第二十八話 ガールズコレクション一六一〇


 長崎で被害を受けた住民には、十分な補償をする事となった。町は豊臣の資金援助で再建され、すぐに復興した。

 

「太郎兵衛」

「はい」

「イギリスとの商談は進んでいるのか?」

「はい、あちらも一度殿には、お目にかかりたいと申しております」

「そうか」


 イギリス人商人との面談で、船、とりわけ軍船の技術者を紹介してほしいと、おれは持ち掛けた。かの国の進んだ造船技術を、ぜひ日本に取り入れたいのだ。商人は喜んで協力すると約束をしてくれた。

 

 その後、イギリスの商人から、様々な情報が得られた。長崎でスペインとポルトガル軍が、日本の組織だった軍勢から手痛い敗北を期したと話が伝わり、ヨーロッパのキリスト教国は日本を植民地化出来ないだろうと考え始めているとのことだった。日本の豊臣秀矩という為政者には、宣教師が侵攻の先兵だとの認識もあるようだと。




 スペインはたった百数十人の兵隊と十数丁の鉄砲で八万もの兵隊を有するインカ帝国を滅ぼしたようです。

 スペイン軍がやって来たとき、インカ帝国は内戦や中央アメリカから広まった天然痘の影響でかなり弱体化していた。スペイン隊の兵力は、わずか百六十八名の兵士ではあるが、すでに鉄砲の戦いを経験し、さまざまな戦術を身につけていた。対するインカ軍は敵を圧倒する大人数の兵士での戦闘が伝統的な戦法であった。

 最初の交戦前には、内戦に勝利した八万人の兵を従える皇帝アタワルパとの会見をするが、なぜか皇帝は少数の供しか連れていなかった。スペイン隊のフランシスコ・ピサロは通訳を通し、皇帝には服従とキリスト教への改宗とを要求した。ハプスブルク家の皇帝であり、神聖ローマ皇帝、ドイツ王、スペイン王などを兼ねヨーロッパ最大の勢力を有して、アメリカ大陸の征服など、その領土は全世界に及んでいるカルロス一世への服従であると。しかし拙い通訳のため皇帝アタワルパは困惑し、更に質問を試みる。だがこれにスペイン人たちは苛立ち、皇帝の随行者を倒すと、皇帝アタワルパを人質として捕らえてしまった。

 人質となった皇帝アタワルパはスペイン人たちに、幽閉されている大部屋一杯分の金と二杯分の銀を提供の申し出た。しかしピサロはこの身代金提出が実現しても約束を破り、皇帝は無慈悲に処刑されてしまう。

 インカ帝国の後継者たちはスペイン人たちへの襲撃や反乱を続けたが、伝染病が更なる壊滅的な打撃を与えた。人口は減少し、インカ帝国最後の要塞が征服されると、皇帝も捕らえられて処刑された。ここにインカ帝国のスペインによる征服への抵抗は完全に終結した。


 しかしその後スペイン人達がやって来たのは、未開な東洋の小国だと思われていた島国である。ここもさっさとかたずけて世界制覇の仕上げとしようではないかと。だがその刀を腰に差したサムライの国日本は、インカ帝国とは状況が全く異なっていた。

 二丁の火縄銃をポルトガルの商人から買うと、すぐに模倣が始まり、やがて量産体制に入っていった。このような日本の状況を欧米人は全く理解していなかった。自分達が理解出来ることしか見ていなかったと言っていいだろう。長崎の戦闘で痛い目を見るまでは。

 今回の戦では、幸長の鉄砲隊だけ先行して大阪を出立させてあったことから間に合った。もちろんおれはすぐ仁吉に成果を連絡をして、新式銃の更なる改良を指示したのだった。





 ここは穏やかな海からの潮風がかすかに感じられる港で、日はすでに落ちた夕刻である。


「佐助、準備はいいか?」

「はい、スカートはもう作りすぎなくらいです」

「そうか」


 ガールズコレクション一六一〇が長崎で開催されたのだ。

 長崎の港町復興を祝って、盛大なものとなった。


「佐助のセンスは大したものよ」


 トキが断言した。


「扇子?」

「扇子じゃなくって、センス、趣味が良いって意味よ」

「ガールズコレクションは女の子たちの服装を見てもらう催しだってのは分かったけど、じゃあ一六一〇ってなに?」


 それにはおれが答えた。


「西暦なんだけど、未来と繋がる記号みたいな感じで後ろに付けたんだ」

「未来と言うのはまだ良く分からないけど、でざーととか、けーきが食べられる里で、良い意味なんですね」

「はっはっはっ、もちろんだ」


 佐助とトキは上手くいっているようで何よりだ。そしてショーは歌舞伎座のメンバー総出となった。それに加え、佐助やトキ、さらにはお国までもがウォーキングに参加して、三味線からお囃子までそろった華やかなものとなる。特にスカートは皆の話題となっている。もちろんトキが未来のファッションを佐助に教えているんだろう。


「皆髪を下ろせよ」

「えっ、結わないんですか?」

「そうだ。


 停泊させた弁才船(べざいせん)を背景にして港の遊歩道を着飾った女子たちが潮風に髪をなびかせて歩くのだ。弁才船は安土桃山時代から明治にかけて日本での国内海運に広く使われた大型木造帆船である。

 だが、おれの言う髪を下ろして自然になびかせろとの注文に皆戸惑っている。それどころか、


「髪を振り乱して外を歩くなんて、まるで狂女ではないですか」


 そのように髪を結わないまま人前に出るのはどうしても嫌だと、抵抗を示す者が少なからず居る。仕方がないので茶の湯の席を設けて、髪を結ってそちらに配置する者とを分けた。ただし全て屋外である。

 これには面白い話がある。当日茶の湯の席から髪を下ろした女たちの優雅に歩く姿を見た女たちの感想で、次からは私たちも髪を下ろして参加したいと言ってきたのであった。


「六郎、用意はいいか」

「はい、いつでも仰って下さい」


 六郎には手筒花火を打ち上げてもらう。そのためにガールズコレクションは夕方から始める事にしてあったのだ。派手な火の粉が噴き出るからクライマックスの演出に最適だろう。湾岸沿いには薪能の趣向も凝らして雰囲気を盛り上げる。港に沿った遊歩道を能舞台として、周囲に大きな松明を幾つも並べてかがり火とするから、辺りは幻想的な雰囲気になっている。能演者の後ろから、華やかに着飾った女たちが笑みを浮かべて歩いて行くのである。打ち合わせ通りに両手でつかみ上げて翻るスカートは、見る者たち皆の注目を集めた。ただし足元は草履や下駄である。おれの目には何とも奇妙に映ったが、この時代の者にはどうであったろうか。


 このガールズコレクションは前もって大いに宣伝してあったから、イギリスの商人も多数来場しているのだが、日本情緒満点な会場セッティングの上に佐助のファッションの新しさ、奇抜さに目を奪われ、すぐにも商談がまとまりそうな勢いであった。ミニスカートはさすがにまだ早いと、ロングを選んでいた。

 それでも、とにかくヨーロッパよりも斬新で、先進的なデザインが評判となり、信じられない出来事だとの噂が広まっていくことになる。


 このショーの成果に満足したおれは、さらに翌年、大阪でもガールズコレクションを開催することにした。商談はすべて太郎兵衛に任せてある。


「殿」

「トキ、どうした?」

「太郎兵衛様より、ショーを見たイギリスの商人達から、今年は多数の商談を受けているとの事です」


 スカートのサンプルを買いイギリスに持ち帰った商人達は、本国での反響に驚き、さらに商談を進めたいと翌年に言ってきたのだった。


 おれはファッションの商談もさることながら、かねてより頼んでいた、造船に関するイギリス人技術者の紹介はどうなっているのかと聞いた。

 イギリスに技術指導を仰ぎ、造船技術を学ばせる必要がどうしてもある。今は帆船の時代で、原動力はいずれ蒸気機関になるのだが、まだまだそれは先の話だ。


 いずれにせよ、今の日本は外国文化の長所をどんどん取り入れなければ将来が危うい。黒船がやって来てからあたふたするなどという事態は避けたいのだ。特に造船所建設に関しては、外国から買った軍艦を自国で修理する必要性もあり、ぜひとも建てなければならない。そのことを太郎兵衛には強く言っておいた。





 同じこの一六一〇年、ロンドン東インド会社が日本の肥前国平戸に商館をおき、通商を始めたと太郎兵衛より連絡が入る。


「あれ、トキ、平戸で東インド会社が通商を始めたのは確か一六一三年以降ではなかったか?」

「早まったようね」

「そうか、名前も少し違ってきているな」


 名称はロンドンでなくイギリス東インド会社のはずなのだ。やはり歴史は変わってきている。おれ豊臣秀矩の出現が、驚くことに外国にまで影響を与え始めたのか。という事は未来を知っているというおれの優位性も少しづつ薄れて行く。だとすると逆に思い込みは危険だな。もしこの先鎖国などと言う事をしなかった場合はどんな未来になるのか、おれの全く知らない世界ではないか。

 イギリス人商人を相手にしていると、おれは日本もアジアに進出するべきではないかと考え、人材を探すようになっていた。

 そんな折ふと、遠州で共に戦い、すさまじい活躍をした毛利勝永の子、毛利勝家が南蛮貿易に興味を持っているという話を小耳にはさんだ。史実でも毛利勝家は大阪の陣で奮戦し、父勝永が惜しきものよと口走るほどであったという逸材のようだ。


「幸村」

「はい」

「毛利勝家という者を召し抱えられないか」

「毛利勝家ですか?」

「そうだ」


 まだ十代の若者なのだから、その気があるのなら、アジアに活躍の場を提供出来ないかと考えたのだ。

 勝永からはすぐ返事があり、そのような事でしたら、息子の勝家をよろしくお願いしたいとのことだった。

 




「勝家」

「はい」

「そなた、長崎に行ってはくれないか」

「長崎で御座いますか?」


 勝家はおれを正面から見据えた。この若さで何事にも動じない強さを内に秘めているようだ。


「太郎兵衛という者の元で、働いてもらいたいのだが、どうだ?」

「分かりました」

「ただし、刀は預からせてもらうぞ」

「…………」


 太郎兵衛の元で修行をさせようと思ったのだが、それは侍を一時でも捨てる覚悟がいる。その事を言って聞かせると、さすがに見込んだだけの事はあった。

 即座に刀をおれの前に差し出し、仰せに従いますと申し出て、長崎に向かい出立したのだった。

 トキが連れて行きましょうかと言ってきたが、歩いて行かせることにした。勝家はこれから商人になるんだ。大阪から長崎までの道のりは、情報の宝庫ではないか。トキは時空の泡に人を包み移動させているようなのだ。徳川殿との戦でもおれを転送して危機から救ってくれた。瞬時の事なのでもちろん泡などは見えないし、泡の大きさがどの程度なのかも分からない。


 ニュートンは、この宇宙の時空は絶対的なものであるとした。その時空では、空間は物理現象が起きる入れ物で、時間はそれとは独立した宇宙のどこでも一様に刻まれるものであると。しかしアインシュタインの相対性理論により、この宇宙観は一変した。特殊相対性理論では、(相対)速度が光速に近い場合はニュートン的な時空ではなく、時間と空間が入り混じることを示した。


「トキ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「なあに?」

「時空移動って軍隊とか大勢の人間も送れるの?」


 軍隊が包めるほどなら大したものだが、さすがにそれは無理だろう。


「出来ない事はないけど、それはやらない方が良いと思うわ」

「なぜ?」

「時空移動は本来自然ではないの」

「…………」

「大勢の人を移動させたらその世界にどんな影響を及ぼすか分からないからよ」


 リスクが有りすぎるという訳だ。それに自然でないというのなら、あまり頻繁に頼むのもよくないのか。


「じゃあ一人とか二人はどうなんだ?」

「影響はあるけど転送しなかった時とは比べられないから判断が難しいわね」

「少しの変化はあるという訳だ」

「そうね、だから軍隊の時空移動なんて、結果が想像も出来ないわ」


 もちろん最初は少しでも、時間が経つにつれてその差が大きなものになる事は、おれの転生が外国にまで影響を与えていることではっきりしている。

 まして何千何万という人間が超現象を経験したとすれば、その影響は計り知れないという訳だ。





 スペインとポルトガルの軍を敗退させ、暫く平安は保たれていた。

 だがまだキリスト教の普及を企てる、宣教師達の問題が残っている。キリスト教そのものはともかく、その後を見据えたキリスト教国の策略が問題なのだ。日本を植民地などにしてはならない。

 それには彼らと対等に戦える軍備と人材、システムが必要なのだ。力の無い国が、侵略してくる欧米を批判するだけでは話にならない。ボクシングで相手が強く殴りすぎると批判するようなものだ。対等の力で殴り合うのが現代の国際ルールなら、一方的に弱い者を攻撃して屈服させるのがこの時代のやり方なのだ。


 だいたいポルトガル国王が日本人の売買禁止令を発布しているって、それだけで十分上から目線だろう。日本の国会で、ポルトガル人の売買を禁止するなんて発表しているようなものだ。

 軍備は国内の経済を発達させ、物流を活発にすることでいずれ解決出来る。問題は人材で、すぐには育てられないということだ。勝家のような者がもっといる。

 そんな事を考えていた年の暮れだった。


「殿!」


 幸村がバタバタと走り込んで来た。


「どうしたのだ、幸村、騒々しいぞ」

「江戸で大火だそうで御座います」

「なに」


 すでに火は消えているのだが、江戸庶民の殆どが焼け出されているとの情報であった。江戸城も焼け落ち、辺り一面焼け野が原となっているというのだ。しかもその惨状を見て一儲け企んでいる者が居るとのこと。


「誰だそれは」

「一握りの商人が材木を買いあさっているいる為、建築資材が高騰しているという事で御座います」

「その者どもを探し出せ!」


 ふざけていると、おれは意気込んで言った。


「殿」

「ん?」

「探し出してどうなさるおつもりでしょうか?」


 太郎兵衛が材木の話になると冷静に聞いてきた。


「このままでは庶民が困るだろう。その者どもを何とかせねば」

「その商人達が材木を買いあさるのは才覚で御座います」

「…………!」

「権力で商人を抑えつけてはなりません」


 太郎兵衛は言い切った。


「ではどうすれば……」

「殿がその資材を買い上げればよろしいと存じます」

「しかし――」

「その者達は八方手を尽くして集めて来たのでしょう。だとしたらご苦労だったと声を掛けて言い値で買えば、彼らも喜ぶと存じます」

「なるほど、そうか、分かった」


 おれは江戸の火事がたびたび起こっているのが気になった。それも一たび火が付けば江戸の街を焼き尽くす大火になるのだ。何とかならないのかと考えた。江戸城の主となってる真田信之に防火対策を考えた街造りを命じた。道を碁盤の目にして間隔を十分開け、火に強い常緑の木を道沿いに植えるのだ。これで完全に火の粉を防げるとは思わないが、何も対策をしないで、また密集した家屋が立ち並ぶよりはましだ。

 しかしその後、さらに大事件が起きる。


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