第14話 料理長の努力とお嬢様の健康に対する罪

「それにしても、本当にデローテさんがきっかけなんでしょうかね? あなた方まだ何か隠していることはりませんか?」


 新家令ヴォルターが罪を問われているメイド三人に質問した。


 メイドたちは目に涙を浮かべ鼻をすすりながら、無言で首を振った。


「いえね、会合の前にこの件はアンジュさんから相談を受けていたのですが、私の判断で事態を明るみにすることにしました。今後はこのようにお嬢様の心身に危害を加える者に対しては、どんな些細なことでも警察沙汰にして加害者の身柄は拘束してもらいます」


 なぜ警察関係者まで同席していたのかその理由が分かった。


 ヴォルターはすでに彼女たちを連行してもらう準備をしていたのだ。


「今度の家令さんはずいぶんと厳しいのですな」


 インシディウス侯爵がみなにも聞こえるような声で独り言をつぶやいた。


 その声に促され使用人たちもざわざわしだした。


「たかが食事に対するいたずらでしょう」

「将来もある若い娘さんたちに何もそこまで……」


 主に十代から三十代の若い侍女や侍従からそんな声が聞かれた。


「たかが食事? わかりました。では、ヴォルターさんの判断がいかに筋が通っているかは私が証明いたしましょう」


 アンジュが彼らの声を制止した。

 彼女が立ち上がらなければ、料理長のペンバートンが激怒して彼らを怒鳴りかねなかっただろう。


「ペンバートンさん、あなたは旦那様やセシル様のお食事のメニューを、どういう形で決めているのですか」


 自分の料理をわざと台無しにした者を擁護する者まで出てきて、激高する寸前だったペンバートンにアンジュが質問した。


「そうですね。その日仕入れた食材、特にその季節の旬のモノを活かします。あとは主治医さんに言われた栄養のバランスとやらにも気を配っておりますが……」


「確かペンバートンさんは主治医のコペトンさんから、お二人の食事のメニューについて指導を受けていたのでしたね」


「ええ、おっしゃる通りです。毎日とるべき栄養素、それが含まれている食材、組み合わせたメニューを提供しております」


 ペンバートンの説明にうなずいたアンジュは、今度は主治医の方に向き直った。


「では、コペトンさん。そうやってペンバートンさんが作った料理をきちんと食べることができなかったとしたら、お二人にいったいどういう影響が出たか教えていただけますか?」


「そうですね。すぐに目に見える影響は出ないでしょうが、長い目で見れば心身の健康に悪影響を及ぼすでしょうな。特にお嬢様は成長期です。成長が阻害されるなど、取り返しのつかない悪影響が出ることも、場合によってはあります」


「以上です」


 主治医コペトンの答えにアンジュはそう締めくくって椅子に着席した。


「理解できましたかな? これは『たかが食べ物』の問題ではない。お嬢様のお身体を害することをしでかしたこの娘たちには公爵令嬢傷害容疑がかかっているのです」


 アンジュの言葉を受けふたたびヴォルターが説明を始めた。


「マールベロー家は主人を失ったばかりです。そのうえ、お嬢様にまでもしものことがあったら大変です。ゆえに念には念を入れて、本当にお嬢様を害する『黒幕』のようなものがいなかったかは、徹底的に警察にも調べていただくつもりです。それで何もなければそれに越したことはありません。もちろんクビです。警察で数日拘禁され尋問を受け、それでも何もなければ釈放されますが、もう公爵家には帰ってこなくてよろしい!」


「この娘たちの親には私が手紙を書いておくよ。もちろん、やらかしたことをしっかり知らせてね」


 ただ単に、自分よりも恵まれている『お嬢様』に小さな意地悪がしたかった、また、それによってお小遣いすらもらえた。

 陰険な形で満足を得るためにメイドたちは浅はかな行為を繰り返していた。


 その自分のやらかしたことの意味を改めて知り彼女らは青ざめた。


 貴族の邸宅の下働きの中でも、マールベロー公爵家はもっとも憧れられる就職口である。その恵まれた立場を自身のケチな妬み心と小さな欲で失い、将来さえも台無しにしてしまったことに気づいて後悔しても後の祭りであった。


「どうして私たちだけなの! デローテさんは確かに私たちのやったことを誉めてくれたのに!」


 もはや言い逃れのできない立場になったメイドの一人がやけくそで叫んだ。


 デローテだけが涼しい顔で罪を逃れるのが我慢ならなかったからだ。


「証拠はあるの!」


 デローテは動揺を抑えてきっぱり言い切った。


 彼女たちとの会話は誰にも聞かれないよう周りをいつも確認しながら行ったので、聞いた人などいないはずだ。

 魔法能力もない平民出身のメイドたちに『録音』魔法など証拠を残す真似などできない。ここは彼女たちの思い込みで通してやろうとデローテは意を決していた。


「とりあえず、あなたも警察にもう一度お話願えますかな、デローテさん」


 ヴォルターはデローテに促した。


「ええ、わかりましたわ」


 デローテは了承した。


 デローテに関してはこれ以上追い込むことはできないだろう、と、ヴォルターもあきらめている。今回はあのようなメイドを優遇した彼女の『失態』を屋敷中に知らしめただけでも上々、と、考えていた。


「それにしても侯爵様は寛大ですのね。侯爵様の考え方によると、自身のご子息が同じような危害を使用人からくわえられても、警察に突き出さず、まずその者の将来などを第一に考える対処ををされるのですね」


 アンジュの大きなつぶやきにインシディウス侯爵は返す言葉がなかった。


「確かに、彼女たちを警察に突き出す以外に、セシル様に危害を加えた者への『適切な処罰』というものがあれば、私も今この場にて教えていただきたいのです」


 ヴォルターが続いて発言し、さらに侯爵は焦った。


「あ、いや、その……、目の前にいる娘さん方への同情心が勝ってしまい、しかるべき措置の重要性を失念しておりました。申し訳ない」


 侯爵は焦りながら、先ほどの不用意な発言をヴォルターに謝罪した。

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