29.屋台は一日にして成る(Ⅱ)

さて、やるべき事をやっていこう。

今日の優先目標は、屋台を出すために必要な品々の確保だ。


売り出す料理はホルモン焼きに決定。

スラムの貧民層にも手が出るような値段設定にして、気軽に購入されるようにしていきたい。

だが、それだけだと利益があまりにも少なくなってしまう。

利益を出すような品も同時に売り出さねばなるまい。




***




馴染みの商人であるボルドー婆さんの店へと出向く。


「酒の大口注文かい。出来るのは出来るが、ちゃんと払えるんだろうね?」


インベントリから金貨の詰まった袋を差し出して、問題ないことをアピールする。

総白髪の老婆が中身を確認したところ、納得したみたいだ。

お年を召している婆さんだが、まだまだ現役のようである。そろそろ息子さんに代替わりしてもいいと思うけどね。


「アンタの宿、こんなに儲かってんのかい? ヤバい金じゃないだろうね……?」


失敬な。これはちゃんと宿の利益として出てる金だ。

今まで全く手を付けてなかった分が結構な額で溜まっているだけである。


「それならいいけどね。にしても、こんな質の悪い安酒でいいのかい? もっと上等なのもあるよ?」


いや、この程度の酒で十分だ。

なんせ俺たちが飲む用じゃなくて、屋台で客に出す用なのだから。


──そう、酒だ。

ホルモン焼きと合わせて売り出す予定である。


あの香ばしい匂いに釣られれば、少々高くても酒が飲みたくなるのは間違いない。

酒ならば利益もそれなりに見込めるし、安くて質が悪いので原価率も悪くない。

質が悪い分はフレーバーで割ったりして美味しく飲めるように色々と工夫はする。

そして飲ませてしまえばもうこちらのものだ。財布の紐は緩み、もっと呑んで食いたくなる可能性は高くなる。

多分そう。きっと。恐らく。


素人の浅知恵だが、まぁ失敗したら失敗したでブラックリスト三人衆に処理させればよい。




***




大量購入した酒を竜車で宿に運び込んで一段落だ。腰が痛ぇ。

流石に少女たちに力仕事を手伝わせるのはアレなので、俺一人で何とかした。腰が痛ぇよ。

腰を労わっていたところ、ジーナがひょっこりと現れて話しかけてきた。


「だんなさま。たのまれてたものができあがりましたよ」


何ぃ? もう出来たのか?


「はい。こっちです」


宿の裏庭に出ると──そこには、立派な木製の屋台が鎮座していた……!


おおぉ……こんな簡単に組み上がるものなのか。

ジーナにはスキルの確認として屋台を作ってもらうように頼んでいたのだが……まさかこんな早くに完成するとは思わなかった。

しかも出来が良い。鉄板もサイズばっちりにハマってるし、折りたたみも可能だし、木製の車輪付きで移動可能だ。


……頼んだ俺が言うのもアレだけど、日曜大工が上手いドラゴンって一体なんなんだろうね……。


しかし立派だ。元はただの余ってた木材だったのに、なんだか神々しい光が放たれている気がする。

ユニークアイテム化してないかこれ……?


「ジーナって本当何でもできるよね……。わたしが手伝う暇も無く完成まであっという間だったし……」

「なんでもはできませんよ? できないこともあります」


万能キャラのテンプレ台詞みたいなことを言いながら、ジーナは満足げに俺の腕にぴとっと寄り添ってきた。

ようやった、ようやった。頬擦りしちゃろ。

きゃっきゃとはしゃぐジーナを愛でつつも、少しばかり他者との壁が出来ていることに危機感を覚えてしまう。


レーヴェもエウリィも、ジーナが来たことによって自らの立ち位置を見失い落ち込んでいるように見えてならない。

これで喧嘩に発展してしまうようなことがあれば嫌だなぁ……。非常に悲しい。

どうにかしたいと思うが……うーむ、どうすれば丸く収まるだろうか。


「それで、だんなさま。てっぱんははめこみましたが、ひのぶぶんはどうするかかんがえてますか?」


うむ、考え中である。


屋台の下で薪や炭に火を熾す訳にもいかないので、コンロやバーナーといった熱源が必要だ。

ジーナのクラフトスキルはそういった機器の作成には対応しておらず、自作はできない。俺もできん。

だから購入する必要があるのだが……屋台用ともなるとやはりお高いのだろうな。

だけど買わないわけにもいかないんだよなぁ……。



というわけで美少女二人を両腕に侍らせて商業区を練り歩く。

道行く人に不審な目で見られるが気にしない。俺は不審者でもロリコンでもないのだから。

文句があるならかかってきやがれってんだ。


「お兄ちゃん、あそことか掘り出し物がありそうだよ」


エウリィが指差した先には、確かに良さげな中古を取り扱ってそうな金物屋があった。

よし、見てみるか。


店先に溢れるように並べられた商品を眺めようとしたら、エウリィがさっさと店員に話しかけて交渉を始めてしまった。

コミュ力がたけぇの……。いや、確かに店員に聞いた方が早いのは分かってるんだけどもね?


「なーちゃんにはにんげんのきんせんかんかくがわからないので、ここではやくにたちそうにないですね」


きょろきょろと辺りを見回しながらジーナが呟いた。

そうだよな、いくらお前でもできない事の一つや二つくらいあるよな。


こういう場ではエウリィの方が力を発揮できるだろう。男を簡単に手玉に取りそうだし。

現にちょっと話しかけただけで店員がデレデレしとるわい。末恐ろしい娘よ……。


「お兄ちゃん、店員さんが裏に仕舞ってある中古の品を持ってきてくれるみたい。……どしたの?」


いや、エウリィは偉いなぁって話してたんだよ。

偉い偉い。将来は大統領だな。


「だいとーりょーが何か知らないけど、将来はお兄ちゃんの内縁の妻になるからね?」


迷いのない瞳でハッキリと宣言されてしまった。覚悟が決まり過ぎててちょっと怖いの……。

この子相手に選択肢を誤れば間違いなくブスリと刺される。

瞳が雄弁とそう語っている。俺には分かるんだ……。


「なーちゃんがだんなさまのおよめさんですよ?」


俺の腕にしがみついたままのドラゴンベビーとの間にバチリと火花が散って、場にミシリと圧力が掛かった。

やだもう、この子たち可愛い顔してバチクソ怖いんだから。

俺とお店に被害が及ばない範囲でお願いします。マジで。



軽く修羅場ってる内に、店員の男が品を持ってきてくれた。

随分年期がいった感じの業務用コンロだ。サイズは十分だな。

値段は二十金貨だと。途中の店で見た新品が五十金貨前後していたのを考えると破格だ。


ちなみに一金貨は向こうの世界で例えると一万円である。高いの。

俺が冒険者として普通程度の依頼を達成すれば大体五金貨ほどなので、俺の四日分の働きがこいつで消えるってことだ。

なので慎重にならねばならぬ。

ちなみに酒の大量購入も二十金貨ほどした。あれは必要経費だからノーカンである。


動作を確認すると……どうにも調子が悪い。

火の点きが悪いな。何度も摘みを回さなければ火が点かないし、火力も弱い。


「持ってきといてなんだが、こりゃ魔晶珠エフェメリルがダメになってるっぽいな」


魔晶珠エフェメリル──いつ頃からそんな名称が付いたのか知らんが、要は魔法を封じ込めて使う事のできる、よくある便利な石ころだ。

魔力が主要エネルギーであるこの世界では、この石ころが必需品である。

魔導具の核として必要不可欠なものであり、このコンロの火を出す部分なんかも、ガスの代わりに魔力で火の魔法を制御することによって動作するのだ。


そしてこのコンロはその石ころがダメになってるらしい。

実際、店員の持ってきた新品に付け替えると、すんなりと火が点くようになり、火力も申し分なかった。


「肝心の魔晶珠エフェメリルが不調だから五金貨引いといてやるが、修理は必須だな。こっちで修理も引き受けてるが、その場合は元の二十金貨。魔晶珠エフェメリルを新品にする場合は三十金貨だ。どうする?」


俺とエウリィはそれを聞き、ほぼ同時にお互いの顔を見て──……ニヤリと笑った。


十五金貨で買い取ろう。

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