第1話 田舎から出て来た猫の魔族

 この世界には五つの大陸がある。中央のセントレア大陸。その大陸を囲む様に北西、北東、南西、南東に大陸が存在している。

 南西に位置するノーズ大陸。外周をぐるりと山脈に囲われており、中央に大きな湖がある。

 大小いつくもの村や街、都市が存在している。そしてこの大陸には魔族が住んでいる。


 ここはノーズ大陸の北側にあるシュプトルという都市。この地域の領主の執務室から物語は始まる。


——トントン


 ノックの音が狭い執務室に響く。

「入れ」

 部屋の主である領主が低い声で返事する。


——ギィィ


 鈍い音をたて扉が開く。

 獣耳に灰色の毛並み……そして同色の髪の毛……それは肩にかからないくらいで乱雑に切り揃えられている。

 瞳孔が縦の青い大きな瞳。ピンク色の小さな鼻。そして頬から映える六本の髭。

 扉から入って来たのは猫の獣人と見間違えるほどの魔族の女性だった。

 年の頃は二十代前半くらいだろうか。


「獣王の家系か?」

 領主に尋ねられた女性は短く一言だけ答える。

「ニャー」

 領主は口の端を持ち上げニヤリとした。

「やはりな。今時そこまで獣化しているのは珍しい」


 田舎から出て来て右も左も分からないまま街を歩いていたら、声をかけられた。そしてホイホイ付いて行ったら大きなお屋敷に着いて、ここで働くための面接を受けることになってしまった。

 普通そんなにホイホイ付いて行くか? と思うが付いて行ってしまったのだ仕方がない。だって声をかけて来た人は身なりがすごく整っていたし、優しい顔で「お困りですか?」と紳士的に声をかけてきたのだ。

 勢いだけで都会に来てどうすれば良いか困ってた時にだ。そりゃ「困ってます」と返事するよ。そして付いて行くよ。

 しかし話を聞くところによると、このお屋敷の主人の付き人の仕事らしいし給料は良いらしいので万事OKだ。


 あとは領主が雇い入れるか決めるからと、最後にこの部屋に通されたのである。

 そして第一声目があれである。獣王? 何のことか分からない。

 昔から「ニャー」と呟く癖がある。今回はそれが肯定の返事と受け取られてしまった。


 領主は椅子から立ち上がるとこちらへ歩み寄って来た。観察しながらぐるりと私の周りを回る。

「足はだいぶ猫寄りだな。肉球はあるのか? 爪は?」

「ニャー……あっ、はいあります」

「そうか。手を見せてくれ」

「えっ、あ、はい」

 いきなりジロジロ見られてちょっと気持ち悪いが給料が良いのだ。手くらいなら見せよう。

 おずおずと右手を差し出す。


 私の手に顔を近づけマジマジと見てくる。

「手は人寄りなのか……表の方は?」

 手でもマジマジと見られるとちょっと恥ずかしい。私は乙女なのだよ。

 言われるままに手のひらを上にする。

「うむ、手には爪も肉球はないのか……普段は二足で歩いているのか?」

「長時間歩く時は杖を使いますけど……ちょっとだけなら二足で歩きます」

「なら走る時は?」

「走る時も二足で……ただ本気で走る時は補助的に手を使いますけど……

あのもう手、良いですか……」

「あぁ、すまない。大丈夫だよ」

 ようやく手を引っ込める。


「こっちの耳は聞こえているのか?」

「ちゃんと聞こえてます」

「人間の耳はどうなっているんだ?」

「ちょっとデコってしているくらいで、耳の形もしていないですし、機能もしていないです。」


「さすが獣王の系譜だな」

 領主が感心するように頷いた。

「あの……ちょっと聞きにくいんですが……獣王って何ですか?」

 威厳たっぷりの厳つめの顔が驚愕の表情を浮かべる。

 この時の顔を私は一生忘れられないだろう。

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