アンコウ先生のお悩み相談室 ~ 魔王討伐がやれない勇者の悩み事 ~

一矢射的

ACT1:強欲きたりてホラを吹く


 キィィ。


 きしんだ音を立て懺悔ざんげ室の扉が開く。


 身を屈めて小部屋の敷居をまたぎ、入ってきたのは恰幅かっぷくの良い男。

 彼はシンプルながら味のある木製椅子に腰かけ、狭い室内あちらこちらへと目線を泳がせながら次に起きる出来事を心待ちにしている。指先で膝を小刻みに叩き、ひどく落ち着きのない様子だ。目の前には小窓のついた仕切り板があり、その向こうは未だ無人である。


 やがて遠くからコツコツと軽快な足音が聞こえてきたかと思えば、何者かが両者を隔てる壁の向こうに着席したではないか。


 衣擦れするスカートの音と、柔らかなクッションに臀部でんぶが沈みこんだ音。それらが静寂の中、うつむいていた男の意識を覚醒させる。

 そして聞こえてくる遠慮がちな咳払い。


 どうやら壁向こうでも話を聞く準備が整ったようだ。


 男はタガが外れたかの如くに こうべを上げ、口火を切る。



男「夜分遅くに申し訳ありません。おぉ、神よ!」


※「ごきげんよう、良い晩ですね。あんなににぎやかだった街も、今はまるで水底みなぞこのよう」


男「かくも静かな晩だというのに、我が心臓の息苦しさときたら! とても明朝まで苦痛に持ちこたえられそうもないのです。ああ、胸が張り裂けそうだ。世の中は何と理不尽で耐えがたい苦しみに満ちていることか!」


※「ご心配なく。そんな迷える貴方の為に、アンコウ先生の『お悩み相談室』は門戸もんこを開いているのですよ。そう、いつだって!」


男「痛み入ります。闇夜にチョウチンとは正にこの事!」


※「まったく遠慮などいりません。ナイーヴな貴方を惑わす悩み事、コッソリ私がおうかがいしましょう。心の重荷を下ろしてスッキリ! 不安やストレスよ、もうサヨウナラ! 深海の暗がりに差し込む光は、常にワタクシのオデコより放たれているのですから」


男「お、オデコ?」


※「オホホホホ、こりは失敬。つまり希望とは、案外ハナ先にぶら下がっているものなのです。お話をどうぞ」


男「お話しするのは、私の破滅について。王国で随一ずいいちとまで呼ばれ、シャンゼリオン大通りに店を構えた大商人の私。オルセン・クイッドマンが文無しとなるまでの話なのです」


※「オルセン!? オルセングループと言えば業界で知らぬ者なしとまで言われた? アラ、いやだわ、とんだ有名人じゃないですか」


男「ははっ、有名ですか。恐らく、ちまたに流れている噂の半分は悪名でしょうね。品揃えは王国一だが、値段の方も王国でぶっちぎりのナンバーワン。血も涙もない悪徳商人と……」


※「でもねでもね、血も涙もない悪徳商人が破産するなんておかしな話です。実際はそこまで酷くはなかったのでしょう? ええ、きっとそう!」


男「貴方はお優しい方だ。されど、悪行においても上には上がいる。ただそれだけの話ですよ。許し難きは、あの勇者。私を破滅させた、忌まわしきゼニ・ゲバ・シュセンドウ。名前通りの銭ゲバ野郎め!」


※「勇者ゼニ? いずれ魔王オーガスティンを倒し、世界を救えるのではないかと もてはやされている英雄ではありませんか?」


男「そんなものは! 皆にチヤホヤされる為にしているいつわりの献身です。上辺だけのポーズにすぎませんよ。魔王と直接対決をすればどうせ死ぬのが判り切っているものだから、逃げ回って少しでも長く美味い汁をすすろうとしている]


※「確かに、無償の善意には裏があるものかもしれませんね(ニッコリ)」


男「(気付かず)まったくケチな野郎だ。立場を利用してもうける事しか考えてない! 奴の金回りが良いのは、魔物から奪った金銀財宝があるからです」


※「なるほど、それは元を辿れば魔物に襲われた市民の財産ということですね。訴えてもそれを返そうとはしないと。ふーん……」


男「その勇者気取りが、先週ウチに来て、薬草をあるだけ買い占めていったものだからたまりません。タダでさえ魔王との戦争が長引いて商品の仕入れが困難なのに。傷や病気を治したい人は今の世の中ゴマンと居るんです」


※「ほう、人気商品が在庫切れを起こしたのですね? 勇者のせいで! それはそれは! それでオルセン様はいったいどうなさったのですか?」


男「幸いにも、勇者が帰った後であらかじめ注文しておいた分の納品がありました。けれど、その量は微々たるもの。スズメの涙です。貴重な薬草を切らしたとなれば、ウチの沽券こけんに関わる。いや、その程度で済めばまだマシというものです。薬草を購入できない事を知った市民は、不安と怖れから店の前で暴動を起こしかねません」


※「少し大げさな気もしますが、近ごろは随分と物騒ですからねぇ。アンコウ先生も否定しきれません」


男「そうですとも。そこで、店頭に並んだ薬草を買われないよう、私は心を鬼にして値上げを決意したのです。空っぽの商品棚ほど、人々を刺激するものはありませんからね」


※「確かに、アレは焦ります。目に見える絶望という感じかしら」


男「逆に言えば『棚に商品がありさえすれば』表面上の平穏は保たれるワケです。絶望は目に映らぬ場所へ隠しておくに限る。他に打つ手など有りはしなかった」


※「はて? 商売の方はうとくて判りかねますけどぉ~。それで結局、幾らに値上げなさったのですか?」


男「その、薬草を一つ百兆ゴールドに値上げしました。これなら王侯貴族でも買えないと思いまして。仕方なく、一時的に……それもこれも、パニックを防ぐ為です」


※「オー、マイ、エビス神! まるで子どもキッズがオママゴトで決めたような値段!」


男「仕方ありません。たとえ飲み水であろうとも、砂漠の真ん中では高額なもの。需要と供給のバランス調整。それこそが商いの本質なのですから。水も薬草もまた同じ。人の命を支える物資には、本来そのくらいの価値はあるのです」


※「でも、普段はひとつ十ゴールドですよね? えーと、何倍になったのかしら? うーん、きっと……二百倍くらい?」


男「そ、そうですね。だいたいそれくらいかと……」


※「ハァ……なにやら人類の終末が近づいてきたようです」


男「やむを得ない処置だったのです! それなのに、あの勇者ゼニの奴ときたら! 図々しく戻ってきたと思ったら、今度はコウ言いやがった。『やっぱり薬草イラネーから、あるだけ売りたいんだわ。たしか下取り価格は店値の半額だったな。よし、ひとつ五十兆だ』と!」


※「あーっはっはっはっ! それがオチ!? つまん……アララ、ゴメンあそばせ。ワタクシとした事がまったくはしたない。オホン、オホンオホン! それでアナタは数千兆ゴールドの負債を抱え、敢え無く破産したと」


男「悪党とは、奴の為にあるような言葉!」


※「ん~? どうなんですかねぇ~?」


男「国王に奴の暴虐ブリを訴えても『なしのつぶて』が関の山。それもこれも魔王対策を勇者に丸投げしている負い目があるからです。善良な市民が泣き寝入りしない為にどうすべきか? 考えた末、夜分遅く此処へお邪魔したわけです」


※「此処へ? ワタクシは~、孤児院と学校と教会を経営するだけの聖職者。何千兆という大金を出すことも、悪い勇者を懲らしめることも出来ませんケドぉ? いったい全体どう致しましょう?」


男「トボケないで下さい。勇者ゼニが足しげくこの教会に通っている事は調査済み。貴方は何かしら奴の弱みをご存知のはず。さっさと魔王に挑んで、アクドイ真似は止めるよう説得して下さいよ。それで奴が死のうと、それは因果応報ってものですよ」


※「ふぅーむ、そうですねぇ~。貴方の願いは半分だけ叶えられるでしょう、多分」


男「おおっ! ありがとうございます! ……って、半分だけ?」


※「ゼニの悪評に関しては他の方からも相談されているので。彼と話し合うこと自体は承ります。でもでもでもぉ~、その結果として、貴方の商売がどうなるかまでは~ワタクシではちょっと保証しかねますぅ」


男「え? まぁ、それでも……勇者の横暴をたしなめて下さるのでしたら。では、私の用事も済みましたので、これにて失礼」


※「いえいえ~まだこれからですよぉ。貴方の懺悔ざんげが済んでいないじゃないですか」


男「へ?」


 カチャリ。

 仕切り板についた小窓が開く。

 天窓より差し込む月光の下、フードを被った女性の顔が露わになる。

 

男「おおっ、評判通り! 若く、お美しい!」


※「お上手ですこと。さぁ、もっとよく ご覧になって」


男「青く波打つ髪は、寄せては引く潮流のよう。口元のホクロもレディの魅力にあふれて、オペラ劇場の看板女優ですら敵わない! し、しかし、その、フードから伸びる触手は? 何やらウネウネと動いているようですが?」


※「あら、お目が高い! 商人の面目躍如めんもくやくじょといった所かしら。これはですねぇ、アンコウの聖なる頭巾ですの。お目目もついて可愛いでしょう? それにチョウチンアンコウですから~、頭頂部には発光器官も当然『はえている』のですわ」


男「作り物の光で誘い、油断した獲物に襲いかかる。そんな習性からアンコウを『釣り師アングラー』と呼ぶ地域もあるそうで。どうも……貴女に関する良くない評判も真実のようですね。これは、チト不味ったか」


※「洗脳とか~、催眠術とか~、心無い方はそうおっしゃいますけれど。ワタクシの『発光器官エスカ』はヨコシマな物ではございませ~ん。これぞアンコウ七つ道具のひとつでござーい」


(作者注:この物語はフィクションであり、現実の七つ道具とアンコウ七つ道具とでは、まるで異なる部位を示しています。本当はアンコウの可食部位の多さを称える言葉で『肝、皮、ヒレ、水袋(胃)、卵巣、エラ、身』の七か所ですので。テストに出た時、間違っても発光器官エスカとか書かないように。そこは食べられません)


男「いや、もう本当に帰りますので……」


※「まぁまぁ、そう言わずに。そぉーれ、しぃしぃパッパ、SEA PA-PA!」


 ぽわーん。

 差し出された発光器官の明滅を見ている内に、男はすっかり夢心地。


男「ふぅーむ、何だか気分がよくなってキタぁーー! 下らない事をイジイジ悩んでいたのがアホらしくなってきましたなぁ!」


※「そうでしょう、そうでしょう! さぁさぁ、汝の罪を告白するのです」


男「今こそ真実の懺悔ざんげをいたしましょう。真の悪党とはこの私。私がいかに卑劣な商いで私腹を肥やしていたのか! 全てを偽りなく告白します」


※「初めからそうして下さいね~。まったくもう。いくらワタクシが海のように広い心の持ち主でも『しょーもない嘘』に付き合うほど暇ではないんですからね! 何が百兆ですか、馬鹿にして! プンプン! アンコウ先生に嘘をついたらお仕置きされるって、そんなの有名な話ですよ? それとも何です、むしろ ソッチを期待していたんですか? 眠いのに付き合っているんですよ、コッチは!」


男「うへへ~い、申し訳ございません!」


※「そもそも! 命がけで薬草を森からとってきたのは誰です? それを精製して使えるようにしたのは誰? 間違いなく貴方ではないでしょう? ええ!? 物を売るなら相場はどうした? ああん?」


 小窓から伸びた発光器官がペシペシと商人の頭を叩く。


男「どうかご勘弁を~」 


※「どうせどうせ、偽勇者と悪だくみをした挙句、取り分で揉めて仲間割れでもしたのでしょう? そう! アンタはゼニが目障りなだけ! ワタクシには、みんなお見通しなんですからね!」


 ペシペシペシペシペシペシ……ドゴォ!(殴られたのは壁です、きっと)

 夜分遅く、アンコウ先生の説教はいつまでも長々と続くのでした。



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