第6話 起きたら大変なことになっていた(1)

 ダンジョンを出て、帰宅途中――。


 僕は興奮が収まらず、自然と急ぎ足になっていた。


 女性のピンチに気づき。

 ヒーローに変身し。

 颯爽と現れ。

 女性を抱きかかえ。

 オーガをワンパン。

 颯爽と立ち去る――。


「格好いい……」


 我ながら、完璧な行動にシビれる。


「今日が僕の人生のピークなんじゃないか?」


 あのシーンを脳内で何度もリピートしている撃ちに、家にたどり着く。

 一人暮らしなので、迎えてくれるのは暗い部屋だけ。


「ただいま」


 いつもなら、感じるのは虚しさだけ。

 だけど、今日は違う。


 配信者としての「ひでお」は相変わらずダメダメだった。

 でも、正義の味方としての「ダンジョンヒーロー」は、最高に気持ちよかった。


 シャワーを浴びて、さっぱりしても、火照ほてった心は落ち着かない。

 髪を乾かしながら、明日のことを考える。


「ダンジョンヒーローを続けるべきか否か……」


 まだまだ実力不足だと思っていたけど……。

 意外といけるんじゃないかな?


 考えに浸っていると、通知を知らせる音がスマホから聞こえる。

 無視したが、その後も二度、三度と通知音。

 僕はスマホの電源を落とした。


「今夜くらいは余韻に浸らせてくれよ」


 慣れないヒーローをやって疲れたのだろう。

 ベッドに横になっているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 ――翌朝。


 俯いて歩く通学路。

 なにか、違和感がある。

 いつもとは違うなにかが。


 昨日は「ダンジョンヒーロー」に変身した僕だけど、田中ひでおなかのひとは地味なモブキャラだ。

 幼馴染み(男)が一人いるだけで、友だちはほとんどいないし、教室ではほとんどしゃべらない。

 もちろん、彼女なんて手の届かない存在だ。

 同じクラスの半分くらいは僕の名前を知らないんじゃないかな。

 それくらい印象が薄いのが僕だ。


 だが、首筋がチリチリとむず痒い。


 ふと、顔を上げる。

 視線を感じる。

 そちらに顔を向けると、顔をそらされる。


 なんだろう?


 よく分からないけど、そんなことを何度か繰り返すうちに校門にたどり着いた。

 校内に入ると視線はより増えたような気がする。


 いったい、なにが?


 ますます首をかしげつつ、教室に入る。


「おはよ」

「おっ、朝からシケたツラだな」


 幼馴染みの仲間佑なかまたすく

 小学校からの腐れ縁で、それは高校になっても切れるどころか、より強くなり、教室の座席も僕の前。

 多少強引なところもあるけど、悪い奴じゃない。


「ああ、まあね」

「やっぱ、まだ、気づいてねえんだな。まあ、ひでおらしいっちゃひでおらしいな」

「なんだよ?」


 不審に思う僕の顔を見て、佑がニヤニヤと笑う。


「昨日の配信、アーカイブで観たぜ」

「ああ……」


 代わり映えのない過疎配信。

 アーカイブはいつも再生回数1桁。

 飽きずに観てくれるのは、佑くらいだ。


「いつも通りだったでしょ。最大同接3人だよ」

「それがいつも通りじゃないんだよな」

「そんなわけないだろ」


 にやけ顔の佑の言葉を、僕は一蹴する。


「なに、もったいつけてるんだよ。僕のチャンネルなんてお前くらいしか観てないの

知ってるだろ」

「そうじゃないんだよな」


 佑が同じ言葉を繰り返す。

 それで少し気になった。

 コイツはおちゃらけることはあっても、こういうふざけ方はしない。


「昨日は家に帰って、スマホの電源切って眠りに落ちた。そんなところだろ?」

「あの通知は佑だったのか。ゴメン」


 佑だって確認したら、ちゃんと返事していた。


「今もスマホの電源落としたままだろ?」

「うん」


 本当に、嫌になるくらい、僕のことをよく分かっている。


「電源入れてみろよ」

「ん??」


 「だから、なんだ」と思うが、佑の言葉に従ってみると――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『起きたら大変なことになっていた(2)』


   ◇◆◇◆◇◆◇


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