはありません。心配は無用ですよ」


やさぐれた男「勝てる気がしないんだ、魔王に」


※「……」


やさぐれた男「軽蔑しないのか? それとも、あきれて物も言えないのか?」


※「いいえ、よくぞ素直な気持ちを打ち明けてくれましたね。貴方はやっぱりゼニっちです。何が恥ずかしいものですか。恐れの感情はどんな生き物にもあるものですよ。なぜなら、それが生きていく為に必要な物だからです」


やさぐれた男「それで済む話じゃないと知っているだろ? 戦場で何度か遠目に眺めただけだが、格の違いはバッチリ見せつけられたよ。魔王め、俺の弱さを充分に理解し……その上で、あえて野放しにして、弄んでいやがる。人間どもが偽りの希望にすがりついて、もがく様を楽しんでいる。残忍な奴だ!」


※「さもありなん」


やさぐれた男「え?」


※「オホン! しかし、貴方は魔王の腹心である四天王を倒したと聞きましたが?」


やさぐれた男「そりゃあな、コッチだって必死にあがく。どうにか四天王も二人までは倒したさ。けれど、もう限界なんだ。伸びしろなんてこれっぽっちも残ってねぇ。昔は自分がどこまでも強くなれると無邪気に信じていた。でも、そうじゃなかったんだ。どんなに鍛えようが、学ぼうが、越えられない断崖絶壁がそこにはあるんだよ」


※「ひとりなら、そうかもしれませんね」


やさぐれた男「なんだって?」


※「貴方はもう解決策を見出しているではありませんか。必要なのは仲間だと。一人では背負いきれない重荷を、共に支えてくれる誰かが欲しい。その為に、ストイックなイメージを変えて、もっと勇者志望の若者を増やしたかった。そうでしょう?」


やさぐれた男「けれど、欲に目がくらんだハゲタカなんか……役に立つわけがねぇ。悪い、それに関しては俺が間違っていたよ。おまけにこちとら悪名高い勇者ゼニ様とくらぁ。今更どこの誰が力を貸してくれるってんだ」


※「宜しければ一人紹介しましょうか? ティムという素直な良い子がいるんです」


やさぐれた男「はぁ!? 孤児院の……つまり俺の後輩か? 長年面倒を見てきたトラの子だろ。アンタ、それを魔王と闘わせる気か?」


※「その決断、既に二回目ですから。言い出したら聞かない子なんです。どこかの誰かさんと一緒で。虎の子ならきっと立派にやり遂げますとも」


やさぐれた男「アンタが推すぐらいだから才能もあるんだろう。だが、責任を持ち切れねぇよ。俺なんかが師匠じゃ、せっかくの才能も潰れちまう」


※「私は、そうは思いません」


やさぐれた男「そんなこと勝手に決めるなって! 無理だよ、無理むーり、フォーエバー不可能」


※「人のネタをパクらないで下さい。嫌と言うのなら別に良いんですよ?」


やさぐれた男「どうする気だ? ピカピカは禁止なんだろ?」


※「この教会でアナタを蘇生させた一件、忘れていませんよね? 蘇生代を未だに頂いておりませんが」


やさぐれた男「なんだ、それくらい。幾らだ? 俺だってひと財産築いたんだ。もちろん払えるとも」


※「ならば……百兆ゴールド」


やさぐれた男「はぁああああああ!?」


※「いえ、百兆とんで三千万ゴールドです」


やさぐれた男「いや、待て待て待て。なんだその子どもが適当に決めた値段は!」


※「戦乱時につき、物価高なのです」


やさぐれた男「限度があるだろうって! 三千万なら何とか払えるけど。何だよ百兆とか! ふざけないでくれよ」


※「百兆。払えないのなら体で払って下さい」


やさぐれた男「もしかしてエッチな……」


※「違います。(食い気味に)貴方をティムの師匠に任命します」


やさぐれた男「言い出したら聞かないのはどっちだよ!? この! ぼったくり教会め! くそくそくそくそ! もう、どうなっても知らないからな」


※「嬉しいくせに。可愛い後輩との旅路を楽しんで下さいね」


 勇者が乱暴に扉を開き、相談室から出て行く。

 仕切り板の向こうで、先生はそっと独白する。





※「実際の所は、百兆なんか もう頂いているんですけれどね。貴方がティムにくれた薬草こそが、そう。商人曰く、それだけの価値が十二分にあるそうだから。ホホホ、残りの三千万はどうしようかしら? 施設運営の為にも頂いておこうかしら? ゼニっちが払えると言うのなら別にもらっても構わないかしらねぇ?」


※「まぁ、本音を言わせてもらえば……必要な物はもう全部もっているのだけれど。子ども達がくれたキラめく思い出の数々。それこそが私にとって最も大切な宝石箱。その尊さに比べたら、お金なんて霞んでしまう。皆の笑顔には金貨でも買えない希少価値があるのよ、ゼニっち。貴方も何時の日かそれに気付くでしょう」


※「そういう意味でワタクシの社会奉仕は完全な無償とは言えません。相談室で心を救うのも、孤児院で母の真似事をするのも、全て きらめく報酬を期待してのこと。世界をより美しくする為に何より必要なもの。それが人生のキラメキなのですから」





 数日後、孤児院近くの林にて。

 木からぶら下がった棒きれを的に、ティムが剣のケイコをしている。


ティム「えい、えい、とぉあああ!! はぁはぁ、こんな物かな? どうも我流だと勝手がわからないな」


覆面の男「そこで朗報だ! 少年よ!」


ティム「わぁあああ! とつぜん何ですか、貴方は?」


覆面の男「私の名は、そうだな、偽善仮面とでもしておこう」


ティム「えぇ? 変な名前!」


覆面の男「私のことなど どうでもよろしい。大切なのは君の夢。そして将来だ」


ティム「ゆめ?」


覆面の男「そうだとも。君は将来勇者となって、魔王を倒したいと願っている。そうではないのか?」


ティム「そうですけど……どうしてそれが判ったんですか?」


覆面の男「こんな時代に、剣術を磨く若者だ。他に何を目指す? ゼニのような悪徳勇者に任せておけない。だから幼い君も戦う気になったのだろう?」


ティム「ゼニさんの事を悪く言うな! 何も知らないくせに!」


覆面の男「ほほう」


ティム「僕はあの人の力になりたくてケイコをしているんです。ほっといて下さい」


覆面の男「いいや、そうと聞いたからはますます放っておけんな。君が正しい道を歩めるよう私が導いてやらねばならぬ。貸してみたまえ。剣の使い方は……こうだ!」


 木刀が一閃。なんと大木が音を立てながら斜めに倒れていく。


ティム「うぉぉ! すごい! どうやったらそこまで強くなれるんですか」


覆面の男「君だってすぐにそうなれるさ。勇者ゼニよりも、魔王よりも、君はきっと強くなれる。俺が約束するとも!」


ティム「本当ですか! 是非ぜひ弟子入りさせて下さい! 偽善仮面さん」


覆面の男「やっぱりその名前はちょっと傷付くわ。別の名に変えても良いか?」


ティム「は、はぁ」




 こうして運命の歯車は静かに回り始めた。


 後に成長したティムと覆面の男が魔王城に乗り込み、魔物の軍団を相手に伝説の大立ち回りを演じることになるのは、また別の物語。やはり虎の子はいつまでも子のままではない。

 長い長い死闘の末、追い詰められたせいか……魔王は案外ものわかりが良く人間との和平に応じたという。遂に長く苦しい乱世の時代が終わりを迎えたのだ!

 ああ、英雄の偉業よ、伝説となれ!



 ところで……。

 賢明な皆様なら、もしかしてお気づきかもしれないが……。

 本当の所は、その伝説にもまた裏がある。


 なんでも勇者たちが城内で暴れ回っている隙をつき、若い女性が魔王に謁見を申し込んだのだとか。


 その女、古くは魔王の腹心でありながら残酷なやり口についていけず、袂をわかった因縁深き過去の持ち主である。その名も「海魔暗公アングラー」


 アングラーは魔王と少し言葉をかわした後、いずこかに消え失せたそうだが。

 それ以降、魔王の様子がどこかおかしかったというのは、彼をよく知る近衛兵の談である。


 得意のピカピカが、あるいは魔王にもさく裂したのか。

 はたまた磨き抜かれた彼女の話術が、黒き王の「心の琴線」に触れたのか。


 真相は歴史という暗がりの内にある。

 結局、平和なんて ただ一人の勇者の手で作られるものではない。

 必要なのは何よりも固い結束。揺るぎない決意。

 不要なものは迷いと諦め。


 並べたドミノがゴールに届くその日まで、ドミノ達は疑うことすら知らずに倒れ続けるだろう。ただ、ひたすらに。

 牌ではない人間なのだ。倒れることに恐れはある、疑念もある。それでも英雄たちの迷える心を勇気づけるのは、鼻先にぶら下がった希望の光。

 それは時に残酷なニンジンにもなろう。獲物を誘き出す疑似餌のように。


 正しき道を示す光に気付けるか、否か?

 待ち受けるゴールの存在を信じられるか、本当に?


 運命の分岐路に立つのは、いつもひとり。

 全ては、いつも『明るい』先生の御心とオデコ次第――。




 ※「きらめく光がオデコにあらんことを。絶対に辿り着けるから。きっとね!」

 (先生、手を振る。音もなく舞台の幕が降りていく)












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