ハーミット ~隠者の伝言は魔法書の中に~

紅葉 流

00【プロローグ】

凄まじい爆風は国のすべてを飲み込んだ。

一部の建物は半壊または全壊し、多くの負傷者は避難先にある病院へ次々と運ばれていった。どこかでこの状況に耐えられずに泣き出した子供の声が響き渡っている。幸いなことに死人が出なかったことだけが救いだ。



 それは数時間前にさかのぼる。何の予兆もなく突如として起こった出来事だった。



何てことのない、深夜の日常に現れた異常。

星が一つも見えない分厚い雲に覆われた夜空を二分するようにして現れたのは燦然さんぜんと輝く真っ白な光だった。光は音もなく突如として姿を現すとあっという間に世界を白く染め上げ、人々の視界を奪い去っていく。何も見えない真っ白な世界。しかし、それも一瞬のうちに終わりを告げ、新たな事象が発生した。



視界がいつもの世界に戻ると同時に大爆発が起こったのだ。


一気に爆風が流れ込んでくる。

目撃した多くの人々は短時間で起きた出来事に脳が追いつかず、情報を上手く処理することが出来ていなかった。ただ、大爆発による爆音と爆風で、正しく理解出来ていなくとも"何か危険なことが起きた"のだと認識した人から、魔法が解けたように騒ぎ出す。

魔力を持つ者は爆風から人々を護るため魔法障壁を展開していった。爆風から逃れようと物陰に逃げる者、逃げ遅れ吹き飛ばされる者、誰かを呼ぶ者、人々を護ろうとする者。



そんな喧噪けんそうの中で、誰かが恐々きょうきょうと声を震わせながらぽつりと呟いた。「これは悪魔のお告げだ。」と。



銀髪の男性は近くからその言葉が耳に入ると目線だけでそちらを見る。が、すぐに大爆発が起きた先を見据えた。彼もまた半円状の魔法障壁を展開し飛んでくる瓦礫がれきから人々を護りながら、険しい顔つきでじっと睨みつけていた。彼にはあの光が隕石の如く落下し地面に衝突すると、まさに雲集霧散うんしゅうむさんのように光が四方に飛び散るさまがスローモーションのように視えていたのだ。


大きな光が落ちた場所から彼のところまで走って3日間はかかるだろう。光源はすでに沈黙しているが、衝突した衝撃であちこちに散らばった火の粉のようなものが辺りを照らしている。彼はその正体を正しく理解していた。あれは魔法陣の残骸だ。




「ラヴァエル様!!ここにいらしたのですか…通信も繋がらずとても探しましたよ!」


しばらくして爆風が収まったあと、彼――ラヴァエルを見つけた専属護衛せんぞくごえいは息を切らせながら走ってきた。その必死な形相がかなり焦っていたことを物語っていた。


「敵の侵攻しんこうかもしれませんから早く安全な場所に移動を……。」



光が見えた瞬間、専属護衛を置いて、いち早く街の住民の元へ駆けつけてきてしまったことをラヴァエルは少しだけ申し訳ないと思いながらも、淡然とした口調ではっきりと否定する。



「いや、その必要はない。お前はまず住民の避難を優先させろ。私はここに残る。」


「し、しかし…!ラヴァエル様に何かあればそれは国の一大事と同義です……!」


「必要ないと言っているだろう。私は死なない。わかったならさっさと行け。」



有無を言わせぬその断固とした態度に専属護衛は渋々引き下がると、「絶対に帰ってきてください。」と言い持ち場へと足を向けた。


ラヴァエルもまた辺りをぐるりと見渡し、方向を定めると確かな足取りで歩き出した。行くべき場所はなんとなくわかっていた。飛び散った光の中に、己の魔力と強く共鳴し「此処ここにいると」主張する存在を3か所から感じていたのだ。



大爆発の影響か、その共鳴が断続的に途切れてしまうのだ。すでに、光源付近にあった強い存在は弱まりつつある。そこに辿り着く頃には間に合いそうにないが、しかしもう一つ彼から近い場所の存在はまだ猶予があった。


石畳の街中を走り抜けると、半壊した図書館の路地裏に入る。

そこから入り組んだ道の先にある小さな広場へと出た。此処ここは発展途上だった当時、よく使われていた集会広場だったが、街の開発に伴い今では殆ど使われなくなった場所だ。


途切れ途切れの共鳴が示している場所はこの辺りだ。歩みを進めるラヴァエルの視界に入ったのは、中央にある古びた噴水の傍で小さな身体が蹲っている姿だった。

肩が激しく上下しており息遣いが荒くなっている。彼はそれを見て弾かれたように全力で駆け寄っていった。彼の気配に気づきわずかに顔を上げたのは長い黒髪の女性だった。


「あなたは……!じ、時間がないんですっ!!」


彼女は彼に気が付くと縋るように叫んだ。

全身ぼろぼろだった。片目は潰れ、片腕は恐らく骨折、あちこちからの出血が酷い。身体や声は小刻みに震え、自分自身でコントロールするのが難しい状態であった。


それでも彼女は必死に立ち上ろうと足に力を込めるが上手くいかない。ラヴァエルは彼女に肩を貸し、噴水のふちにもたれ掛けさせた。


ラヴァエルがポケットから瓶を取り出し治療を施そうとするが、彼女はそれを制止し震える手で懐から出した白い魔石を彼の胸へと押し付ける。彼が反射的に受け取ったのを見て安心したように、金色の瞳が微かに微笑んだ。




「……出会えて、よかっ、た……。どか、どうか、こ、これを受け、とって、く、ください……。そし、そして、我々は、皆に心から、謝罪します…………。」


「どうして君がここに居るんだ!?」



ラヴァエルが彼女に何かを話す間もなく、彼女から出た光はどんどん輝度を上げていく。

彼女も一瞬戸惑い、驚いた表情を見せたがすぐに何かを悟ったように穏やかな顔をラヴァエルに向けた。


「待て!まだ君に聞きたいことがあるんだ!」


強い光は強さを増し彼の視界を奪い、白い世界へと飲み込んでいった。




光の中、最後にラヴァエルの耳に届いたのは、「やり遂げたよ。」という彼女の優しい声だった―――。

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