鉄道短編集「鉄道のある場所」

RAN

新幹線飯

 やっと終わった出張の帰り。

 俺は解放感から、ちょっと奮発して高い弁当を買い、好きな酒を買って、帰りの新幹線に乗り込んでいた。

 新幹線に乗った瞬間に、立ち込める匂いに気づいた。

 これは、551の肉まんの匂いだ!

 誰だ、この新幹線という密室に551を持ち込んだのは。

 落ち着け、俺。

 とりあえず自分の席へ座ろう。

 俺にだって、これがあるんだ。

 ちらりと自分の手にある駅弁と酒の入った袋を見て、気持ちを落ち着ける。

 席に座ると、さらに匂いが強くなった。

 近くにいるのか!

 もう俺は落ち着けなくなった。

 この匂いのせいで、食べるものが全て551になってしまう。

 相手が立ち去るか、その551をなくすかしてくれないと、俺は安心して食事がとれない。

 すると、前の席の人物が立った。

 すっかり気が立っている俺は、動いた人物を目で追っていた。

「先輩?」

 その人物から、声をかけられる。

 こんな所で、先輩と声をかけられるような覚えはないが、誰だろう?

 顔を確認してみると、それは見覚えのある顔だった。

「あぁ、お前か!」

 それは、職場の後輩だった。

「先輩こんなところで何してるんですか?」

「出張だよ。お前こそどうしたんだよ?」

「俺休みなんで、旅行に行ってたんですよー」

 そう言うと、後輩は俺の隣に座ろうとした。

 だが、すぐにア!と思い出したように声を上げて立ち上がった。

「俺トイレ行くつもりでした!」

 俺は、早く行けと苦笑いしながら手を振った。

 後輩は、あははと笑いながら立ち去った。

 俺は、弁当に手をつけるかどうしようか迷っていると、後輩がまた戻ってきた。

「先輩も弁当食べるんですか? 一緒に食べませんか?」

 言うと、後輩は返事を待たずに前の席をくるりと返した。

 くるりと返した席に、俺は信じられないものを見つけた。

「551はお前だったのか!」

 思わず大きな声を出してしまった。

 すぐに気づき、大きく咳ばらいをしてごまかす。

 後輩はへへっと笑って、座りながらそれを膝の上に乗せた。

「我慢できなかったんですよねー。飯テロになるとはわかってたんですけど」

 後輩は、嬉しそうに包みを開けた。

 出てきたのは、湯気のあがる大きい肉まんだった。

 見るからに皮の弾力があり、中身がぎっしりつまっていそうだ。

 俺だって負けていられない。

 渾身の思いをこめて弁当を一つ選んだのだ。

 俺も、勢いこんで弁当を開く。

「先輩のもおいしそうですねー!」

 後輩は屈託なく笑って言った。

 こいつはこういう奴だ。

 だから、どこか憎めないし、親しみが持てる。

「先輩、俺の肉まん少し食べますか?」

「えっ、いいのか?!」

 俺は思わず驚いてしまっていた。

 そんなに物欲しそうな顔をしていただろうか、と少し恥ずかしくもなった。

「その代わり、先輩のも何かください」

 後輩は屈託なく笑って言った。

 俺はその様子に、笑みがこぼれた。

「じゃあ、俺の赤福分けてやるよ」

 俺は、横にあった赤福の箱を指さした。

 後輩は、目を輝かせる。

「やったー! 楽しみだなぁ。はい、先輩どうぞ!」

 言いながら、後輩は肉まんを一個そのまま渡してきた。

「お、一個くれるのか?」

 俺は顔が緩むのを感じながら、ほかほかと湯気のあがる肉まんを受け取った。

「何だか食べた過ぎて六個入り買ったんですけど、思えば六個も一人で食べられないですよね。結構大きいし」

「あと五個は食べるのか……」

 俺のつぶやきは聞こえないかのように、後輩は意気揚々と肉まんをほうばり始めた。

 俺もそれを見て、自分の弁当に手をつけ始めた。

 互いに、同じぐらいに食べ終わり、俺は弁当を片付けると、赤福の包みを開けた。

 開けると、そこには見慣れた黒く輝く粒たちがいた。

 後輩も、それを見て目を輝かせている。

「ほら、肉まんの例に二個食べていいぞ」

 俺は、赤福についている和菓子切を後輩に渡した。

「いいんですか?! やったー!!」

 子どものように喜んで、さっそく一つ取った。

 俺は弁当についていた箸で取る。

 同時に口に入れ、同時に深くため息をついた。

 この味なんだよなぁ。

 何回食べても、うまいものはうまい。

「知ってるか? 店舗に行くと夏限定で赤福氷っていう赤福の入ったかき氷が食べられるんだ」

「へー! 聞いただけでおいしそうですね!」

「抹茶密がかかって、うまいらしいんだよなぁ」

 俺は、まだ見ぬ味を夢想する。

 次は、三重に行きたいものだ。

 ぜひとも本店で、その味を確かめたい。

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