第10話 夫人の一日

「奥方様、もう少し優しく拭いて下さい!」


今日もリンの悲鳴が館に響き渡る。

レヴィン伯爵家にやってきて数ヶ月が経っていた。


働かずもの食うべからず。


そんな家訓はないのだが、身体を動かす事が好きな私は、リンと共に窓拭きをしている。


世の貴族夫人達は、なんの刺激もない生活を送ってさぞ暇に嘆くのではないのかと思うほど、やる事が見当たらないのだ。


「奥方様、割れます……窓が割れます」

「ああ、優しくだな」


私が窓を撫でると、まるで吸い付くように滑らかに滑っていく。

我ながらいい仕事ではないか?


そんな一日の始まりを終えると、私は中庭に出て木刀を振るう。


剣術の鍛錬など久しぶりだ。

もう何年もやっていないというのに体は覚えているようで、型をなぞるように木刀を振るう事ができていた。


「やはり身体に染み付いたものは、忘れないものだな」


そう呟くと、横薙ぎに振った木刀をゆっくりと止める。

汗が額を伝うのを感じながら、再び型通りに木刀を振り始める。


それを繰り返していた時、視線を感じて顔を上げると、窓からこちらを見る青年がいる事に気がいた。


レヴィンだ。


彼は何とも言えない表情をしていた。

だが、私と目が合うといつもの和やかな笑顔に変わる。

そして、手を振って立ち去って行った。


「なんだったのだ?」


そう呟きつつも、素振りを再開する。


やがて、夜になり彼との夕食を終えると自室へと戻った。


「今日も来ないか」


いつか開かれるかもと期待した扉は今日も静寂を守っている。


「これが夫婦なのか?」


毎日一緒に夕食を食べるだけで、他愛のない会話を交わすだけの生活。


そんな生活など想像もしていなかった。

思えば婚姻もまだ済ませていないのだ。


私の態度が悪かったのかもしれない。

第一印象があれだったのだ。


「ふぅ」


気づけば今日もまた紫煙を燻らせていた。

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