第二章 荒れるスラムで成り上がれ

34.スラムの朝は騒々しい

すっと目が開き、視界に入るのはいつもの天井だ。


良い目覚めだ。疲労もすっかり抜けているし、安眠ドラゴン抱き枕の効果は絶大だな。

さて、ジーナは……と確認すると、俺の腕の中に納まっていた。


「んみぃ……だんなしゃま……」


俺の身体に涎を垂らしておるわ。

美少女だから許されるんだぞこいつめ。


「んみ……」


鼻を摘まんでも美少女だから可愛い。

世界は平等ではないということを如実に思い知らされるな……。


それはさておき……なぜ俺の衣服は切り裂かれて散らばっているのだろうか。

おパンツまでずりさげられてレイプ後みたいになっちまってるんだが?

俺襲われたの? ねぇこれ俺襲われちゃったの?

スラムの宿で寝たら襲われるのはエッチなゲームの定番イベントだけどさぁ……。


ふん、まぁいいさ。

俺には間違いなど起きようはずもない。なんせ不能だしな!

……ウン、自分で言ってて悲しくなってきたな……。


パンツを履き直し、ベッドから出て軽く伸びをする。

窓の外を見ると夜が明けた頃だった。街の稜線から、人口太陽が顔を出すところが伺える。

窓を開けて新鮮な空気を吸う。スラム特有の腐った匂いがした。窓を閉じる。


完全に窓を閉じようとしたところで、外から鉄を打ち合うような音が聞こえてきた。

発生方向に目を遣ると…………いかん。

俺はパンイチのまま窓から飛び出した。


クリーチャーたちに襲われている、襤褸切れの外套を着た少女の姿を見つけたのだ。




***




「よくもこのエギンヴァラファミリーに手ェ出しやがったなクソガキが! ぶち犯してやる!」

「いいや! ロディが死んじまった! このガキは殺してやらなきゃ気が済まねぇ!」

「先に手を出してきたのはそっちだろうが……」

「黙りやがれ! 野郎ども、この生意気なガキに身の程を教えてやれ!」


野郎どもはもういない。

なぜなら俺が全員ぶっ飛ばしたからだ。


「なっ……! なんだテメェこの変態野郎が!?」

「俺の部下がっ!? テメェっおぶぅげろっ!」

「ぼげっ!」


パンチ! パンチ! キック! 金的っ! 悪党は滅び去った。

ふぅーっ、朝から良い運動させんなよな。


「……亭主。なぜそんな恰好をしているんだ……」


なぜって、それはお嬢様にも聞きたいところだな。

そんな傷だらけになって、一体どうしたっていうんだ?

返答次第じゃこいつらは死んでもらうが。


「私がこんな雑魚どもに苦戦するわけないだろう……。これは迷宮でできた傷だ」


お嬢様の右腕には大きな切り傷があった。

利き腕に傷を抱えて、よくもまぁ迷宮から帰ってこれたものだ。

どうでもいいクリーチャーは道の脇に放り捨てて、俺はレーヴェを抱え上げた。


「自分の足で歩けるっ! 降ろしてくれっ!」


そうはいかんな。お前は怪我人だ。

おとなしく運ばれておけ。


「っ……」


強めの口調で言い放つと、お嬢様は何も言わなくなった。

気が強いのも困りものだ。

本当に辛い時にも平気なように振舞ってしまうのだから。



お嬢様の部屋へやってきた。マスターキーで合法的に突入だ。

……もう半年も同じ部屋で生活しているが、全く綺麗なものだな。

私物の類が全くと言っていいほどない。女の子のお部屋には可愛いぬいぐるみの一つくらいあっても良いと思うのだが。

今度プレゼントしてあげよう。


とりあえずお嬢様をベッドに横たわらせ、外套を脱がせて怪我の様子を見る。

右腕は酷いものだ。結構バッサリいってる上に、そのまま酷使したもんだから化膿しかけていた。

結構な重症である。まぁファンタジーな世界だからすぐに治るけど。

インベントリから上級ポーションを取り出して、患部に振りかけてやった。


「んあっ……!」


ええ反応しますねお嬢様。百点あげちゃう。

瞬く間に傷口が塞がっていき、数秒後には完治していった。都合の良い世界でなによりだ。

お嬢様の綺麗なお肌が傷物にならずに済んでよかったぜ。


「また、貴重なものを……。どうして一介の宿屋の亭主が、そんな高級ポーションを持ってるんだ……」


どうしてと言われてもなぁ。俺に取っちゃそう貴重なもんでもない。

上級ポーションの合成くらいユーザーなら誰でもできるし、ちょっと骨の折れる迷宮に行けば幾らでも拾える。

お嬢様の存在の方がずっと貴重で奇跡みたいなものである。


うむ、腕の怪我が治るとだいぶ顔色がマシになってきたな。HPバーも半分以上回復してるし。

さぁ、他の患部も見せてもらおう。ドレスアーマーを脱ぎ脱ぎしようね。


「脱っ!? ほ、他は大した怪我はしていないから大丈夫だ! 後は自分でやるから!」


俺はそんなに信用がないかい?


「そ……そういうわけではないが……ただ、その、恥ずかしい……」


もう昨日隅から隅まで見ちゃったから大丈夫さ。

などと言ったら無駄に体力を消耗させてしまうのは分かり切っているので、空気の読める俺は黙って作業を始めた。


「っ……」


お嬢様は耳の先まで真っ赤になっていたが、口を挟むことはなかった。やったぜ。

この綺麗なドレスアーマーを一度俺の手で脱ぎ脱ぎさせたかったんだよな。男の夢だ……。


複雑な機構の留め金を外し、お嬢様を丁寧に剥いていく。

ここで下心を出せば終わりだが、下の心は依然沈黙中なので問題は起こらない。

胸部のアーマーを取り外すと、朝見たばかりのうっすい胸を隠すブラが露わになった。

お嬢様はそれを腕で真っ先に隠したが、隠すほどのものでもないと思う。


……そしてお腹には青痣が出来ていた。


はらわたが煮えくり返りそうになった。

誰じゃ俺のお嬢様の可愛いぽんぽんに痣を作ったのは……ぶっ殺すぞ……。

女の子のお腹は駄目だろうがお腹は……。


ポーションを垂らして塗り込むと、お嬢様は再び嬌声のような悲鳴を上げた。

治った事を確認して下も剥いていく。


「あ、あの、そこは、流石に」


ダメー。

ずるっとスカートを下ろすと、シルクの綺麗な下着が現れた。

ジャンプして小躍りしたいところであったが、やはり脚にも打撲痕があったのでそっちの治療を優先した。

隅から隅までひっくり返して確認し、傷が残っていない綺麗な身体になったことを確認して一息吐いた。


「もうお嫁にいけない……」


顔を真っ赤にして泣いてしまったお嬢様は大変可愛らしい。

しかし俺はこの程度で許してやるつもりはないのだ。


一度部屋から出て、清潔な布と木桶に水を入れて戻ってきた。

何せ血糊やらで汚れているからな。

優しく拭いてあげねばなるまい。隅から隅まで。


「自分でやるっ! 自分でやるからっ!」


ダメでーす。



隅から隅まで綺麗にしてやった。隅から隅までな。


「ぐすっ……うぅ……」


お嬢様は布団を被ってお団子みたいに丸まってしまった。


さて、事情を聞かせてもらおうか。

お嬢様は上級冒険者だ。ここらの迷宮で苦戦するはずはない。

一体何があってそんな怪我をした?


「こんな状態で話せるわけないだろう! この変態っ!」


お団子が喋った。

まぁまぁ落ち着いて。とても綺麗な身体でしたよ。


ほっぺたに紅葉マークを貰おうとしたが直前で止めた。

そこで話を終えるわけにもいかないからな。

俺はお嬢様の手を恋人握りして話を続けることにした。


迷宮内で誰かに襲われたのか?


「……違う。違うから手を放してくれ……」


違うというなら理由を話してくれ。


「……分かった」


お嬢様は観念したように溜息を一つ吐き出し、それからぽつりぽつりと話し始めた。

その話を要約すると、高難易度迷宮で転移のトラップに引っかかり、モンスターハウスに飛ばされて傷を負ってしまったらしい。

お嬢様はソロ冒険者なのでそこらへんの対策はきちんとしてあると思ったのだが……。


「油断していたんだ。功を焦るあまり周囲の確認が疎かになっていた。……その結果がこれだ。本当に情けない……」


そう言って自嘲気味に笑った。


お嬢様は一体何をそんなに焦っていたのだろうか……などと鈍感主人公ぶるつもりもない。

昨日の別れ際の態度から察するに、高難易度迷宮にソロで挑んで自分の力を誇示したかったのだろう。

お可愛いことこの上ないが、そのせいで死なれてしまったら溜まったものではない。


俺はお嬢様にデコピンをお見舞いした。


「痛っ!? 何をするんだ!」


お仕置きだ。

自分でも馬鹿な事をしたと思ってるだろ。

気持ちは分かるが、そんな無茶をするんじゃない。


「だって……!」


だっても何もありません。

聞き分けのない子はお尻ぺんぺんの刑ザマスよ。


「……」


ジト目を向けられたのでお尻ぺんぺんはできないようだった。

残念だ。お嬢様の桃尻は素晴らしい弾力を持っているのに。


それはさておき、怪我も治って気分も落ち着いたところで、今日はゆっくり休め。

怪我は治っても体力は休まないと戻らないからな。

腹が減ってるなら先に飯を食べるか?


「……いい。先に休ませてもらう」


そうか。なら手を握っててあげるから安心して眠るといい。

お嬢様は手をブンブンと振って逃れようとしたが、俺はしっかりと握ったまま離さなかった。

手を離すことは諦めてふて寝することにしたようだ。

俺とは反対方向にぷい、と寝返りを打って背中を向けられてしまった。


……しばらくそのままじっとしていたが、ポツリと呟いた言葉はちゃんと俺の耳にも届いていた。


「…………ごめん、なさい」


こういう時はありがとうって言うのが正解だ。


「……ありがとう、ございます」


どういたしまして。




***




少しして、可愛らしい寝息が聞こえてきた。

お嬢様の手の力が抜けたので、握っていた手を放して頭を撫でた。


やれやれ、ウチには手の掛かる子が多いんだぜ。

可愛いから許しちゃうが。男なら許さん。


明朝からドタバタしてしまったが、一日はこれから始まるのだ。

お嬢様の可愛いところが見れたし、中年のパワーは満タンである。

今日も一日がんばるぞいという気持ちを込めてレーヴェの部屋から出たところで、丁度起きてきたエカーテ母子に出くわした。


「キャアアアアッ!? ど、どうして裸なんですかぁ……!?」

「お兄ちゃんレーヴェちゃんを襲ったの!?」


やれやれ、朝からトラブルは続くようだぜ。

俺最近やれやれっていう回数増えてる気がするな。

やれやれ系主人公かよ。

やれやれだぜ。

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